• Sat. Jan 29th, 2022

『最愛』ラスト直前“考察”! 梨央が死ぬ暗示? 名前だけで読み解く梓としおりの物語

 真犯人は? 伏線がどう回収される? 大ちゃんと梨央の恋の行方は? 等々、回を追うごとネット界隈で考察がヒートアップしている10月期の連続ドラマ『最愛』(TBS系)。

 TBSドラマの黄金コンビ・塚原あゆ子監督、新井順子プロデューサーと、視聴者の心を震わせた名作『リバース』の奥寺佐渡子氏と清水友佳子氏が、オリジナル脚本を携えてタッグを組むということもさることながら、その新井Pが長年オファーし続けてきたという宇多田ヒカルさんが楽曲提供を引き受けたことで、『最愛』への期待値がグンと上がったドラマファンも多いことでしょう。

 さて、このドラマの登場人物の主要女性キャラを見てみると、主人公は真田「梨」央(吉高由里子)。その母・真田「梓」(薬師丸ひろ子)。真田ウェルネスの闇を追うフリーの記者・「橘」しおり、旧姓「松」村栞(田中みな実)。そして、桑子こと駒沢署刑事「桑」田仁美(佐久間由衣)。

 いわゆる「艦マニア」ならお気付きかと思いますが全て駆逐艦由来なのです。それこそ『新世紀エヴァンゲリオン』の勇敢で凛々しい彼女たちのネーミングのように。偶然なのでしょうか。

しおりと梓という名前の意味

 そんな名前についてですが、出版界の人間は書物にまつわる「梓」「しおり」に目が留まったりします。書物を出版することを「上梓」と言いますが、その語源は梓の木を木版印刷の版木に用いていたからです。梓は書物に深く関連する樹木なのです。

 一方のしおりに関しては説明するまでもないでしょう。頁の間に挟むアレです。しおりはフリーライターの肩書、マスコミ出版界の人間なので、その名に即した仕事に就いているともいえます。また、そのための支援を人知れず続けていたのが梓なのかなと想像をめぐらせたりもできます。

 すると、もしかしてしおりは、まさに書物に挟まれるように、梓に抱きしめられたかったのかもと思えてくるのです。そうです。しおりの最愛は梓という見立てです。

 どういった経緯で梓がしおりを支援するに至り、最愛の対象となったのかを含めた仮説を用いると、未解決のままの事案はじめ、各話の余白の部分をそれなりに埋めることができるのですが、それはここでは控えます。

 このドラマのファンであれば、最終話を前にして余計な雑音は入れたくないでしょうし、当たった外れたの土俵に立ったところで、これは「負け相撲」でしょう。そういうことではなく、このような思考実験の機会を与えてくれるこのドラマに対する振る舞い、敬意の示し方の一例としてこの記事を書いてみました。

 しおりのパートといえるのが第7話。そのモノローグでしおり自身が語ります。

気がつくと考えている
もしもあの時
違う道を選んでいたとしたら……
もしも、あの人に会っていなければ……
もしも、あの時あの場所に行っていなければ……
もしも明日この世が終わるとしたら
その瞬間にも私は「もしも……」を考えて続けているんだろうか

 橘しおりは、常日頃からいろんな「もしも」を繰り返しているのでしょう。例えば、「もしも、私が梨央さんだったなら」=「もしも、私が梓さんの子どもだったら」などとも。モノローグの文言にしても、視聴者が思いつくこと以上に複雑な「含み」があるのかもしれません。

 ここからは少しわかりにくい話になりますが、フォークロア(民俗学)もどきのアプローチで考察してみたいと思います。

 しおりは一言でいえば、生に全く執着しないという人物像です。「真田ウェルネス」の寄付金の不正流用を暴くべく無謀な不法侵入を試み、結局、車のトランクに押し込められるという展開がありましたが、無事生還した後の彼女の発言が「殺されるのも悪くないなと思ったんです」でした。いつ登場しても表情に生気がなく「生ける屍」のようで、極端にいえば「冥界の住人」のようです。

 その冥界は「全てが反転している世界」という説がありますが、しおりの名前を反転、逆読みすると、

「りおし」=「梨央死」です。

 死んだ梨央、ということでしょうか。それとも梨央が死んでしまう(最終話で!?)暗示なのでしょうか。これがたまたまなのか、あえてその名にしたのかはわかりません。そうだとしても世の中には多くのしおりさんが実在します。あまり好ましい使い方とはいえず、公式が実際のところを明かすことはないでしょう。偶然だとすれば、それこそ宿命づけられた名前ということになりそうです。

 ともかく、その視点で橘しおりという存在を考えてみると、冥界と現世を往来するような存在として置かれたのでは、と思えてくるのです。

 死んだ梨央とは何なのかと考えると、あの忌まわしい大学院生・康介に暴虐の限りを尽くされてしまい、その後の人生を「殺されて」しまった梨央なのではと考えることもできてしまいます。そうするとあくまで設定の話として「もしも……の梨央」を生きてきたのがしおりと置き換えることができるのです。

「あの日から人生が一変しました。なのに、あなたは世界を変える30代……」

 第7話で、梨央としおりがあのように取材の形で対峙してしまいました。しおりは、梨央の「もしも……人生を殺されていたら」の存在であるため、パラレルワールドでもない限り、同一人物となってしまいます。1つの世界に同一人物は存在するのは許されない。その結果、しおりが死に至ったのではないでしょうか。

 ここで名字の橘についても考えてみたいと思います。柑橘系の橘は古来「時軸」と呼ばれていました。その字のままで考えると、冥界と現世の往来説もまんざらでないような気がします。そして、橘しおりが物語の時間軸、物語の中心を貫いているのではないかとも思えてきます。

 そうすると「15年前、台風の夜の死体遺棄共犯者」「康介の父・昭殺しの犯人」「しおり不審死」は全てしおりが関与しているというふうにも考えられるでしょう。「しおりの死にしおりが関与」は自殺を意味します。ただ、そうだとしても、冥界の住人ですからそれは悲しんだり憐れんだりするものではなく、しおりが望んで「本来の居場所」に戻ったとも解釈できそうです。

 転落死現場の姿。左足があり得ない方向に折れ曲がっている無惨なアウトライン。そういったリアリズムに反して美しくもあったしおりの死に顔が、何かを示しているように見えてきます。

 例えば、その最後の最期に最愛の人と会えていたとしたら、そして胸の内をしっかり伝えることができていたなら、しおりはその瞬間はむしろ幸せだったのではとさえ思えてくるのです。

『最愛』梨央が後藤専務の血を顔に塗ったわけ

 最後に、一つ印象的なシーンがあったので触れておきます。第1話冒頭とつながる第9話終盤、梨央がパトカーに向かう時に髪をかき上げ、その際顔に血がついてしまったあの場面です。

 「この血は誰のだ?」とこれまで数々の不穏な考察を呼ぶこととなりましたが、それがまさかの、組織内でむしろ敵対関係であり、不正に手を染めていた後藤専務(及川光博)の血だったわけです。

 梨央はそんな彼の血がどっぷり手についても気にすることなく、それどころか顔に塗ったのに拭こうともしない、この描写には戦慄しました。まるで後藤と「血の掟」を交わしたかのよう。その様は歌舞伎の「赤の隈取」に見えてなりません。組織の正義を貫く覚悟の表れなのか、梨央が経営者として、赤い隈取が意味するところの「勇気」「正義」「強さ」を持った瞬間と見ることもできそうです。

 梨央が梓から完全に世継ぎした瞬間。梨央の最愛が大ちゃんこと宮崎大輝(松下洸平)から母・梓=会社へとシフトしたことを表現したのかもしれません。

 母から娘への母系組織の成立に関しては、このドラマを通して何度か映し出される岐阜富山県境辺りに吊るされた「ドリームキャッチャー」が意味を持つと思えてきます。元来ネイティブアメリカンの少数民族オジブワの装飾品であったドリームキャッチャー。オジブワはいにしえから今も続く母系部族で、男性はその守護の役割を担っているそうです。

 そうなると気になるのは梨央と大ちゃんの恋の行方です。所轄に転属した大ちゃんが、その初日に「足速いんだって!?」と聞かれていました。視聴する立場からすれば唐突に念を押されたようでした。そんなこと言われなくてもわかってる、大ちゃんは足の速い「韋駄天」ですとも。 一方の梨央は創薬に情熱を注ぐ、いわば「薬師如来」。

 仏教でいうところの韋駄天は薬師如来の守護神ですから、梨央を命懸けで守ることはできても、多くの視聴者が期待するような形では結ばれないのでは?――などという見方もできる稀有なドラマがこの『最愛』なのです。

木下けいいち
フリーの出版専門メンテ屋さん。 世の中のあれこれを図像学的に読み解くのが趣味。 ヘッドホンはGRADO派の変態紳士。