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千原ジュニア、渡部建に「土下座させる」発言は時代にマッチしていない? 芸人としての「覚悟」に思うこと

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の有名人>
「芸人やったら、覚悟決めて来いよ」千原兄弟・千原ジュニア 
『Abema的ニュースショー』(2月20日放送、ABEMA)

 2020年6月に複数女性との不倫が発覚し、芸能活動を自粛していたアンジャッシュ・渡部建が、今年2月15日放送の『白黒アンジャッシュ』(千葉テレビ)で復帰を果たした。その番組内容は、相方である児嶋一哉が渡部に対し、「お前の人間性だと思う。お前は調子に乗っていた。お前の、人を雑に扱うようなことが、女性をあんな扱いするようなことになった」と公開説教し、渡部が謝罪するという形だった。

 児嶋が渡部を叱り、謝らせることで、実際に視聴者がどう感じるかは別として、一応「謝罪した」という形になる。この先の2人がどうなるかはわからないが、とりあえず再スタートラインについたといえるだろう。

 渡部の復帰を受けて、いろいろな芸人がコメントを出しているが、私が引っかかったのは、千原兄弟・千原ジュニアの発言だ。

 芸人として、ひと肌脱ごうと思ったのだろう。2月20日放送『Abema的ニュースショー』(ABEMA)に出演したジュニアは、渡部の同期、もしくは先輩が渡部をボロクソにいじるほうが、渡部にとっていいのではないかと思い、自分がいじり役になると他番組で名乗り出たそうだ。すると、ジュニアと兄・せいじが毎月やっているトークイベント「千原トーク」という舞台に、自身のマネジャーが渡部の出演をオファーしたことを明かした。

 舞台ならスポンサーがいないので、渡部も出演しやすいと思ったのだろうし、復帰の見込みが立っていない渡部にとっては、天の助けかもしれない。しかし、渡部の所属事務所からは「お声がけは本当にうれしいんですけど、今は『白黒アンジャッシュ』だけでやっていきたいと思っていますんで」と、お断りされたらしい。

 これを受けてジュニアは、「俺はね、芸人やったら、覚悟を決めて来いよと(思う)」「せいじと2人、土下座させて、ボロクソやるけどな」と、渡部の意気地のなさを指摘していた。

 同じ芸人として渡部の窮地を救ってやろうという“善意”を無下にされて、腹が立ったのかもしれないが、ビジネスとして考えるなら、渡部の事務所の判断は正しいのではないかと思う。

 確かに舞台であれば、スポンサーがいるわけではないから、渡部を呼んで、それこそ土下座をさせても問題はないだろう。しかし、観客がその様子をネットに書き込む可能性を忘れてはいけない。正しく書いてくれるならまだしも、明らかに間違ったことが書き込まれた場合、テレビなら反論や検証ができる。しかし、舞台のようにクローズドな空間の場合、それは難しいだろう。

 たとえば、渡部が舞台の間にちょっと笑顔を見せたとする。それを悪意的に解釈して、「渡部は終始ヘラヘラしていた」とネット上に書き込まれたりしたら、渡部のイメージはますます下がって、やられ損だ。情報の統制という意味で考えるなら、ここはおとなしくしているほうが賢明ではないか。

 また、ジュニアの「芸人やったら、覚悟を決めて来いよ」発言で考えさせられたのは、現代における「芸人」とはなんだろう、ということだ。渡部へのコメントから解釈するならば、ジュニアの言う芸人とはおそらく、人に笑われたり、土下座させられることを恥と思わない人のことを指すのだろう。

 しかし、その考えは、今の時代とマッチしていないと思うのだ。

 今や芸人は、「人気商売」と呼ばれるほぼすべてのジャンルで活躍しており、芸能界のオールラウンドプレーヤーといえるだろう。ワイドショーのコメンテーターとして出演することは当たり前だし、現在放送中のNHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』には、おいでやす小田が、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』には、わが家・坪倉由幸やティモンディ・高岸宏行が出演している。

 さらに、出版不況と言われて久しい中でも、ハライチ・岩井勇気のエッセイ集『僕の人生には事件が起きない』(新潮社)はベストセラーを記録。ピース・又吉直樹は小説『火花』(文藝春秋)で第153回芥川龍之介賞を、オードリー・若林正恭の旅エッセイ『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』(KADOKAWA)は第3回斎藤茂太賞を受賞。阿佐ヶ谷姉妹によるエッセイ『阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし』(幻冬舎)も好評で、昨年、NHKでドラマ化された。

 俳優業や文筆業は、厳しいプロテストをクリアしてその道に入ってきた“本職”がいるが、芸人たちはいつのまにか、彼らと肩を並べるケースも出てきたわけだ。芸人はネタを作り、それを演じるのが仕事だから、もともと文筆や演技と親和性が高いのだろう。一方で今、世間が求めているのはそうした「本職の技」ではない、と見ることもできるのではないか。

 トークバラエティ番組『アメトーーク!』(テレビ朝日系)に「家電芸人」という人気企画がある。その名の通り、芸人がおすすめ、もしくはお気に入りの家電についてプレゼンをするというものだ。本当に家電が欲しいのなら、量販店に行って直接店員に尋ねるほうが効率的だ。にもかかわらず、この企画が人気なのは、視聴者が「よく知っている人」に「マニアックすぎない知識」を「わかりやすく、親しみやすい態度」で授けてほしいと思っていることの表れのように感じる。

 本職の俳優や作家、そして量販店の店員はプロだから、知識も自負も相当あるだろう。けれど、それは聞き手とっては話が難しすぎたり、態度が「上から目線」に感じられるかもしれない。一方で、異業種に“お邪魔する”という意識のある芸人は、基本的に腰が低いように思うし、話芸もある。プロではないからこそ身近に感じられる芸人は、何をやるにも世間にとって「ちょうどいい存在」なのかもしれない。

 ジュニアは若い頃、お笑いに対してストイックな一方で、一般人とのケンカもいとわぬ気性の荒さから「ジャックナイフ」と呼ばれていたそうだ。そういう破天荒さが「芸人らしさ」といわれていた時代もあったが、これだけ芸人が多くのジャンルから求められるようになると、世間にとって「ちょうどいい存在」でいることに加えて、芸人こそ好感度が重要になってくるのではないだろうか。

 笑いさえ取れれば私生活はどうでもいい、というように、笑いと私生活がセパレートしていた時代が過ぎたことは、誰よりも渡部が証明している。もうすでに、好感度の高い芸人のほうが、笑いを取れる方向にシフトしているのではないか。ジュニアが渡部を土下座させたところで、世間がどちらかを身近な存在に感じたり、好感度が上がるとは思えない。

 この点について渡部やその事務所が理解しており、ジュニアのオファーを断ったのならば、たとえ同じ芸人仲間であっても、無理やり前時代的な「芸人らしさ」に巻き込むべきではないだろう。

 ジュニアといえば、落語家・桂三枝に「結婚して上のステージで、今まで見えへんかった笑いを作ったらどうや?」と言われたことが結婚を決めた理由の一つだと、2015年11月7日放送のラジオ番組『千原ジュニアのRPM GO!GO!』(ニッポン放送)で明かしている。

 ジュニアは18歳年下の一般人女性と結婚し、二児の父となった。三枝の言葉の真意はわからないが、私生活から笑いを生む「最初の大御所」となるのはどうだろうか。そういうネタを拝見するのを楽しみにしている。