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いじめが原因で中学受験! 人生をガラリと変えた「偏差値40台」の中高一貫校とは

“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 中学受験の志望動機をさまざまなご家庭に聞いているが、その中に「現状をリセット」というものがある。

 この場合、決められている学区中学ではなく、中学受験を経て「新天地」を目指すということ。そのほとんどが、我が子の小学校生活に危機感を持っての「中学受験」なのだ。

 美月さん(仮名)のケースもこれに当たった。小学5年生でクラス替えが行われた際に、美月さんは仲良しの子たちとは別々のクラスになってしまったとのことだが、ゴールデンウィーク後には、クラス全員から無視されていることに気付いたのだそうだ。

「誰かとけんかをしたわけでもないんですが、本当にわけがわからないまま、みんなが私を避けている感じがしました。班行動で私が入ることになると、明らかに嫌そうな態度を取られたり、陰でクスクス笑われたり……。そのうちに『あの顔でよく生きてるね』って声を聞いてしまって、学校に行けなくなりました」

 当然、美月さんの両親は心配し、学校側とも話し合いの場を設けたりもしたそうだが、進展もないまま月日だけが過ぎていったという。

 やがて、美月さんは不登校のまま6年生になるのだが、その時に美月さんの母親が「中学受験をしてリセットしない? 理由もなく、人を虐める人間とは華麗にさよならしようよ?」と提案してくれたのだそうだ。

「その頃の私は、中学受験という選択肢があるということもわかっていなかったんですが、『このままじゃ嫌だな』とは思っていたので、母の言うように『リセットできるならしたい』と決めて、受験することにしたんです」

 当時、美月さんは外に出るのも恐怖を感じるような状態だったようで、塾には行けず、家庭教師をお願いしての受験勉強。1年間を切る受験生活ながらも、偏差値40台前半のミッション系の中高一貫校に合格。新たなスタートを切ることになった。

「学校は自宅から1時間以上はかかるところにあるので、当然、誰も知っている人がいないと思って入学したんですが、いたんですよ、小学校の同級生が……。幸いクラスは別だったんですが、その子が私のことを何か言っているんじゃないかって思って、気が気じゃなくて。誰かがヒソヒソ声でしゃべっていると、私の悪口を言っているような気がして、消えてしまいたくなりました」

 当時の美月さんの学年主任の先生はこう証言する。

「入学直後は新しい環境なので、誰でも不安なんですよ。すぐに慣れる子、徐々に慣れる子とそのスピードに違いがあるので、私たちはその子、その子の性格に応じて、適宜、声掛けをしていくことを日課にしています。美月の顔には『私は不安です』って書いてあったので、教員同士「じゃあ、どうやったら美月が笑顔になるか?』って話し合いをしていたことを覚えています」

 美月さんは担任の先生に「あの子が私の悪口を言っているような気がする」と打ち明けてくれたので、先生方は慎重に丁寧に「それは事実なの? 想像なの?」ということから、アプローチしていったそうだ。

「中学生は妄想たくましい年代でもあるので、自分勝手に物語を作り上げていくことがあるんです。たとえそれが、自分が望まないストーリーであってもです」

 再び不登校寸前だった美月さんの言葉によると、事態が好転し始めたのは、学年主任の先生のこの言葉だったという。

「当時、私は世界中のみんなから嫌われていると思い込んでいましたから、先生に『同級生もみんな、私のこと嫌いなはずです』って言ったんですよ。そしたら、先生が、すっごい優しい笑顔でこう言ってくれたんです。『そう? 私は美月のことが大好きよ!』って……」

 美月さんは、その言葉で、いつも先生方が頻繁に美月さんに声掛けをしてくれていることに気が付いたという。

「本当に他愛ないことではあったんですが、すれ違いざまの『おはよう』に始まって『昨日、何食べた?』とか(笑)。それが、知らない先生も含めてだったんですが、すっごく自然に気にかけてくれていることに、なんか愛情を感じたっていうか……。ここは敵じゃなくて、味方が大勢いる場所なんだなって思えたっていうか……」

 担任の先生は放課後の掃除の後も、クラスに残って、教卓を囲みながら生徒たちと雑談するのを日課にしていたらしく、美月さんはいつしか、その輪に自然と入るようになったのだという。

「ウチの先生たちは一言も『ああしなさい』『こうしなさい』とはおっしゃらないんですが、なんでわかるのか『これ、やってみようかな?』って生徒が思っていると、必ず『いいじゃない!』って背中を押すんですよ。ちなみに私は、体育祭実行委員に手を挙げてみようかなって思った瞬間に、すかさず、先生とクラスメイトに推されて。そこからです。『私、変われるかも?』って思ったのは……」

 美月さんは今現在、児童心理学を学ぶ大学生であるが、そのきっかけも、当時の学年主任の先生の一言だったそうだ。

「高2の頃なんですが、進路に迷っていた時に先生に背中を押されたんです。児童心理学を学びたいなって思ってはいたんですが、行きたい大学には偏差値がまったく及んでなくて、どうせ無理だなって投げやりに(笑)。そしたら、先生が笑顔で『そう? 私は美月ならやれると思ってるよ』って……」

 それから、美月さんは猛勉強。見事、この分野ではトップレベルにあると言われている大学に進学している。

「何でしょうね……。先生方の術中に見事にハマったって感じですが、今思えば、本当にありがたくて……。もし、この学校でなかったら、私は今、どうなっていたかわかりません。人は一言で傷つくし、また一言で立ち直る力も持っているってことですよね。私、将来は、ウチの先生がしてくださったように、傷ついている子どもたちのケアができるような仕事に就きたいと思っています」

 美月さんは中1の際に立候補した体育祭実行委員を皮切りに、毎年、体育祭実行委員になり、最後は委員長を務めあげたのだそうだ。

「ご覧のように、当時の仲間とは今も繋がっています。みんなとは、何でも言い合えるし、一生の仲間です。もちろん、ここの先生方は大好きな一生の恩師です」

 そう言って、仲間たちと母校にフラッと遊びに来たのだという美月さんが晴れやかな笑顔をくれた。