• Sat. Oct 1st, 2022

天皇の性教育にも用いられた“セックスマニュアル”? その刺激的な内容とは

「皇族はスーパースター」と語る歴史エッセイストの堀江宏樹さんに、歴史に眠る破天荒な「皇族」エピソードを教えてもらいます!

――先日、小室圭さんが3回目のニューヨーク州司法試験に挑戦したときの様子がニュースになりましたね。試験結果が出る10月までは小室さん夫妻だけでなく、皇室全体に大きな注目が集まりそうです。そもそも、どうして皇室の方々はここまで注目を惹きつけてしまうものなのでしょうか?

堀江宏樹氏(以下、堀江) 「天皇家には愛されるための門外不出の秘伝がある」……こんなことを現在でもいう人がいるわけですが、戦国時代末期くらいまでは本当にそういう情報を含む、秘密の医学書があったのは事実なのですよ。

 全30巻にも及ぶ『医心方(いしんぽう)』という書物で、そのうち「房内」の部分は歴代天皇の性教育にも用いられた(らしい)セックスマニュアルです。厳密には「愛される」というより、「セックスで元気になるための秘密のマニュアル」で、天皇家を中心とする宮中にだけ伝わっていた のです。

――天皇家秘伝のセックスマニュアルですか!

堀江 『源氏物語』の完成より100年と少し前、医師の丹波康頼という人が中国から輸入された医学の知識をまとめ、天皇家に献上したのが『医心方』です。「房内」とは「ベッドルームでの知識」くらいに訳せると思うのですが、「正しくセックスすれば万病が治る」みたいな内容になっているんですね。ちなみに丹波康頼は、昭和時代に活躍した俳優の丹波哲郎さんのご先祖にあたります。

――丹波哲郎さん。懐かしいですね。若い読者は知らないかもしれませんが、バブルの頃の日本で大ヒットした『大霊界』シリーズでも知られる……。

堀江 「死んだら驚いた」ってキャッチをつけて、映画シリーズ化までされましたからね。本当は「やったら驚いた」って『医心方』の映画化をやってほしかったですが(笑)。

 歴史に話を戻すと、民間に『医心方』の知識が流出しはじめたのが戦国時代末期の頃。西暦でいえば16世紀末の正親町(おうぎまち)天皇が、自分の側室の病気を治してくれた医師・半井瑞策(なからい・ずいざく)にお礼の気持ちをこめて、『医心方』全巻を贈ったのです。「正しくセックスすれば病も治る」という「房内」の巻の知識は半井家の顧客のセレブリティや、同家の弟子筋・関係者にも流出していきました。

 それまででも『医心方』「房内」への関心は高かったのに、口語訳が出始めたのは、昭和になってからなんですね。戦前の天皇は名実ともに「神」でしたが、戦後、昭和天皇による「人間宣言」が影響したのでしょう。「天皇家の性教育にも用いられたのでは」なんてささやかれる『医心方』「房内」も、恐れ多さより、「どんな中身か知りたい!」という好奇心が勝ってしまい、口語訳されたものが何バージョンも出版されるようになりました。

――たしかに、どんな内容なのかとっても興味があります。しかし、そんなにいろんなバージョンが?

堀江 私の手元にあるのは、昭和49年(1974年)に日輪閣という出版社からなぜだか「秘籍江戸文学選」の第6巻として刊行された本なのですが、筆者の山路閑古という化学者・江戸文学研究者にとって、2冊目の『医心方』「房内」部分の翻訳だそうです。「房内」が正式名称ですが、「房内篇」などと呼ばれることもありますね。

 昭和も後半に差し掛かる頃には「房内ブーム」が出版界には来ていたのだと思われます。今回用いた翻訳のいいところは、原文が掲載されている点でした。一読しましたが、実際問題として、この内容を性教育に使うのは難しそう……。

――それはなぜですか?

堀江 一晩に10人以上の女性と片っ端から交わっていきましょう、という内容がメインだからです(笑)。交わり方にもコツがあって、女性に何度も何度もエクスタシーの境地を味わせることが重要なのですが、男性は絶対に射精しちゃダメ! という鉄の掟まであるのです。

――お年頃の男子には刺激が強い内容ですね(笑)。10人以上の女性を侍らせることができるのは、それこそ天皇家周辺の身分の高い男性に限られるかもしれませんが。

堀江 当時の医学において、精液は男性にとって健康や若さを維持するために大事なものだとされていて、無闇に発射していいものではないのですね。とはいえ、本当に男性が射精しなければお世継ぎも得られません。ちなみに射精マニュアルは「施写(せしゃ)」と題された章に収められていて、このタイトルのニュアンスは「施しとしての射精」という意味くらいでしょうか。

――施しとしての射精……なんだか上から目線ですね(笑)。たしかに高貴な方と交わって、彼の子種が欲しい! という女性には「射精は男性からの施しもの」という感覚はあったかもしれませんが……。

堀江 射精可能数の目安もあります。15歳とか20歳の元気な男の子は1日2回出してもOK。同じく元気な30歳は1日1回なのだそうですが、現代日本でもときどき話題になる「男性更年期」を意識しているのでしょうか、40歳になると3日に1回と射精しても支障ない回数がガクンと落ちているんですよね……。

 そもそも『医心方』の「房内」自体が、若くてピチピチの男性が想定読者というわけではなく、「男性更年期」あたりの年齢層の権力者の男性を想定した書物であろうと思うんですね。「30歳以下の子どもを生んだことがない女性」なんて条件をつけて、10人以上の女性を身辺に侍らせることができる人は、古代日本でもごく少数だったと思います。

――まさに天皇のための性医学書といえるでしょうか?

堀江 そうですね、天皇には後宮(ハーレム)があるじゃないか、と思うかもしれませんが、普通は最初から多くの女性がそこにいるわけではないのです。人気と実力のある天皇だからこそ、「うちの娘も是非」というようなノリで側室は“献上”されてくるわけで……。

 天皇家の場合は典侍など、女官の職種名で呼ばれ、側室とはいわないのですけど、今回はわかりやすさを取って、側室と呼びますね。高貴な生まれというだけでなく、実力者だと認められていなければ、側室の数もそろいません。また、そんな実力者になるには、それ相応の時間がかかっているはずです。

 『医心方』「房内」には、女性に向けたアドバイスもあるにはあるのですが、基本的に多くの部分が「身体に不調が出てきたぞ」「その不調をセックスで治そう!」という年齢層の男性むけの記述となっています。

 これらの理由を総合すると、やはりアラフォー前後、社会的にも成功し、多くの女性に囲まれた「男性更年期」あたりの権力者の男性が想定読者なんだろうなぁと私は考えます。

――なんだか10年ほど前に「週刊ポスト」(小学館)や「週刊現代」(講談社)がこぞって特集していた、“死ぬまでセックス”特集記事と似ているように思えてきました。次回から、『医心方』「房内」のめくるめく世界を検証していきたいと思います!