“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)
そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。
目次
・「心配なほど気負っている」優秀な前任者と比べられ……
・負けを認めたくなかった? 介護で退職を申し出た
・表向きは「介護休業」?
介護離職の本当の原因は……
「ビジネスケアラー」というカタカナ言葉を最近よく耳にするようになった。この呼び方は何とかならないものだろうか。ケアをビジネスにしている人のようにも聞こえて、なんとも語感が悪い。
「ヤングケアラー」と同じように、ほかにぴったりな言葉が今のところはないこともあり、こうやってビジネスケアラーもなし崩し的に定着してしまうのか。どうにも悔しい。
ともかく、この「ビジネスケアラー」と呼ばれる、介護をしながら働く人は2022年の総務省調査ではおよそ365万人。介護で離職する人は年間およそ10万6000人にのぼっている。
その実態に疑問を呈する人たちもいる。その一人が前編で紹介した梶本芙美さん(仮名・57)、そして今回紹介する船津康介さん(仮名・56)だ。
「介護離職が増えていると言いますが、離職の本当の原因は違うところにあるケースも多いんじゃないかと感じています」と言う。
▼前編はこちら
「心配なほど気負っている」優秀な前任者と比べられ……
船津さんは、大手メーカー数社のバックオフィス業務を担う企業に勤務している。社員の多くが母体であるメーカーからの出向で、船津さん自身もある大手メーカーから出向している。その企業に別のメーカーからBさんが新しく出向してきた。
Bさんは、これまでずっと営業畑を歩んできたという。Bさんの前任は優秀な人で、この企業での働きぶりを認められて、本社に呼び戻されていた。Bさんも、営業から総務への異動、それも出向ということで不本意な思いがあったようだが、ここでがんばれば前任者のようにチャンスが来るだろうと野心は捨てていない様子だったという。
「しかし、その部署はBさんの前任者と優劣つけがたいほど、できる人ばかりだったんです。だからBさんもことあるごとに、前任と比べられてしまう。周りは特に比較するつもりはないのですが、前任者があまりに優秀だったので、ついその人の話をしてしまうんです。Bさんにはプレッシャーだろうなと感じてはいたのですが、はたから見ても心配なほど気負っているようでした」
不運なことに、と言っていいかはわからないが、Bさんには介護が必要な親もいたようだった。世間話の中でBさんが時折口にする親の話を耳にしていた船津さんは、さらに心配になった。
負けを認めたくなかった? 介護で退職を申し出た
「脳卒中で倒れたお父さんをお母さんが介護していたようなのですが、とうとうそのお母さんも倒れてしまったようです。ところがBさんは両親を在宅で介護することにこだわって、施設という選択肢を外してしまった。仕事しながらの介護は、親一人でも大変なのに二人となると、とても無理でしょう」
営業職として数字を追いかけてきたBさんは、介護でも“成績”や“評価”を追求してしまったのではないか、と船津さんは推測している。
「仕事も介護も完ぺきであろうとしているのを感じました。間の悪いことに、Bさんの出身母体の上司がパワハラ気質だったようで、同じ社からの出向者の労務管理や安全衛生などまで、大量の仕事を振っては、発破をかけていたようです」
慣れない総務の仕事、出向した先のやり方もそれまでとは違う環境で、上司からは突き上げられ、前任者や同じ部署のメンバーと比較される……。負のスパイラルに陥ったBさんは休みがちになり、とうとう出勤できなくなってしまったという。
「Bさんは退職を申し出ました。その理由は『介護のため』。それが、彼のギリギリのプライドだったんでしょう。彼はどうしても負けを認めたくなかった。それに『介護をしている』というのもどこまで真実かはわかりません。私たちにも彼が心も体も限界だったのがわかったのですから、そんな状態で両親の介護までできていたとはとても思えないですね」
産業医がBさんを適応障害だと診断したため、結局Bさんはしばらく休職することになった。“介護離職”せずに済んでよかった、と思いきや、船津さんの表情は硬い。
「Bさんが復職できれば、本社に戻ることになるでしょう。前任者のように仕事ぶりを認められて、ではなく、“使えない人”“お荷物”扱いで」
表向きは「介護休業」?
船津さんの言葉は非情だ。が、これも“ビジネス”の世界の現実なのだろう。
「介護離職者数が増えている背景には、Bさんのような人も少なくないと思います」
休職中、Bさんが両親の介護を完ぺきにやろうとするのではないか、と船津さんは心配しつつ、復職したら表向きは「介護休業」を取得していたと言うだろうと予想している。
「そんなことを思う私は意地悪ですかね」と、船津さんは自嘲した。
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