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つやちゃん

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ちゃんみなからLE SSERAFIMまで、日韓の交流が生む新しいボーカル表現

 日韓の交流が活性化している。音楽シーンにおいて2020年代の大きな潮流のひとつになるに違いないその動きは、今年の夏以降特に盛り上がりを見せ、ポップミュージックの次なる可能性を示し始めている。  今の景色を切り取るより先に、まずはここに至るまでの道程を整理しておかねばならない。さかのぼると、2010年代半ばに何人かのラッパーによってすでに魅力的な日韓の交流は行われていたからであ… 続きを読む ...

反レイシズム意外の政治的ラップにフェミニズムとの対峙… HIPHOP批評家バトル勃発!

 ライター・批評家の韻踏み夫氏による書籍『日本語ラップ名盤100』(イーストプレス)が話題を呼んでいる。国内のヒップホップ作品について名盤100枚+関連盤200枚を掲載した充実のディスクガイドだが、興味深いのはその選盤と簡潔にまとめられた紹介、そして鋭い批評だろう。膨大な作品に描かれた政治性を1枚ずつ丁寧に暴いていくことで、そこで表現されてきた音楽に価値づけを行い、これまで見えてこなかった新… 続きを読む ...

戦慄かなの 「かわいい」の機微を表現する圧倒的クリエイティビティ

 これは、戯言ではない。これは、気の迷いでもない。これは、ただの宣伝記事でもない。 これは、2022年の今、ユース層からもっとも熱狂を集めているにもかかわらず、音楽ジャーナリズムからほとんど言及されずにいる稀有な才能を、絶対的に支持するアジテーションである。  戦慄かなの。「だいしきゅーだいしゅき」がTikTokで特大ヒットを記録し、ほどなくしてかてぃ(Haze)… 続きを読む ...

2020年代HIPHOPが本格化―加速度を増すヒップホップ×ダンスミュージックの新解釈

 ヒップホップにダンスミュージックの波が来ている――と言ってみたところで、そもそもヒップホップは本来的にダンスミュージックであり、そこまでさかのぼらなくとも2000年以降のヒップホップでさえ、常にそれらに影響を受けてきたと言えるはずだ。例えば、もっともダンスと縁遠く、ベッドルームで哀しみに暮れながら聴く音楽だったであろうかつてのエモラップですら、甲高い音で規則的に刻まれるハイハットはダンスミ… 続きを読む ...

新世代フィメールラッパー・7、苦しい環境へ怒りをぶちまけながらも楽園へ誘う

 新たな才能だ。  和歌山出身のラッパー・7(ナナ)のデビューEP『7-11』が、SNSの片隅で局地的に支持を得ている。そのリリックとラップに宿る突然変異のオリジナリティは、私たちが世の中に対しうっすらと感じながらも具現化しきれていなかった感情を形にしている。  以前から〈BOyLE〉というMC名で活動していた7は、昨年末に「SEX」や「マリファナ」といった身も蓋… 続きを読む ...

RHTやMFS他新星が登場!再び絡み合い始めた〈ラップ〉と〈ダンス〉

 国内のラップミュージックとダンス、その距離感が近年また近づきつつある。  以前――80年代から00年代前半にかけて――国内のヒップホップとダンスは密接な距離感を保ちながらカルチャーを作り上げてきた。映画『フラッシュダンス』や『ワイルド・スタイル』(ともに1983年)を例に挙げるまでもなく、それら映像でのインパクトから始まった国内ダンスカルチャーは徐々にシーンを形成し、『B B… 続きを読む ...

鍛え抜かれデビューしたXGとグループ再編に向かうリリスク、細分化するフィメール・ラップの現在

 ラップというアートフォームがヒップホップというジャンルを超えて広く浸透したのが2010年代だったとしたら、それら変幻自在なフロウやリズミカルな押韻を前提としたうえでことばを発する動き、あるいはそれら繊細な話芸を大胆な発声法で超えていくような試み、つまりは〈ポスト・ラップ〉とも言うべき展開が2020年代の新たな運動として開始されてもおかしくはないだろう。  事実、近作で時にラッ… 続きを読む ...

Awich『Queendom』が背負った歴史、COMA-CHIに次ぐ二度目の挑戦

 Awichのメジャー初アルバムとなった『Queendom』は、冒頭その表題曲にて「荊棘を抜け/立つ武道館」と歌われる通り、ひとつの到達点として明確に3月14日の武道館公演が設定されていた。ヒップホップコミュニティに身を置く女性のラッパーがポップフィールドに攻めていき武道館公演を果たす――この国の歴史において初めての挑戦であり、私たちはいま、これまで体験したことがないゾーンへと突入している。… 続きを読む ...

人間の煩悩をくすぐる営み――妖艶金魚が描くフィクションとリアル

 「クリティカル・クリティーク」と題された本コラムは、 “いま”の女性のラップ作品について綴られる連載として、新たな命を吹き込まれようとしている。たったいまも変容し続けている最中であり、音声によってリズムを紡いでいく手段として定義を拡大させている“ラップ”をテーマにしたそれは、鮮烈なポップミュージックとともにあなたのもとに届けられる。同時に、現代におけるラップは、単なる手段で終わることを許さ… 続きを読む ...