• Tue. Sep 28th, 2021

「カルト」と呼ばれる新興宗教のサラブレッド――2世信者だった私が「洗脳解ける機会増えた」と感じるワケ

「『カルト』と呼ばれる新興宗教の信者である両親の元に生まれた私は、子どもの頃からずっと(うさんくせぇ……)と思ってきた」――「脱会くん」ことライター・DJ2世がつづる、みんなに知ってもらいたい、2世信者だった私の日常と本音。

 初めまして。ライターの「DJ2世 a.k.a 脱会くん」と申します。

 今回から始めるこの連載コラム「となりの脱会くん」で、書きたいテーマ。それは「宗教の2世信者」についてだ。みんな知り合いに1人ぐらいいるであろう“あの子”は、いかにしてそうなったのか? ふと気になった“あの子”の言動の意味や、“あの子”はあのとき考えていたこととは? そんな皆さんがモヤっとしていながらも、なんだかんだスルーしてきた微妙な宗教の2世に関する話題を、当事者ならではの体験談を交えて書いていきたいと思う。

 私はいわゆる「カルト」と呼ばれる新興宗教の2世である。両親共に、とある宗教の熱心な信者であり、信者のサラブレッドとして、目いっぱいの愛情を受け、その思想を教えられて育った。しかしなぜか私は昔から、その思想をまったく信じられず、もっというと“洗脳”されなかったので、大人になって脱会し、今に至る。

 親の信じる宗教を信じられなかった私は、特に学生の頃、自分の出自に死ぬほど悩んだ。自分はなぜこんな教えを守らなければいけないんだろう、なぜこの家に生まれてきたんだろう、なぜ生きてるんだろう。思い返すと本当に、よく死ななかったなと感じることもある。ただそれが不思議なことに、脱会して就職し、社会人になってあくせく働いているうちに、気づけば周りに宗教の知り合いもいなくなり、親との関係にも悩まなくなり……本当にまったく悩まなくなってしまった。

 数年前から、昔なら事あるごとに口にしていた宗教用語も思い出せなくなり、宗教に対するエッジの効いた皮肉もパッとは出なくなってきた。今となっては一周回って、ググって当時のことを思い出したりしている。自分が2世だったことを忘れ始めてきているのだ。

 脱会した人間には、いろいろなパターンがあるが、先ほど少し触れた通り、私は「ある日、ハッと洗脳が解けたタイプ」ではなく、「小さい頃から(うさんくせえ……)と思っていたタイプ」なので、宗教系の思い出には「ひたすらにめんどくさかった」という感想しかない。信者の家に生まれ、一般の人とは多少育った環境が違っただけで、ある意味、一般の人と同じ感覚なのだ。

 そのため、私には、まるで雷が落ちたかのように「自分は間違っていた!」と気づくという“ドラマ”は書けない。ただ、小さい頃からそれはそれはたくさんの信者を見てきたので、彼らがどんなことを考えているかというのはわかるし、宗教が人を救う瞬間も、ダメにする瞬間もいくつも見てきた。一切の“洗脳”がない分、ある種冷めた目線で、自身の2世体験について書いていきたい。

 そんな私が、ここ最近よく考えているのが、2世を取り巻く情勢は、近年大きく変わりつつあるのではということだ。それはやはりSNSの発達によるところが大きい。

 これまでは、例えば自分の周りの人間(両親や友達)が全員信者だったとき、子どもたちはその宗教のマイナス面を知る術がなかなかなかった。昔は自分の信仰に疑問を抱いても、iモードの小さい画面を見つめながら、2ちゃんねるやブログなどで、必死に脱会した人の話を漁ったり、Amazonで絶版になった告発本などを取り寄せるしかなかった。それをわざわざやろうとする人は、ごく少数だったと思う。

 しかし今はSNSを開けば、脱会者のアカウントはたくさん見つかるし、世間の人がいかにその宗教を冷ややかな目で見てるかということもわかる。浴びるように情報を得られてしまうのだ。10〜20代の2世たちは、世代的にスマホやSNSが使えないなんてことはないので、着実に洗脳が解ける機会は増えていると思う。あまり誰も言っていないことだけど、SNSはこの界隈にとってでかい影響を及ぼしているはず!

 また、個人的に思うことなのだが、脱会者の中には、割と変な人も多い気がする。「もうあの宗教は信じてないけど、神様っていると思う」と不思議ちゃんなことを口にする、などが一例だ。その界隈に詳しい方ならご存じかもしれないが、教団の幹部がその宗教を辞めた後、似た宗教っぽいことをやり始めることも珍しくない。こういうのを見ていると、正直、「何なら普通の信者たちのほうが、常識あるんじゃないか」と思ってしまうこともある。

 一方、脱会してその宗教とはもうまったく関係がなくなったのに、「あの宗教を絶対に潰さなきゃ!」と過剰に粘着し、誹謗中傷を繰り広げて暴走する脱会者にも、私は距離を感じている。

 その点、私はこのコラムにおいて別段、かつての宗教をボロクソに言うつもりは毛頭ない。「この宗教のここが矛盾している!」「こんなひどいことをされた!」という話ではなく、基本的には、2世信者のあるあるネタや、私の自虐ネタなど、一般の人がくすっと笑える話を通して、未知の存在であろう2世について「なんかわかるな~」と思ってもらえる。そんなピースフルなコラムにしていきたい。

 カルト宗教の2世問題は人権侵害をはらんでいるだけに、「笑いのネタにするのはどうか」という意見もあるだろうが、これが“いち2世信者である私”にとっての、過去と向き合う方法だと思ってもらえると幸いだ。なるべくフラットな目線で、読者の方に語りかけていこうと思う。