• Fri. Sep 17th, 2021

「震えた字で『父ちゃんのバカ』って」――母は晩年、夫が浮気相手と一緒にいるという「幻覚」を見ていた

“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

 そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。

 夫婦の関係は、晩年になって大きく変わることがある。「“良妻賢母”の代表のような母が……『冷蔵庫がしゃべる』『テレビが動く』と訴える、明らかな変化」では、妻のことが大好きだった夫が、ホームに入居後妻にひどい暴力をふるうようになった。「『長女の私に、とにかく厳しかった』監視する母とアル中だった父――老いた親を前に、娘の本心は」では、アル中の夫に暴力をふるわれ続けていた妻が、晩年にようやく夫と離婚することができたにもかかわらず、寝たきりになった夫を介護して看取った。夫婦って本当に一筋縄ではいかないな、と改めて思う。

 今回ご紹介するのは、「認知症の夫に“熟年離婚”つきつけたワケ……『怒鳴られても言い返さない』貞淑な妻の反乱」で登場してくださった井波千明さん(仮名・56)だ。貞淑な妻であり、良き母でもあった義母は、老人ホームに入居後、夫を拒否するという驚きの行動に出たが、井波さんの実の両親も晩年、夫婦関係に大きな変化が起きたという。

▼認知症の夫に“熟年離婚”つきつけたワケ▼

父ちゃんのバカ

「ずっと仲の良い両親でしたが、晩年の母は父への悪いイメージに苦しめられていました」

 パーキンソン病を患っていた母親は、その薬の副作用がひどかった。夫が浮気相手と一緒にいるという幻覚に悩まされていたのだ。

「父が亡くなったあと、父が自分のところに帰ってきてくれないのは、浮気しているからだと思い込んでいたようです。母の落書きノートに、震えた字で『父ちゃんのバカ』って書いてありました。父は、優しい人でしたから……」

 井波さんが、隣県に住んでいた両親を近くに呼んだのは、父親にガンが見つかった10年ほど前のことだ。その前から母親はパーキンソン病を患い、ヘルパーと訪問看護を利用しながら、二人で暮らしていた。

「父のガンはホルモン治療だけで済むのか、それとも放射線治療をしたほうがいいのか、微妙な段階でした。実家近くの病院ではホルモン治療しかできず、積極的に治療するなら実家の県庁所在地にある病院か、はたまた弟が住んでいる県の病院か、どちらがいいのか迷っていました。すると夫が『うちの近くの病院にしたら』とあっけらかんと言ったんです。『私が見てもいいの?』と戸惑いましたが、そう言ってくれたことに感謝して、しばらくうちに来てもらうことにしたんです」

 父親の治療中、母親も井波さんの家で過ごすことになり、一安心した井波さんだったが、母親にも新たな病気が発見された。父親が通院する病院で再度診察を受けたところ、パーキンソン病だけでなく肺高血圧症という病気もあることが判明し、即入院となった。心臓から肺に血液を送る肺動脈の血圧が高くなる病気で、軽い動作でも呼吸困難や疲労などが起こる難病だった。

 数カ月後父親の治療が終了し、父親は実家に戻った。それからさらに数カ月して、母親も薬の調整や酸素吸入の設備を整えて実家に戻れることになった。

 しばらく両親は穏やかに暮らしていたが、母親の状態が再び悪化した。血中酸素の量が低下し、救急車で井波さん宅近くの病院まで運ばれてきた。

「再入院となったんですが、次に退院できてももう実家に帰るのは危険だということになり、母はうちと同じマンションの上の階に部屋を借りて住むことになりました」

 仲の良い両親だったので、母親は父親がそばにいないことを寂しがった。父親も妻のために時折この部屋にやって来て、しばらく滞在することもあった。

「父にとって、うちのマンションで過ごすのは退屈なんですが、魚好きな父が唯一楽しめるのが近くでやっている朝市でした。私は5時前に起きて父を朝市に連れて行くのは億劫でしたが、夫は『行けるときに行っておいたほうがいい』と父に付き合ってくれて、これにも頭が下がりました」

――続きは7月18日公開