インターネット上において、女性や女性が消費する文化に対するバッシングや蔑視は後を絶ちません。例えば、ボーイズラブ二次創作などを好むいわゆる「腐女子」に対する匿名掲示板や動画サイトなどでのバッシングやSNSの荒らし、女性を女性器の呼称を用いた呼び方(「まんさん」「ま〜ん(笑)」など)をする「性器呼び」などが挙げられます。
男性向け創作の世界におけるジェンダー意識に疑問を持つ人もいます。《八月の終わり、週刊少年ジャンプの定期購読をやめた》という文章で始まる、高島鈴「招かれざる客を招く:「週刊少年ジャンプ」・ジェンダー・閉ざされるファンダム」(『文藝』2020年冬季号、河出書房新社、pp.370-379)においては、漫画誌『週刊少年ジャンプ』が、女性キャラクターの尻を再現したモチーフをイベントで展示したり、そもそも編集部が女性を排除しているのではないかという疑念を持たせるような発言をしたり、そして性暴力やセクシュアルハラスメントをギャグとして描写してきたことなど挙げ、女性やクィア男性が《包摂されているようには全く思えない》(高島、前掲p.374)と言います。
高島はもともといくつかの作品の現実問題に対する誠実な姿勢や、同誌に描かれてきた戦う女性に救われてきたからこそ、読者として想定される「少年」の外にある存在を排除する姿勢とその変わらなさを感じて『ジャンプ』の購読をやめたということが語られています。
また、インターネット上では、フェミニズムへのバッシングも絶えず行われてきました。山口智美は、1990年代から2000年代におけるフェミニズムへの「バックラッシュ」のほか、2000年代の女性専用車両反対運動を中心とする「男性差別反対」運動が既存の右派勢力によって主導されてきたと述べています(樋口直人ほか『ネット右翼とは何か』(青弓社、2019年)pp.179-180)。
しかし、ネット上の反フェミニズムには、それとはまた違ったアプローチがあります。近年の我が国においては、アニメや漫画など、あるいはそれらの表現技報を用いられたキャラクターが企業、さらには公共的な要素の強い場に出てくるようになっています。それと共に、そういった表現が、テレビCMなどと同様に、性差別的であるとか、あるいは性的役割分担を正当化、ないし強化するものなのではないかという批判や疑問が投げかけられるようになりました。
例えば、2014年、人工知能学界の出した雑誌『人工知能』の表紙イラストが性的役割分担を正当化しているという批判が起こりました。このことについて、人工知能学界は問題点を《「ロボットが女性型をしている」「それが掃除をしている」「ケーブルでつながれている」等の要素が相まって、女性が掃除をしているという印象(さらには女性が掃除をすべきだという解釈の余地)を与えた》と認識し、《公共性の高い学術団体としての配慮が行き届かず、深く反省するところです》(https://www.ai-gakkai.or.jp/whats-new/jsai-article-cover/)と述べています。
また、2019年10月頃には、漫画『宇崎ちゃんは遊びたい!』(丈、KADOKAWA/富士見書房)と日本赤十字社とのコラボレーションで、同作の既存の表紙イラストを用いたものに、性的にカリカチュアライズされた表現であるとか、献血ができない人への侮辱ではないかなどという批判が相次ぎました。そこで日赤は新たに描き下ろしの漫画を用いたものを使い、こちらはリファイン前のものを批判していた人にも高く評価されました。
日赤は製作過程で《男女双方が想定された表現になっているか?》《女性から見ても、男性から見ても、違和感、疎外感のない表現になっているか?》(弁護士ドットコム2020年2月3日配信記事 https://www.bengo4.com/c_23/n_10730/)などといったことを重視したと述べております。
ただこのような人工知能学会や日赤の真摯な対応とは裏腹に、ネット上では、「凶暴な」フェミニズム/フェミニストがオタク表現を「お気持ち」によって「燃やして」いるという認識が広がるようになりました。そのときに使われる言葉として「ツイフェミ」という言葉があります。この言葉は、おそらくは「ツイッターにおける「男性オタク(文化)叩きを目的とした(異常な/凶暴な)フェミニズム」のような意味合いを持って使われることが多いです。例えば、荻野稔・大田区議は次のような「ツイフェミ」との対決を扇動するようなツイートをしています。
今、誰もが子供達を守りたいと考えている。ならば自分の欲求を果たす為だけに、無関係の創作物をお気持ちで焼いて良い訳がない。
現にツイフェミと呼ばれる方々はこのような時にも戦闘を仕掛けてくる。彼らはかつての女性解放運動から膨れ上がり、逆らう者は全てを悪と称しているが、それこそ悪であり
— 大田区議会議員おぎの稔(無所属)議員系Vtuber (@ogino_otaku) November 29, 2019
人類は衰退しました!と言い切れる。
TLを御覧の方々はお分かりになる筈だ。
これが彼等のやり方なのです。我々の趣味嗜好が番人受けしないのも悪いのです。
しかし、ツイフェミと呼ばれる方々はこの日本では被害者の居ない創作物は合法であるにも関わらず、児童ポルノと混同し破壊しようとしている。
— 大田区議会議員おぎの稔(無所属)議員系Vtuber (@ogino_otaku) November 29, 2019
諸外国の政府の高官たちは創作物を汚染して、人類にとっての宝を破壊している!
もはや日陰でやり過ごすのは無理と判断して行動を始めた。
表現規制反対派はそのための尖兵に過ぎず、この日本に亡命したかのように表現を求めてくる皆さんの力も借りて、創作表現全体を守っていかねばならないのです!
— 大田区議会議員おぎの稔(無所属)議員系Vtuber (@ogino_otaku) November 29, 2019
このような勇ましい表現からは、「ツイフェミ」とされる人間が創作物を「お気持ち」で「焼いて」いるという認識だけではなく、「ツイフェミ」は自分たちオタクに対して絶えず攻撃を仕掛けてくると喧伝しています。
しかし、「ツイフェミ」という表現は「(男性向け)メディアカルチャーを攻撃するフェミニズム/フェミニスト」という意味を超えて広がっています。例えば「ツイフェミ」を論じたとされる、NPO法人ホワイトハンズの代表・坂爪真吾は、自著『「許せない」がやめられない:SNSで蔓延する「#怒りの快楽」依存症』(徳間書店、2020年)の宣伝を兼ねて「ツイフェミ」なるものを「フェミニストの仮面をかぶる障碍者」であるかのように表現していますが、これはフェミニズムと障碍者に対する複合差別と言えるでしょう。
また、プロフィールに《ツイフェミは嫌いです》と書く、作家の吉井敬人は、漫画家の松山せいじへのリプライで、フェミニズム雑誌『エトセトラ』が売れないという悲鳴が挙がっているということを聞いて《私には心地よい悲鳴となって聴こえてきますね。仲間割れ寸前まで行っているとの事です。山岳ベースまで行くとの事です》などと快哉を叫んでいます。
実際には、『エトセトラ』はトランスビューを取引代行とし、各書店が独自に発注し、独自に返品できるというシステムをとっており(つまり、売りたいという意志のある書店が好きなように売れる)、そういう「売れないという悲鳴」に対しては《そのひとは自分の無能を声高に宣言してるだけ》という批判が投げかけられています。
また、匿名のため名前は伏せますが、「表現規制反対派」の中には、「ツイフェミ」がオタク文化や絵を「攻撃し続ける」ならば自分は痴漢に遭ったり困ったりしている女性を助けることはない、席を譲ることもないという論客までいます。
そもそも「ツイフェミ」という言葉はどのように使われているのか。データを使って読み解きつつ、その背景について考察してみようと思います。
データで見る「ツイフェミ」ツイート
私は2020年末から何回か、フリーの統計ソフト「R」のパッケージ「twitteR」と「rtweet」を用いて、「ツイフェミ」という言葉を検索ワードにしてツイートを取得しています。その中から、次のように期間を決めて集計したのが表1・2になります(twitteRの使い方については、拙著『Twitte Analysis Maniax』(後藤和智事務所OffLine、2019年)など、rtweetについては石田基広『実践 Rによるテキストマイニング』(森北出版、2020年)などを参照)。
なお、twitteRもrtweetも、技術的な理由で、長いツイートを取得する際は最後のほうが「…」となり、ツイートへのリンクがつく形式になります。本稿ではその取得されたデータを元に、Excelのマクロを使ってURLを「(メディア)」という文字列に置き換えております。あらかじめご了承ください。
第1期(2020年11月29日〜12月7日)は、群馬県草津町議の新井祥子が、町長からのセクシュアル・ハラスメントを告発したことで、報復のような形で町長主導による新井へのリコール投票が行われたことが民主主義国家として許されざることであるという批判がフェミニストならず様々な方面から巻き起こった時期です(詳しくは、選挙ウォッチャーちだい「群馬県草津町の「町議リコール」住民投票がはらむ、性被害の事実以前の大きな問題」ハーバービジネスオンライン、2020年12月7日配信記事を参照)。
また第2期(2020年12月13日〜19日)については、人気漫画『鬼滅の刃』について、エピソードの一つが「遊郭編」として映画化されるということに触れ、遊郭が美化されるのではないかという疑念がある人のツイートを「ツイフェミ」によるものと決めつける言説が広がった時期になっています。集計期間が概ね同じである第1〜3期を比較すると、第2期における割合がかなり多く、漫画やアニメなどに関する疑念や懸念は「ツイフェミ」のものとして叩かれやすいという傾向が見て取れます。
しかし、多くリツイートされた表2のツイート一覧を見ていくと、それとはまた違った様相を呈します。
まず第1期1位は、国際カジノ研究所所長の木曽崇によるものです。そもそも先に挙げた草津町でのリコール問題に関して、性犯罪に対する町議会のみならず町全体での姿勢への疑念から、草津温泉への旅行を取りやめる動きが相次ぎました。木曽は「うっかり草津温泉の件に手を出した」と述べていますが、性被害に対する告発に対して連帯の意志を示す運動は決して「うっかり」などというものではありません。
第3期2位は、2019年10月に弁護士の太田啓子がツイートした、「(「性的に強調した描写ではない」という主張に対して)胸を大きく描写する必要はないのに敢えて大きく描くことの意味がないはずがない」という内容のツイートと、2020年6月にプラスサイズモデルの藤井美穂がツイートした「自分の小さい価値観で人様の外見をジャッジするな」という内容のツイートを「ファイッ!」という表現を使って「対決」するものと並立させているものです。
太田はネット上においては「ツイフェミ」の首魁とよく見なされる人物で、他方で藤井もフェミニストですが、そもそも太田の発言は表象的な描写について述べているものであり、他方で藤井の発言は自分のような人間の容姿に対するものであり、指し示す対象は全く違うものです。にもかかわらず、さも二人が対立するように見せかけて、「ツイフェミ」と「フェミ」の対決であるかのように描いています。
また第1期10位についても《性の自己決定権他の女性の主体性だの言ってきたツイフェミが女性ユーチューバーのセクシーな広告が気に食わないと言う明らかに矛盾した事態》とありますがこれも前者と後者は全く別の問題です。このように主張の背景や構成要件をまったく無視して並立させて「ツイフェミの矛盾」「フェミ対ツイフェミ」みたいに見せるような主張も見られます。
第2期24位(匿名の個人への誹謗を含むため非公開)にて採り上げられている人は、ツイッター上でミゼットプロレス(小人プロレス)に関するデマ(人権団体によってミゼットプロレスが潰された、というもの)を逐次批判している人で、「ツイフェミ」という概念にも批判的です。このツイートでは、その人が、2021年2月に、自民党の女性活躍推進特別委員会(森雅子委員長)が、橋本聖子・女性活躍担当大臣に対してシングルマザーに対する現金給付を提言したことに対して、「これ自体は悪くないが、実際に運用されたら対象となるシングルマザーには、交際相手がいないことを証明するために高いハードルが課されるのでは」という趣旨のことを書いたことに対して、わざわざ「これ自体は悪くないが」というところに下線を引いて「ド直球の性差別にも関わらず、素晴らしいと絶賛する日頃は男叩き&オタク叩き大好きな「ツイフェミの腰巾着型」自称リベラル」という注釈を付けています。
このように、フェミニストの「味方をする」どころか、そうでなくともネット上のアンチフェミニズムに対して疑念を呈するような男性は「フェミ騎士」「チンポ騎士」などと呼ばれ、女性に媚びるためにフェミニズムに肩入れしていると見られることがあります。
第2期10位のように、ポリティカル・コレクトネス(直訳すると「政治的正しさ」だが、むしろ表現に求められるような「社会的望ましさ」と考えた方が望ましい——ハン・トンヒョン「ポリティカル・コレクトネス——社会的属性の描き方における「社会的な望ましさ」」(『月刊シナリオ』2020年5月号、pp.8-10)参照)について、欧米人や「ツイフェミ」が、日本人、特に日本の(男性向け)オタク文化を「野蛮」として攻撃するものだと捉えられています。
さらに、第4期17位・19位・20位においては、歴史学者の呉座勇一による自身への度重なる差別を告発した北村紗衣に対して、北村が2016年の参議院議員選挙の時期に勃興した学生による平和運動「SEALDs」にジェンダー的な視点から疑念を呈したことについて、「ツイフェミによるSEALDsへのバッシングであり、ハラスメントに近い行為」としています。これらのツイートをした人物はすべて同一人物で、政治や経済については積極的にリベラルな発言をし、現政権に対して厳しく批判している人です。
しかし、この書き手が北村によるSEALDsへのハラスメントと表した行為は、実際には北村が、SEALDsの女性のスピーチにおいて《「帰ったらご飯をつくって待ってくれているお母さん」がいることを平和な世界の象徴として訴えていた》ことに対して、「伝統的」な性別役割分担に対するノスタルジーが見られると批判するなど、SEALDsにおいてすらジェンダー的な問題があるのではないかと苦言を呈したことであり(北村紗衣「国会前抗議に行ってきた」)、明らかに北村の批判を、悪意をもって誇張しています。さらに、《戦後もっともリベラルな社会運動を潰したのは、ネトウヨでもオタクでもなく、ツイフェミとアカデミックフェミだった》などと根拠もなく述べています。
他に目立つのは、ジェンダー的な観点から起った様々な問題を「ツイフェミによるバッシング」と単純化するようなものや、「ツイフェミ」に対して「人生を損している」「バッシングを生き甲斐にしている」というもの、及び馬鹿にするようなツイートや、また「自害しちゃいそう」「見てる〜ww」などといった嘲笑です。
なお、第3期1位で採り上げられているものは、いわゆる「宮崎勤事件」にかこつけてオタクをバッシングするもの。それに対して差別と声を上げるのは正当ですが、ただ「ツイフェミ」をくさす必要はないはずです。
表の中には少数ではありますが「ツイフェミ」という概念に対する批判(第1期11位・12位・13位、第3期13位、第4期22位。なお、第3期13位は筆者(後藤和智)によるものである)もあります。
しかし、多くのツイートは、フェミニズムに対する誤った決めつけと偏見、そして嘲笑であり、「ツイフェミ」という概念がいかに恣意的で操作的な概念であるかということがわかるかと思います。
この概念に関しては、第1期12位のような《「ツイフェミ」という語で像を結ぶのは、名指される者ではなく、名指す者だ》という指摘がまさに本質だと思います。ただし一言付け加えると、「ツイフェミ」という表現は女性にも使う人が見られます。
こうして見ると、「暴走」しているのはむしろ「ツイフェミ」という概念及びそれを振りかざす人間のほうだというのがはっきりしてきます。それではこのような「暴走」の起る背景には何があるのでしょうか。後半では女性差別を「終わったこと」にしてきた政府やメディア、消費社会の動きと、アンチ・リベラルでつながるコミュニケーションのあり方を採り上げます。