• 日. 12月 22nd, 2024

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明日あなたが被害にあうかもしれない

「あら、嫌だ。こんなところで……」万引きGメンは見た! 変態少年のおぞましき“遺留品”

 こんにちは、保安員の澄江です。

 最近は、大型スーパーやショッピングモールよりも専門店からの依頼が多く、書店やドラッグストアをはじめ、釣具店やスポーツ用品店など、さまざまな業種の店舗に潜入しています。個人的には、食品スーパーにおける勤務が一番気楽で望ましいのですが、不況のためか単発の依頼が多く、選り好みできる状況にありません。

 あらゆる専門店は食品スーパーと違って客足が少なく、回転も悪いので、検挙率が低くなります。クライアントが気にするのは、常に費用対効果のこと。こちらも重々承知しているので、結果を出すべく気を抜かずに警戒しますが、相手が来なければ話になりません。多くの常習者を抱える食品スーパーと違って、専門店の常習者は来店回数が少なく神出鬼没なため、犯行の予測が難しいのです。それでも導入し続けるのは、一度の被害が大きいからにほかならず、その費用を考えれば被害店舗の苦しみが実感できることでしょう。その少ないチャンスをモノにできるかできないかに、私たちの評価がかかっていることも申し添えておきたいところです。今回は、とある書店で過去に捕らえた変態少年についてお話ししたいと思います。

 当日の現場は、東京の都心に位置する大型書店S。ありとあらゆるジャンルの豊富な書籍を、複数のフロアで販売する巨大店舗です。周辺に数件の書店がある土地柄、ハシゴする常習者が目立つため、有事の際は他社の保安担当者と連携するよう指示されています。このようなネットワークは、非公式ながら20年以上前から構築されており、ひと昔前まではお互いの不審者ファイルを持ち寄って情報交換していました。

 今は各店に顔認証装置が設置されているため、不審者ファイルの存在自体がなくなり、情報交換するだけの関係です。顔認証登録された不審者データの共有は簡単で、一部地域では各店の保安員が連携をとって警戒にあたったそうですが、この地域の店が共有しているかはわかりません。私たちは受信端末を持たされるだけで、登録から運用まで店側がするため、その実情はわからないのです。

 出勤の挨拶を終えて、近くの喫煙所で勤務前の一服をつけていると、並びの書店で勤務する顔見知りの男性保安員(42歳)から声をかけられました。太い眉毛と長いもみあげ、それに痩せた体が特徴的な人で、その風貌と毛深さから“ワッキー”と呼ばれて親しまれているプロ意識の強い同業者です。違う事務所に所属しているものの、お互いがベテランのために付き合いは長く、過去には数件の検挙を共にしています。

「ご無沙汰しています。最近、どうですか?」
「あら、こんにちは。ここは、久しぶりなんですよ」
「そうでしたか。私はよくここに入っているんですけど、最近は中高生が多いんですよ。鬼滅(の刃)の全巻狙いとか写真集狙いが多くて……」

 たしかにこのあたりは私立学校が多く、夕方になると学生さんの来店が目立つようになります。彼によれば、某学校内では万引きが流行っている節があるからと、夕方は学生さんを中心に警戒すべきだとアドバイスされました。有事の際は、お互いに協力し合うことを確認して、ひとり現場に入ります。

 気になる不審者を見つけられないまま夕方を迎え、学生の来店が増えてきたためにコミックと写真集の売場を中心に巡回していると、女性タレントの写真集コーナーに佇む制服姿の少年が目に止まりました。おそらくは高校生でしょうか。豊満なグラビアタレントのヘアヌード写真集を売場の死角に持ち込み、右手の爪でラッピングを切り裂いていたのです。

 もちろんマナー違反といえる行為ではありますが、これだけでは声をかけるに至りません。その目的が判明するまで注視すると、ラッピングを外して売場に放置した後、目を背けたくなるほどのスケベ顔で写真集のページをめくり凝視しています。それからまもなく、左手の親指で本を押さえてページを固定した少年は、顔を左右に振って周囲の警戒を始めました。ページを開いて固定しているところを見れば、商品を隠すつもりではなさそうで、何をするのか気になります。すると、おもむろにズボンのチャックを下ろして、あろうことかその場で自慰行為を始めました。

(あら、嫌だ。こんなところで……)

 ここで声をかけて捕まえることもできますが、私も女。まだ未成年者とはいえ、店内で性器を露出する男性に声をかける勇気が出ません。

(しまったところで声をかけたら否認されるかもしれないし、タイミングが難しいわね。あの写真集は、どうするのかしら)

 自問自答しながら葛藤していると、どうやら満足したらしい少年は、その場に写真集を放置してエスカレーターに乗り込んでいきます。商品の状態を確認する時間がなく、遠目から写真集の所在だけを確認して急いで後を追うと、そのまま1階まで降りて店の外に出てしまいました。

 早足で追いかけ、気付かれないまま射程距離に入れたものの、なんと声をかけていいのか言葉が浮かびません。売場で性器を露出していたのは間違いありませんが、写真集のラッピングを破いただけで盗んではおらず、証拠が弱いような気がして躊躇したのです。自分がどうすべきか思案しながら追尾していると、並びの書店に入っていくので、これ幸いとワッキーにLINEをして応援を求めます。

「あの子ですね? そっちでは、何をやったんですか?」

 店内で早速に合流して、これまでの経緯を説明したところ、まずは売場に放置された写真集の状況確認をすべきと意見が一致したので、少年の追尾をワッキーに任せて本来の現場に戻ります。とにかく急いで写真集が放置された場所に戻って、その状態を確認すると、中ほどのページ同士が液体によって貼り付いており、棄損された状態が確認できました。

「やっぱり汚していたので、声をかけます。今どちらですか?」

 常備しているレジ袋に棄損された写真集を詰めて、この上ない早足で並びの書店に舞い戻り、写真集コーナーに潜むワッキーの元に駆けつけます。声かけ前に証拠を確認してもらうべく、慎重に写真集を取り出してみせると、とたんに顔をしかめて言いました。

「うわあ、汚ねえ! たまにいるんだよね、こういうバカ」
「一応、見ておいてもらいたかったから、ごめんなさい。重ねて申し訳ないんですけど、ここで声かけさせてもらってもいいですか?」
「全然、いいっすよ。一緒に行きましょう」

 店内での捕捉は緊張するものですが、プロの男性のサポートが得られたことから、大船に乗った気持ちで少年の肩を叩きます。

「こんにちは、隣の店の保安員です。申し訳ないんですけど、さっき見ていた写真集。汚されちゃって困っているので、買い取ってもらえますか?」
「はあ? 俺知らないよ。関係ないです」

 ひどく慌てた様子で立ち去ろうとするので、少年の腕を脇に挟んで制止するも、身をよじって逃げる姿勢を崩しません。強く引っ張られて危うく転びそうになり、絡めた腕を離した瞬間、ワッキーが少年の両肩を掴んで床の上に転がしました。仰向けに倒れた少年の上に、流れるような動きで馬乗りになったワッキーが、場面に似合わぬ優しい口調で問いかけます。

「騒ぎになっちゃうから、素直にしたほうがいいよ」
「違う! 俺じゃない!」
「へー。DNA、びっちりと付いているけど、調べられても大丈夫かな? 認めないなら、すぐに警察を呼ぶことになるよ」

 問いかけが効いたのか、我に返った様子でおとなしくなった少年が、上から顔を近づけてすごむワッキーに言いました。

「ごめんなさい。認めますから、親と学校には言わないでください」

 適当な相槌を打ちながら、ワッキーと2人で少年を事務所に連れていき、店長立ち合いのもとで事後処理を進めます。逮捕者はワッキーなので、店長に事情を説明して、少年の扱いが決まるまで同席してもらえるようお願いしました。

 少年に身分証の提示を求めると「持っていない」と言うので、メモ用紙に人定事項を書いてもらうと、すぐそばにある私立中学校の3年生であることや、ここから電車で30分ほど離れた街で家族と暮らしていることがわかりました。被害品の写真集は3,850円(税別)ですが、少年の所持金は2,000円足らずで、自力で買い取ることはできません。顔を真っ赤にしてうつむく少年にかける言葉がなく、ただひたすらに黙っていると、状況を察したワッキーが言いました。

「俺も男だから気持ちはわからないでもないけど、他人に迷惑かけたらダメだよな。これ、どうするの? ご両親に助けてもらうほかないよなあ」
「もう二度としませんし、お金は明日必ず持ってきますから、親と学校には連絡しないでください。こんなこと知られたら、俺、殺されちゃいます! うわーん」

 どうしても親には知られたくないのでしょう。突然に土下座した少年は、床に額をつけて号泣しながら許しを乞い始めました。場馴れしていないらしく、ひどく困惑した様子の店長が、私の耳元で囁きます。

「ちょっとかわいそうですね。どうしたらいいでしょう?」
「そこは、店長さんのご判断ですよ。やったことが普通ではないから、このまま帰すのも、ちょっと心配ですけどね」
「そうですよね。じゃあ、通報してきます」

 結局、警察に引き渡された少年は、14歳だったことから犯罪少年(14歳以上で罪を犯した少年)として扱われることになり、ほんの数分で警察署に連行されていきました。その後の処分を知ることはありませんが、おそらくは厳重注意の上、家庭で話し合うよう指導されたことでしょう。

「いろいろ助けてもらったから、ごちそうするわね」

 処理後に軽い休憩を頂き、ワッキーを喫茶店に誘ったところ、小腹が空いたとホットドックを注文され、そのデリカシーのなさにあきれた次第です。

(文=澄江、監修=伊東ゆう)

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