• Fri. Sep 24th, 2021

「自分よりやせてるか・太ってるか」ジャッジ地獄/どういう「おばさん」でありたい?/男の弱音って……【サイ女の本棚】

ここはサイゾーウーマン編集部の一角。ライター保田と編集部員A子が、ブックレビューで取り上げる本について雑談中。いま気になるタイトルは?

◎ブックライター・保田 アラサーのライター。書評「サイジョの本棚」担当 で、一度本屋に入ったら数時間は出てこない。海外文学からマンガまで読む雑食派。とはいっても、「女性の生き方」にまつわる本がどうしても気になるお年頃。趣味(アイドルオタク)にも本気。。

◎編集部・A子 2人の子どもを持つアラフォー。出産前は本屋に足しげく通っていたのに、いまは食洗器・ロボット掃除機・電気圧力鍋を使っても本屋に行く暇がない。気になる本をネットでポチるだけの日々。読書時間が区切りやすい、短編集ばかりに手を出してしまっているのが悩み。

弱音を吐いたら、なめられる?

編集A さて、次の記事で取り上げる本はどれにしようか? そういえば、ジェンダーを特集した「週刊東洋経済」(東洋経済新報社)6月12日号の売れ行きが思わしくなかったんだって。

保田 そのメイン読者層である中高年男性って、「男らしさ」が刷り込まれすぎてて、そもそも男性性の何が問題なのか、わからない人も多いんじゃないかな。

編集A でも、ジェンダーの問題に向き合うことは、男性の救いにもなるはず。無意識に「男らしさ」に縛られて、自分の首を絞めているような男性っているじゃない。もはや“呪い”といってもいいよ。

保田 あっ、『牧師、閉鎖病棟に入る。』(沼田和也、実業之日本社)っていうエッセイで、まさにそんな状況が描かれてるよ。著者は牧師で、幼稚園も運営していた男性なんだけど、経営のストレスなどが重なって対人トラブルを起こし、精神科の閉鎖病棟で過ごすことになる。そこで治療を受けながらさまざまな患者と触れ合って、「男らしい」人生観が変わっていく経過が丁寧に書かれてるんだ。

編集A 近年は『さよなら、男社会』(尹雄大、亜紀書房)、『さよなら、俺たち』(清田隆之、スタンド・ブックス)など、日本社会に巣くう“ホモソーシャル”に切り込んだエッセイも多いよね。男性が不要な呪いに気づくのはいいけど、「男だってつらい!」の大合唱になると、女性としては違和感ありありになっちゃう。

保田 でもこの本は、そのあたりを自覚しているかも。著者は日本国内の自殺者は男性の割合が多い、という統計を引用しながら「これをもってして『女性よりも男性のほうが苦しんでいる』とするのは早計である」「男らしさを内面化してしまった男性は、(わたしもそうであったが、)そもそも自分が死にたい、ああ死ぬなと思うほどに追い詰められるまで、自分が苦しいということすら自覚できない」と自身の療養時を振り返りながら考察していて、一理あるなって。

編集A ちょっと言葉が悪いけど“素直に弱音を吐いたら、なめられる”みたいな意識は、確実に男性に強いよね。

保田 そうなんだよね。「今は誰にでも『今は調子が悪い』といえる」「ひどく傷ついた時は一人で抱え込むことは絶対しないという知恵」を得たとつづられていて、それって、もう義務教育に組み込んでもいいくらい基本的な生きる技術では……と思ったよ。あと、同じ患者として出会った少年たちへの視線が温かくて、つい彼らの将来に思いをはせてしまう。「男らしさ」だけでなく、閉鎖病棟の在り方や、精神疾患を持つ人に抱きがちな偏見を解いてくれる本でもあると思う。

編集A 自分で自分に呪いをかけるのは、女性にもあること。特に多いのは、「やせていなくては」問題。

保田 あるね! でも、「そもそもなぜやせないといけないと思ってるのか?」と根本に立ち返らせてくれる本が、『ファットガールをめぐる13の物語』(モナ・アワド著、加藤有佳織・日野原慶訳、書肆侃侃房)。自他共に認める“ファットガール”だったエリザベスが、少女から社会人になるまでを13編に切り取った連作短編集で、いくつかの仕事や恋愛を経ながらダイエットに成功して結婚して……。

編集A 2016年のギラー賞(カナダの権威ある文学賞)にノミネートされた本なんだね。そのあらすじを聞くと「太った子が見事ダイエットに成功してハッピーエンド!」な話っぽいけど……。

保田 ちょっと違うんだ。主人公エリザベスは、自分自身に「太っている女=人から軽く扱われても仕方ない存在」っていう“呪い”をかけているように私は読んだ。少女時代の友達付き合いや恋愛に彼女の自尊心の低さが垣間見えるんだけど、やせたら高まるのかっていうと、これが全然回復しない。むしろ周りの女性に対して、「自分よりやせてるか/太ってるか」「何を食べているか」のジャッジ地獄にはまってたり、「太っているのに幸福を手に入れた(ように見える)女」の存在が心に引っかかって仕方なかったり。

編集A 最近は「ボディポジティブ」といって、ありのままの体を愛そうという考え方もあるよね。その第一歩は「他人の目を意識する限り、自分の体は居心地が悪い」って認識することだと思う。

保田 そうなの。思い通りにならない自分の体と向き合いながら、延々傷つき続ける主人公を見てると、そもそも人によって太りやすさもやせやすさも違うのに「太ってる=自己管理できてない」と一律に捉える世界のほうがおかしくない? って思わされるんだよ。

編集A 標準体重って、あくまで標準であって、個人の適正体重とは違う場合もあるっていうもんね。

保田 太ってたけど、気の合う親友とマックフルーリー食べながらぐだぐだ笑い合ってた学生時代への嫌悪まじりの憧憬が、年を重ねるごとに甘く輝いていくさまがすごく切ない。多様性を認められる時代だからこそ、どういう体を目指すのかという問題は現代を生きる私たちにとって極めてリアル。あと、余談だけど、試着室のシーンが頻出しているのが楽しい。

編集A 確かに試着室って、「自分の理想の外見」と「現実の容姿」が交錯する象徴的な場所かも。

保田 決して全部が深刻な話ではなくて、試着室での店員の強引な「すっごくお似合いですよー(似合ってない)」の攻防戦とか、「わかるわー」ってくすっと笑えるシーンもたくさんあるので、ぜひ読んでほしいよ!

編集A 体の問題も深刻だけど、女性共有の呪いは「おばさんになってはいけない」だよね。あからさまに言う人は少なくなってるけど、あらゆる方向から巧妙に何重にも刷り込まれてると感じるよ。

保田 そんな意識にストレートに疑義を投げ込んでくるのが『我は、おばさん』(岡田育、集英社)です!

編集A 『「オバサン」はなぜ嫌われるか』(田中ひかる、光集英社)、『おばさん未満』(酒井順子、集英社)などおばさんを真正面から取り上げた本はあるけど、これは最新版ね!

保田 この本は、本来は「中年の女性」という意味合いにすぎない「おばさん」という言葉に付着している侮蔑の意味合いと向き合いつつ、さっぱりと負のイメージを取り除いて、小説や漫画、映画からバラエティー豊かな中年女性像を提示してくれる。母や妻としてだけではない、ただの「中年女性」を描いた魅力的な作品ってたくさんあったんだな、って気づいたよ。

編集A いわば「おばさん像・古今東西カルチャーツアー」なんだね。この本は興味のあるパートから読めそうだし、次に触れたい作品を新たに知ることもできそうでいいな。

保田 さらに、著者の「どういうおばさんでありたいか」の表明でもある。岡田氏の描く、上の世代と下の世代をつなぐシスターフッドの中継地点としての「おばさん」像、私は素直に格好いいと思えたし、読後は「年を取るのも悪くない」って感じることができたよ。

(保田夏子)

牧師であり幼稚園園長でもあった著者が、医師の判断で精神科の閉鎖病棟に入院することになる。「あなたはありのままでいいんですよ」と語ってきた著者が、“ありのままでは生きられない人”と過ごした3カ月を中心に、その後までをつづるエッセイ。

「宇宙はわたしたちに冷たい。理由はわかっている」自分が太っていることを気にしている主人公エリザベス。彼女の高校~成人期までを、連作短編形式で描いた小説集。年を取っても、彼氏がいてもいなくても、太っていてももやせていても、彼女の体のサイズへの意識が途絶えることはない。太っていた彼女は、結婚後にダイエットに取り組み、やせていくが……。

「おばさん」という呼称について侮蔑語ではなく、本来の中年女性の総称として再定義を促すカルチャーエッセイ。「おばさん」が、これまでカルチャーでどのように描かれてきたか、「誰がお手本で、誰が反面教師なのか」を探る。『更級日記』『若草物語』から『乳と卵』『マッドマックス 怒りのデス・ロード』まで、古今東西の文学・エンタメ作品をひもとき、著者が目指す「おばさん」像を描き出す。