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「誰でもわかる無料のオンライン授業」はなぜ可能なのか eboard代表理事・中村孝一さんインタビュー

ByAdmin

Jul 22, 2021

 「学童1人に1台の端末」と「教育現場の高速通信化」を目指し、文部科学省が2019年に打ち出した「GIGAスクール構想」は、 翌年の新型コロナウイルス感染症拡大に伴う全国一斉休校により一気に加速した。

 とはいえ、十分にオンライン授業の準備がされていたわけではなく、感染状況しだいで再休校の可能性もあるなかで、教員のスキルに合った教材の充実は大きな課題のままだ。

 そんな中、個人や公立学校などでの利用であれば無料という「eboard」への関心が高まっている。やさしい授業動画と演習問題を無償公開する目的と、それを可能にする運営の仕組みについて、NPO法人eboard代表理事である中村孝一さんに話を聞いた。

eboard https://info.eboard.jp/

村孝一(なかむら・こういち)
大学在学時、学習塾や学習支援現場での経験から、子ども達の学習課題を痛感。外資系コンサルティング会社勤務を経て、eboardを創業。2016年より、世界経済フォーラムGlobal Shapers Osakaハブメンバー。

「誰でもわかる授業」の作り方
――eboardのサイトには小1から中3までの主要教科と、高校の数学Ⅰの映像授業と問題がアップされていますが、どれも本当にわかりやすいですね。

ありがとうございます。私たちは「学びをあきらめない社会へ」というスローガンの元に活動するNPO法人です。スタッフの多くも学校や学習塾で勉強が苦手な子に指導した経験のある人で、スタッフ同士でよりわかりやすい教材と授業を目指して切磋琢磨しています。

eboardで公開されている教科一覧

それぞれの単元ごとに5~6分の授業動画があり、2~5問程度の演習問題がある。
――映像授業での話し言葉が関西弁のイントネーションなのも、親しみやすく感じます。

私ともう一人、関西弁の講師がいますが、とくに意識してやっているわけではなくて、地です(笑)。授業の音声は私を含めて4人で、みな指導経験があります。

――映像授業というと予備校のサテライト授業がすぐに思い浮かびますが、それとはだいぶ違う雰囲気ですね。

予備校の映像授業は軽妙な語りにたくさんの情報量が詰まっていて、勉強ができる子にとってはとても楽しく意義のあるものだと思うのですが、eboardが想定しているような子どもにとっては、スピードが速すぎてついていけないんです。聞き取りだけでも困難なんですね。

eboardの映像授業では、なるべく普段使っている言葉で、噛みくだいて、画面の動きと連動したスピードでゆっくりと話すようにしています。そのせいで関西弁が出てしまうのですが(笑)。

――予備校の授業はどんなにわかりやすくても、講師と受講生の間に共有されている情報がたくさんあって、その上で成り立っているコミュニケーションなので、勉強が苦手な子や学校からドロップアウトしてしまった子にはハードルが高いのでしょうね。

おっしゃる通りで、元予備校講師の方がボランティアを志願してくださって、授業動画を送ってくれたことがあったのですが、とても難しかったんです。優れた授業で、私には面白く感じられたのですが、想定している子どもたちには理解できない内容でした。やはり常に勉強が苦手な子、取り組みにくい子のことを想像する必要がありますね。

字幕は「手すり」と同じ
――ボランティアを募って、小学校高学年と中学校の映像授業約1,600本に字幕を付ける「やさしい字幕」プロジェクトも進められています。外国語につながる子や、聴覚障害がある子には大きな助けですが、そうでなくても字幕があったほうが理解しやすい子もいるのでしょうか。

コロナ禍での休校期間中に、ろう学校の先生方から「自宅で使える教材がないからeboardに字幕を付けてほしい」という要望がいくつか寄せられたことが直接の契機ですが、学習においては健常者の子どもでも聴覚に頼っている部分はかなり大きいんです。聴き取りにはかなり個人差があって、聴き取れない、聴けていても理解できない子もかなりいるんですね。教える内容が音声より少し先に文字で表示されていると、理解のしやすさはかなり向上します。

やさしい字幕プロジェクト
私たちは「駅の階段に手すりをつける」イメージで、字幕プロジェクトを始めました。必要のない人にとっては目にはとまらなくても、手すりがあることで電車に初めて乗れる人もいれば、なくても何とかなるけどあれば助かるという人もいます。普段は不要でも、足を怪我してしまった人も手すりがあれば助かるでしょう。字幕もまさにそういうもので、アクセサビリティの向上は、eboardが提供すべき付加価値だと考えています。

――1単元ごとの動画はだいたい5~6分で、演習問題も2~5問程度ですが、もっと問題を増やしたり、オプションで高度な授業も受けられるといった展開は考えていますか?

正直、今は考えていません。eboardを使っていただいている学習塾や、個人で利用してくださっている方などからはそのような要望もあるのですが、あえてそこを捨てることで勉強が苦手な子や、学習意欲が持てなくなってしまった子によりアプローチできるのではないかと考えています。

――あくまでも「学びをあきらめた子」や、あきらめかけている子がターゲットなのですね。

はい。「誰にでも使える万能教材」があるとは全く考えていないんです。万人に届けようとすると、誰にも届かないものができてしまいます。勉強が苦手な子のことをどれだけ想像できるかが、eboardにとっては生命線だと思います。

社会に出てから学ぶ力を
――中村さんは塾の講師をされていたとのことですが、どのような経緯でeboardを設立されたのでしょうか?

学生時代にバイトで学習塾の講師をして、教育に関わる仕事をしたいと思うようになり、学習支援のボランティア活動もしていました。不登校の子や、発達障害や学習障害を抱えた子、経済的な事情で塾に通えない子たちの支援をしているなかで、教育現場だけでは解決できない問題があると思ったんです。

――どのような問題でしょうか?

私は兵庫県西宮市の出身なのですが、富裕層の多い北部と南部では経済格差があり、やんちゃな子や集団からこぼれてしまった子も少なくありません。中学で不登校になってしまった子を塾で教えて、何とか意欲を取り戻して定時制高校に通えるようになっても、入学後しばらくして退学してしまう、そんな経験がいくつかありました。

学べなくなる事情はさまざまですが、現状の支援は学校の先生や塾講師、支援スタッフの教える能力に依存しています。でも進んだ先で継続的な支援が得られなければ、学びの現場から再びこぼれてしまい、学習意欲そのものを失う子が生まれてしまいます。

学習意欲とは、新しいことに取り組む力であり、取り組むスキルを身に着けたいという動機なのだと思います。これからの社会は学校で学ぶ量よりも、社会に出てから学ぶ量が圧倒的に多くなるはずです。子どものうちに学習意欲をなくすことで、あらかじめ将来の学びをも失ってします、その損失はあまりに大きいと思います。

すべての子どもが学びたいという意欲と、学ぶことができるという自信を持ち、学ぶスキルを身につけて社会に出ていけるようにするために、何をすればいいのかと考えるようになりました。教員の友人たちと、YouTubeに授業動画をアップし始めたのが2012年です。

――オンライン授業というアイデアは何かヒントがあったのでしょうか。

その前年あたりから、アメリカの大学などが講義の動画を公開し始めていて、これの子ども版をやればいいのではと思いました。もちろん動画をアップするだけでは目にしない子どもがほとんどですし、見られたとしても一人では学べない子が多いでしょうけど、支援する人たちの働きかけがあれば学びの場として機能すると考えたんです。

少しずつ動画を増やして、授業の内容をまとめたホームページを更新していたところ、島根県西部のある町の教育委員の方から「放課後学習に使いたい」というご連絡をいただき、それを機にNPO法人となりました。その頃は動画とまとめページだけでしたが、演習問題を作ったり、アカウント登録すれば学習記録が残る機能を付けるなど、少しずつ現在のかたちになっていきました。利用してくださる教員の方も少しずつ増えましたね。

GIGAスクールは何を変えたのか
――とはいえ2010年代前半は、教育現場のICTへのアレルギーはまだまだ根強かったのではないでしょうか?

使ってみたいと言ってくださる一部の先生方は、職場ではわりと変わり者だったのではないかと思います(笑)。しばらくは学校からよりも、発達障害のお子さんや不登校のお子さんを持つ保護者からは「子どもの状況が変わった」と熱のこもった反響があったので、必要としている子どもはいるという手応えを感じていました。

――その後、2019年にGIGAスクール構想が打ち出されて、さらに2020年にはコロナ禍での休校期間もありました。eboardをめぐる状況は変わりましたか?

そうですね。学校の先生も、社会全体でも、ICT教育の捉え方はポジティブなものになったと思います。とくに休校期間は学習の手段がなかったので、学校再開とともに揺り戻しはあったにせよ、ICT教育やオンライン授業の必要性は認識されたのではないでしょうか。

GIGAスクール構想も同様で、それまでは「ICTを使おうにも環境が整っていないからできない」という声が多かったのですが、今はそのような反応は上がってこなくなりました。同時に、国が予算を投じて一人一台環境を作るとなると、ICTが苦手な先生も必要性を感じてくださっているのだと思います。そこは大きな前進と捉えています。

――2020年からは個人アカウントの登録を中止されていますが、休校でアクセス数が急増したのでしょうか?

はい。アクセス急増で以前からご利用いただいている個人や団体でも使えなくなる事態となったので、新規のアカウント登録は休止させていただきました。アカウントがないと学習記録は残りませんが、映像も問題やすべて同じようにご利用いただけます。

休校期間は、GIGAスクール構想で端末配布や回線増強など環境整備が進んだこともあり、公立学校からの利用申請も急増しました。

以前は公立学校から申請があれば無審査で利用していただいていたのですが、こちらのサーバーの限界もあり、2020年6月からは審査を行うことにしました。利用計画や目的を精査し、きちんと利用していただけそうな学校のみ団体アカウントを発行しています。教育委員会から一括での申し込みがあった場合、ソフトウェアでもオンライン教育でも利用されないままというケースが多かったんですね。

なので現在は、不登校児童の人数や、その子たちにどのような働きかけをし、どうeboardを活用するかといった計画があやふやな申請は、お断りするようにしています。GIGAスクールが始まって、「何となく使ってみたい」といった感じの申請も増えてしまって、審査通過率が劇的に落ちてしまったのが正直なところです。あくまでも、子どもたちそれぞれの課題にしっかり向き合っている先生方に、優先的に使っていただきたいと思っています。

「個人の寄付」が重要な理由
――eboardは私立学校や塾単位で利用する場合は月額7,500円、個人や公立学校、NPOでの利用は無料となっていますが、当初からこういう運営方法を考えていたのでしょうか?

そうですね。無料にした理由はいくつかあるのですが、一番大きいのは有料にすると逆に提供のためのコストがかかってしまうんです。GIGAスクールで状況は変わってきていますが、日本の公立学校には、ICTやソフトウェアの予算を決める権限が与えられていないんです。なので、たとえ月100円でも値段が付いただけで、たくさんの事務手続きが発生してしまいます。ある先生が特定の生徒のサポートのために、今学期だけeboardを使いたいと考えても、お互いに事務作業のコストが発生してしまうんです。なのでそこは無料にしてしまって、できるだけ他の部分にエネルギーを注ごうということで無料にしています。

――運営費用はどのように賄っているのでしょうか。

2020年度の場合、半分は協賛してくださっている企業からの寄付と、もう半分は民間の塾やフリースクールなどの使用料金です。当初は塾などでの利用は想定していなくて、強い要望があった場合だけ寄付をお願いして提供するようにしていたのですが、2017年からは営利活動のみ使用料をいただくようになりました。

本当は個人の方からの寄付をもう少し伸ばしたいと思っているのですが、なかなか難しいので、まずはご要望の多い民間の塾やフリースクールに費用をご負担いただくという形をとっています。

営利団体の利用は1教室あたり月額7,500円。個人や公立学校、NPOなどは無料。
――個人からの寄付を増やしたい理由は?

NPOとしても、困窮世帯の子どもや財政難の自治体で学ぶ子どもたちであっても平等に使ってもらいたいというeboardの理念からしても、特定の企業や営利団体に依存し過ぎるのは望ましくないと考えています。教材開発にせよ事業運営にせよ、お金を出してくれる主体のニーズに寄っていってしまう恐れがあるからです。海外のオンライン教育では、財団や個人の寄付で安定して運営されている団体も多く、さまざまな環境の子どもにいつでも学べるツールが持続的に提供されています。

もちろん、国がこのような教育機会を確保することもとても良いことではあるのですが、日本では官製のプロジェクトの運営があまり安定的ではなかったり、更新されなくなったりということがしばしばあります。まずはeboardの活動を持続させたいということは当然ですが、民間の公益団体という枠組みでオンライン教育を持続させたという事例を作りたいという思いもありますね。

――オンライン教育や通信教育を行う企業は数多くありますが、「民間の公益団体」が行う意義はどんなことでしょうか。

もちろん他社の教材は、どれも工夫がこらされた優れたものですが、eboardでは「学習の効率化」だけを目指すことはしない、と決めています。10分かけて解けていた単元を5分で解けるようにすることにも意味は大いにありますが、私たちは10分かかることにもとても価値があると思っているんです。なので「こうすれば早くなるよ」「次にこれをしよう」といった提示はしないようにしています。

――学習のプロセスそのものを大事にしたい、と。

学習プロセスの総体からアウトプットされるものは、ごくわずかだと思います。プロセスの中に考えたり、選択したり、振り返ったりということがたくさん潜んでいて、そこにアプローチできる先生のお手伝いをしたいんです。eboardができることは小さくて、あくまでも学びの場を持続させるためのサポートであり、eboardに任せきりということは想定していません。

教材作りだけでなく、教育支援センターや放課後デイサービス、特別支援学校への働きかけやサポートを今以上に広げていくことで、学びの場からこぼれる子どもをゼロに近づける。eboardの役割はそこに尽きると思っています。

お知らせ
eboardではソーシャル・ウェア・ブランドJAMMINとのコラボレーションで、7月25日(日)までチャリティTシャツの販売を行っています。Tシャツ1枚の購入につき、700円がeboardの活動に寄付されます。2種類のデザインTシャツと、トートバックやパーカーなどのグッズも販売中です。

また、コラボレーション期間中にJAMMINに掲載されるeboardについての記事をFacebookやTwitterでシェアすると、1シェアにつき10円の寄付がeboardへ送られます。

https://jammin.co.jp/charity_list/210719-eboard/