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今までの理不尽はすべて社会の問題だった 『私がフェミニズムを知らなかった頃』小林エリコさんインタビュー

ByAdmin

Jul 30, 2021

「男女は平等である」——子どもの頃、そう教わった人は少なくないはずだ。作家の小林エリコさんもその一人で、5月に上梓した著書『私がフェミニズムを知らなかった頃』(晶文社)では、当時は<世の中が男女平等だと1ミリも疑っていなかった>と綴っている。

 同著では、家族からの性的虐待、胸を触る塾講師、家庭内の男女不平等、痴漢被害、セックスばかり求めてくる元カレなど、痛みや苦しみを伴う経験が描かれる。既にフェミニズムの視点を持っている人ならば、過去の自分に照らし合わせて共感する部分があるだろうし、性差に関してモヤモヤを抱えている人ならば、その解消のヒントになるかもしれない。

 フェミニズムとの出会いや、それにより訪れた変化など、小林エリコさんに話を聞いた。

小林エリコ
1977年生まれ。短大卒業後、エロ漫画雑誌の編集に携わるも自殺を図り退職、のちに精神障害者手帳を取得。現在は通院を続けながら、NPO法人で事務員として働く。ミニコミ「精神病新聞」を発行し、現在はフリーペーパー「エリコ新聞」を不定期刊行。著書に『私がフェミニズムを知らなかった頃』(晶文社)、『この地獄を生きるのだ』(イースト・プレス)、『わたしはなにも悪くない』(晶文社)、『生きながら十代に葬られ』(イースト・プレス)『家族、捨ててもいいですか?』(大和書房)がある。

フェミニズムに出会って生きづらさが一本の線で繋がった
——小林さんとフェミニズムの出会いのきっかけを教えて下さい。

 「フェミニズム」という言葉と出会ったのは、#MeToo運動が始まった2017年頃です。それまで「フェミニズム」という言葉自体を知らなかったのですが、上野千鶴子さんの『女ぎらい』 (朝日文庫)を読みました。読んでみたところ、自分が生きてきた世界が反転したような大きな衝撃を受けたんです。

 それまで、子どもの頃の兄からの性的虐待や学生時代の痴漢被害、自分が精神障害になったことや生活保護を受給した経験など、一つ一つの出来事としていて見ていたのですが、『女ぎらい』を読んで、全て女であるがゆえに経験する苦しみや不快感であることに気付き、それまでの生きづらさが一本の線で繋がったんです。私はフェミニズムに出会うまで、学校教育では「男女は平等」と学んでいたので、女性の方が下に扱われているとは思ってもいなかったんです。それ以降、様々なフェミニズムの本を読むようになりました。

——『私がフェミニズムを知らなかった頃』では、“働くこと”について小林さんの思いを書かれていますよね。<私が望むのは、ハンディキャップを負ったものが、働かなくても心やすらかに生活できる社会だ><私は弱いものが弱いまま尊重される社会を目指している>といった記述がある一方で、ご自身が収入が上がって生活保護が打ち切りになったときには非常に嬉しかった様子が描かれていますが、改めてどういった社会が理想だと思いますか。

 私自身、精神障害で働けなくなったときに「自分は無職で非生産的でどうしようもない人間だ」と精神障害者である自分自身に対して、不快な感情を抱いていました。でも、「非生産的な人は社会のお荷物である」という価値観は、健常者中心の社会から植えつけられた考えですよね。本来は働いていない人でも社会に居場所があってもいいはずです。

 まず、日本社会では障害者が働ける場所自体が少なすぎると感じます。企業でも、身体障害者が働きやすいように手すりやエレベーター、車椅子用トイレを整備したり、精神障害者でも柔軟な働き方ができるような制度を作ったり、社会の側で障害者がお金を稼げるような仕組みを整えてほしいと思います。

 また、障害者でも経済的自立ができるような制度も必要だと感じます。障害者が通所する福祉作業所は工賃が非常に安く、とても経済的な自立はできません。健常者と同じようには稼げなくても、一定の低所得者には国が一律に支援するなど、健常者と障害者の間の経済的格差が小さい社会が理想だと感じます。

——まだまだ、障害のある人にとって働きやすい社会ではありませんよね。

 「医学モデル」と「社会モデル」という考え方があるのですが、「医学モデル」は障害のある人が社会に合わせるという考え方で、例えば、「エレベーターがなければ、階段を歩けるように努力しよう」など、障害者が健常者側に合わせる、自己責任論に近い考え方です。

 一方、「社会モデル」は、エレベーターが設置されていないことを、社会が障害者の生活に合わせられていないと、社会の側に不備があるという考え方です。

 日本社会は「医学モデル」で動いていることが多いと感じますが、「社会モデル」の考え方を取り入れることで、社会構造も変化していくのではないでしょうか。

 また、認知症の人々が働く「注文をまちがえる料理店」のように障害や病気を強みにするような社会づくりも必要だと感じます。

——小林さん自身、働けなかった時期を経て働けるようになって、“働くこと”にはどのような意味があると感じましたか。

 一番大きかったのは「社会にコミットしている」という実感を得られたことです。家に引きこもっていた頃は、朝起きても行くところがなく、学生時代の友人もみんな働いているので連絡を取る人もおらず、居場所が自分の家しかなく、社会に参加している感覚がなくなりました。 

 働けるようになって、お金という目に見えるものを自分で生み出せるようになったことは嬉しかったですし、働くことで障害者にも誇りが生まれることを実感しました。

下の世代が同じ苦労をしないために声をあげる
——著書の中では、過去の恋人の話が出てくる中で、「自分を好きになってくれる人がこの先現れない気がした」「嫌われるのが怖くてセックスを断れなかった」など、自己卑下が感じられたのですが、こういった考えはフェミニズムに出会ったことで変化がありましたか。

 自分でも気付いていなかったのですが、フェミニズムに出会う前は「男性の方が女性よりも地位が上で、女は男に選ばれて地位が上がる」「彼氏がいないと女としての価値が低くなる」といった考えがあり、男性から選ばれないことや彼氏に嫌われることを恐れていました。

 これらの考え方は社会規範や構造から生まれていた考えであって、自分の価値が低いわけではないと気付けて、心が楽になりました。フェミニズムと出会ってからは、自分を大切にしてくれる人とお付き合いするようになりましたし、パートナーの顔色をあまり窺わなくなったり、「嫌われたらどうしよう」といった考えもなくなりました。

——小林さんはフェミニズムに出会って、ご自身のどんなところが一番変わったと思いますか。

 女性を苦しめる社会の現状がわかるようになって、「声をあげていかないと」と思うようになりました。

 フェミニズムに「個人的なことは社会的なこと」というスローガンがありますよね。父が母に暴力をふるっていたことや、自分自身が遭遇した理不尽な出来事は、全て社会的な問題であって、今声をあげないと、下の世代の女性たちが同じ苦労を繰り返してしまいます。自分の家や自分自身に起きていることは、社会全体の問題であるという意識が芽生えました。

——最後に、読者に届けたい思いについて伺います。

 元々、私の本の読者さんは障害・メンタルヘルス・貧困の問題に関心のある方が多いので、今回、フェミニズムのことを書いて驚いた人もいるかもしれません。

 人口の約半分が女性で、「半分も占めているのだから弱者ではない」と思ってしまうかもしれませんが、私の本を読んで、フェミニズムの考え方に触れてほしいです。

 今、何かしら苦悩を抱えている人にとっては、新しい考え方がインストールされると思いますし、フェミニズムの考え方は男性の生きづらさも解消します。

 男性も社会から押し付けられる“男らしさ”によって、長時間労働を強いられたり、一家の大黒柱としてのプレッシャーがありますが、男女の不平等が解消されたら、男性の働き方も変わり、そういった“男らしさの抑圧”にも変化が現れると思っています。