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男社会と陽気な人妻たち~『ウィンザーの陽気な女房たち』と『メリー・ウィドウ』

ByAdmin

Aug 14, 2021

 舞台芸術では、陽気な登場人物というのは人気があります。笑える喜劇には集客力があり、そこに登場する楽しいキャラクターはお客さんから好かれます。賑やかな人物を演じてお客さんを笑わせることができる役者は重宝されるのです。

 しかしながら、これが女性、しかも既婚女性ということになると、ちょっと様相が変わってきます。女性は大人しいほうが良いという社会通念がある上、夫に従うべきだというような規範も加わってきます。女性キャラクターにはいろいろな制約があり、なかなか男性と同じような形で「陽気」にはなりにくいと言ってもよいでしょう。

 今回の連載では、そのものずばりタイトルに「陽気」が入っているウィリアム・シェイクスピアの『ウィンザーの陽気な女房たち』と、フランツ・レハールによるオペレッタ『メリー・ウィドウ』(「陽気な寡婦」という意味です)をとりあげ、陽気な既婚女性のキャラクターがこうした制約の中でどのように描かれているのかを見ていきたいと思います。

ウィンザーの陽気で貞淑な女房たち
陽気でも夫に律儀な女房たちがいるんだってことを

わたしたちが行動で示して、証拠を見せてあげましょう

よくふざけて笑うからって、不埒なことをするわけじゃない

大人しい輩ほど胸に一物あるもんだって、よく言うでしょ

(ウィリアム・シェイクスピア『ウィンザーの陽気な女房たち』第4幕第2場、99 – 102行目、拙訳)

 上の台詞は以前「優しいあの子はあなたに恋してるわけじゃない~イギリス演劇に見る勘違い男と嫉妬」でもとりあげたもので、シェイクスピアの喜劇『ウィンザーの陽気な女房たち』でメグ(マーガレット)・ペイジが言う台詞です。メグとその親友アリス・フォードがタイトルロールの「陽気な女房たち」で、2人とも悪ふざけや冗談が好きです。この台詞は賑やかなことが好きな女は浮気性だと思われがちだがそうではないということを述べるもので、女性に対する思い込みをチクリと批判する内容です。

 『ウィンザーの陽気な女房たち』は1590年代後半くらいに書かれた作品で、シェイクスピアの人気作『ヘンリー四世』二部作に登場する恰幅が良くてユーモア溢れるワルなおじさまサー・ジョン・フォルスタッフが出てきます。フォルスタッフは当時の大人気キャラクターで、中世が舞台の『ヘンリー四世』二部作に出てくるフォルスタッフがなぜか現代のウィンザーに出てくるという不整合も問題にならないくらい、お客さんはフォルスタッフが見たかったようです。

 しかしながら『ウィンザーの陽気な女房たち』はシェイクスピア劇としてはちょっとごちゃごちゃしていて出来が良いほうではなく、今では上演回数もそこまで多くありません。ジュゼッペ・ヴェルディが1893年に本作を原作とするオペラ『ファルスタッフ』を作っていますが、こちらのほうがすっきりした作りで華麗な音楽もついているため、人気があります。

 『ウィンザーの陽気な女房たち』では、金欠のフォルスタッフが半分金銭欲、半分性欲を動機として、小金持ちの魅力的な人妻メグとアリスの両方を口説こうとします。メグとアリスはお互いに同じ文面の恋文が来たのを知って二股計画に激怒し、フォルスタッフを笑いものにする作戦を実行します。この作戦はけっこうハチャメチャでフォルスタッフはさんざんな目に遭うのですが、一方でアリスの夫フォードは妻とフォルスタッフの仲を疑って嫉妬心をつのらせ、いろいろ探りを入れてきます。最後はフォードが妻は自分に忠実だということを知ってお詫びをし(第4幕第4場6–10行)、みんなでフォルスタッフを懲らしめます。

 この作品は一見、陽気な女房たちが頭を使って勘違い野郎フォルスタッフと嫉妬深い夫フォードを懲らしめ、陽気な女性は浮気性だというような偏見を戒める、女性の賢明さを称えたスカっとするお芝居に見えます。メグとアリスはチャーミングだし、2人の友情も心温まるものです。しかしながら実のところ、女性陣のけっこうめちゃくちゃなフォルスタッフに対する復讐が正当化されるのは、2人が夫を愛する忠実な妻であり、フォルスタッフが家庭という秩序に対する脅威だからです。

 最初に引用したとおり、妻たちは「陽気」かつ「貞淑」だから肯定的に描かれているのであって、この気の利いた台詞の後ろには夫に従わなかったり、浮気をしたりする女性は悪いという価値観があります。この台詞はステレオタイプな女性観をチクリと批判している一方で、男性を安心させるようなところに着地しているのです。

 男性に反省を促すメグとアリスの行動は潜在的に男性中心的な社会に対する脅威となるものですが、これは2人が貞淑な夫婦愛に基づいて行った行動だということで、根本的に家父長制を揺るがすことはないものとして提示されます。メグとアリスの男社会に対する攻撃は、ある意味では牙を抜かれたもの、家庭という秩序を危険にさらすことはないものとして描かれているのです。

 しかしながら、このようにアリスとメグがある程度安全な存在として描かれているにもかかわらず、このお芝居はなんとなく居心地の悪いものとして受け取られているようです。以前、私が出席した学会で、『じゃじゃ馬馴らし』と『ウィンザーの陽気な女房たち』はどちらもわりととっちらかった芝居なのになぜか前者のほうが頻繁に上演されるのは、男性が女性を懲らしめる芝居に比べて女性が男性を懲らしめる芝居のほうが受け入れられにくいからではないか……という議論が起きたことがありました。演劇界はとても男性中心的なところなので、この指摘は頷けるところがあります。マイルドな反逆しかしていないのに、陽気な女房たちはそれでも男性にとっては脅威と見なされているようなのです。

ハンナが陽気な理由

 『メリー・ウィドウ』は日本語ではなぜか英語タイトルで知られていますが、もともとはヴィクトル・レオンとレオ・シュタインの台本によるドイツ語のオペレッタで、ウィーンで1905年に初演されました。

 舞台は中東欧のどこかにある小国ポンテヴェドロのパリ公使館です。外交官であるツェータ男爵は、最近ポンテヴェドロの大富豪と結婚して直後に寡婦になったハンナがパリにいることを気にしています。ツェータ男爵は、ハンナがパリで外国籍の男性と再婚すると財産が国外流出して自国が破産の危機に陥るかもしれないと心配し、部下のダニロをハンナに近づけようとします。しかしながらダニロは実はハンナのかつての恋人で、財産や階級の違いで結婚ができなかったという経緯がありました。

 このわだかまりを気にしているダニロは財産目当てと思われたくなくて、まだ未練があるのにハンナに近づきたがりません。一方でツェータ男爵夫人ヴァランシエンヌをフランス人の青年カミーユがしつこく口説いており、これがバレそうになった時にひょんなことからハンナがヴァランシエンヌをかばってカミーユの恋人のふりをすることになります。

 ハンナとカミーユは成り行きで婚約し、ダニロはショックを受けます。結局カミーユとヴァランシエンヌのことが明るみに出て、ツェータ男爵は妻と離婚してハンナに求婚するなどと言い出しますが、ここでハンナは夫の遺言で自分は再婚すると財産を失うのだと言います。これを聞いたダニロはハンナに求婚しますが、ハンナは亡夫の遺言によると再婚すると財産は新しい夫のものになるのだと伝えます。ヴァランシエンヌとツェータ男爵も和解し、ダニロとハンナは結ばれてハッピーエンドとなります。

 この作品は事情があって一度別れ、やっと再会したのになかなか素直になれないカップルを描いた王道のロマンティックコメディです。笑うところもたくさんあり、ゴージャスなパリを舞台に美しい音楽や楽しいダンスが溢れる作品で、一見、肩の凝らない愉快な作品です。しかしながら、よく考えるとかなり重苦しい家父長制が背景にある作品です。

 この作品のポイントは、結末で明かされるハンナの亡夫の遺言です。ハンナは再婚すると相続財産を総て新しい夫の手に委ねなければならないのです。これはハンナの主体性を全く無視した遺言で、女性は財産の管理ができない、女性のものは夫のものになるという家父長制的な考えに基づいたものに見えます。しかしながらたぶんこう考えているのはハンナの亡夫だけではなく、このオペレッタに出てくる男性はダニロ以外、だいたいそう考えているように見えます。ツェータ男爵もダニロ以外のハンナに言い寄る男たちも、ハンナが再婚すればその財産は夫が自由に使えるようになるし、もしハンナが外国籍者と結婚したら財産を夫のいるところに持ち出すだろうと考えているからです。これは20世紀初頭の財産法や慣習も関連しているのでしょうが、架空の小国を舞台にしたロマンティックなお話にしては、どいつもこいつもみんな家父長制と強欲にがんじがらめです。

 しかしながら、ハンナはそんな厳しい世界を楽しく生き抜いています。ハンナは最後まで亡夫の遺言のことを人に教えずに求婚者たちをあしらい、女同士助け合わなければということでヴァランシエンヌを助けてあげ、最後は本当に愛している相手であり、財産目当てではないダニロと結婚します。ハンナは陽気で楽しいチャーミングな女性ですが、この陽気さは家父長制と拝金主義が渦巻く中をエレガントに生き抜く強さに起因するのでしょう。『メリー・ウィドウ』は気楽な喜歌劇に見えますが、実はヒロインは男社会を精一杯、出し抜こうとしているのです。

 今回とりあげた2作は陽気な妻をタイトルロールにしていますが、どちらもヒロインたちは家父長制的な男社会に縛られて生きています。メグとアリスは男たちを懲らしめつつ根本的な脅威にはならない優しい女たちとして描かれているのに、それでも『ウィンザーの陽気な女房たち』は男社会にとって居心地の悪い作品であるようです。一方で『メリー・ウィドウ』は何も考えずに見られる気軽なオペレッタに見えますが、実はヒロインはけっこう頭を使って男社会を生き抜こうとしています。舞台に登場する陽気な女房たちの裏には、さまざまな社会規範が隠れているのです。

参考文献

Stanley Cavell, Pursuits of Happiness: The Hollywood Comedy of Remarriage, Havard University Press, 1981.

William Shakespeare, The Merry Wives of Windsor, Arden Shakespeare Third Series, ed. Georgio Melchiori, Bloomsbury, 2017.

ウィリアム・シェイクスピア『ウィンザーの陽気な女房たち』松岡和子訳、ちくま文庫、2017。