ここはサイゾーウーマン編集部の一角。ライター保田と編集部員A子が、ブックレビューで取り上げる本について雑談中。いま気になるタイトルは?
◎ブックライター・保田 アラサーのライター。書評「サイジョの本棚」担当で、一度本屋に入ったら数時間は出てこない。海外文学からマンガまで読む雑食派。とはいっても、「女性の生き方」にまつわる本がどうしても気になるお年頃。趣味(アイドルオタク)にも本気。
◎編集部・A子 2人の子どもを持つアラフォー。出産前は本屋に足しげく通っていたのに、いまは食洗器・ロボット掃除機・電気圧力鍋を使っても本屋に行く暇がない。気になる本をネットでポチるだけの日々。読書時間が区切りやすい、短編集ばかりに手を出してしまっているのが悩み。
社会を挑発してきた!? 少女小説の真の魅力
編集・A子 長引くコロナ禍で、定額動画配信サービスが好調みたいですよ。春の調査では、利用率が2年連続で大きく伸びているとか(※1)。保田さんは何か見ています?。
ライター・保田 私は、本と漫画とアイドルで手いっぱいなんです。でも、おすすめ作品は知りたい!
編集・A子 この1年ほどは韓国ドラマが何度目かのブームになってますよね。韓国ドラマもいいんですが、カナダ制作の『アンという名の少女』(Netflix/8月からNHKで再放送)も面白いんですよ! 原作『赤毛のアン』に大胆な解釈を加え、現代版の『アン』として再構築したと、海外ドラマファンの間でめちゃくちゃ評価されています。シーズン3で終了なんですが、ファンは継続嘆願署名150万筆を集めているんですよ。すごくないですか? こういうドラマを見ると、原作読み返したくなる!
ライター・保田 それなら、斎藤美奈子さんの『挑発する少女小説』(河出書房新社)と併せて読むことをオススメします! 『赤毛のアン』をはじめ、『若草物語』『小公女』『あしながおじさん』など世界中で読み継がれている少女向け翻訳小説を読み直し、現代の視点を加えて再解釈を試みる評論集なんです。
編集・A子 書名を聞くだけで懐かしい! でも、どの作品もなんとなく“良妻賢母”を推奨する雰囲気だったような……。
ライター・保田 そう! 現代の視点で見れば保守的な面もあるんです。ただ、著者が「世界中の女性を100年もの間魅了する物語が『女はおとなしく家にひっこんでな』式の後進的かつ差別的な物語であるはずがない」と言う通り、これらの名作は共通して少女に「自分で考える」「世界は広い」「『オンナコドモ』と見下す人とは戦え」と、旧来のジェンダー観から逸脱して生きる少女像を伝えています。
編集・A子 社会を「挑発する少女小説」なんですね。確かに、アンも『若草物語』きってのおてんばジョーも、黙って大人に従うような少女ではなかったはず!
ライター・保田 だからこそ時代や国を超えて、少女を惹きつけ、勇気づける力があるんですよ。斎藤氏による、作品の時代背景、社会情勢を含んだ丁寧な解説で、ジェンダー史の一端をつかむこともできます。
編集・A子 なるほど~。子どもの頃には気づかなかった、新たな発見とともに読むことができそう。
ライター・保田 子どもの頃読んでいた本といえば、私はコバルト文庫を中心に活躍されていた、氷室冴子さんが好きなんです。ちょうど7月に、氷室さんのエッセイ『いっぱしの女』(筑摩書房)が復刊したんですよ!
編集・A子 氷室さんといえば、漫画化された『なんて素敵にジャパネスク』(山内直実、白泉社)やジブリ作品『海がきこえる』の原作者でもありますね。氷室さんが男性記者から「ああいう小説は処女でなきゃ書けないんでしょ」と非常識な取材を受けたエピソードが、ネットでも話題になっていました。
ライター・保田 その話を筆頭に、「いったい世間では三十女にどういうイメージを持っているんだろう」と疑問を持った著者が、日常で感じたことや、当時、社会から女性に向けられていた視線への違和感を自由につづっています。
編集・A子 初版は90年代初めなんですね。日本では、やっと「セクシャルハラスメント」という言葉が使われ始めた時期ですかね。
ライター・保田 本作に通底する女性への信頼や愛情は、今でもストレートに届くと思います。特に、ファンレターに交じって時折届く、性的暴行を想起させる嫌がらせの手紙に「この写真が送られるのは、私でなくてもよかったのだという予感、(略)この写真によって衝撃をうける誰か、つまり女であれば」と、女性としての怒りと無力感を率直につづるエッセイ「それは決して『ミザリー』ではない」。これは、同様の被害を受けているであろう無数の女性、そしてその傷に鈍感でいられる男性に思いをはせていて、現代にも通じる社会構造のうみを明確に描いたものだと感じました。
編集・A子 数年前、駅などで女性だけを選んで体当たりをする「ぶつかり男」の存在が話題になりましたが、女性というだけで受ける嫌がらせや不利益は、現代でもまだ可視化されにくい。SNSが普及したことで、当時より一部の男性の悪意が顕在しやすい時代とはいえますが……。
ライター・保田 そういう意味では、現代のほうが、実感と連帯を持って彼女のメッセージを受け取る読者が多いかも。復刊の意義を感じるエッセイ集でした。
編集・A子 90年代に、30歳を超えて独身で働いた女性の記録としても価値がありそう。普段は意識しないですが、こういった強い向かい風を受け止めた世代の後ろを私たちは歩いているんですね。
ライター・保田 そうなんです。すべての女性に向けられた愛情深い文章を、いろんな人に発見してほしいです。
(保田夏子)
『赤毛のアン』『ハイジ』『長くつ下のピッピ』『ふたりのロッテ』などの名作翻訳少女小説を現代のジェンダー的な視点から読み直し、その立ち位置を見直す評論集。従来の少女小説のイメージを一変させる、共通する「戦う少女像」をあぶり出す。
1980~90年代に少女小説作家としてベストセラーを多数送り出した氷室冴子。『なんて素敵にジャパネスク』(集英社)は初版で2巻合わせて100万部近く発行されるなど、少女から高い人気を集めた氷室が一般読者向けに書いたエッセイの30年ぶり復刊版。「いっぱし」の年齢・30歳を越えた日々を楽しみつつ、女としてただ社会に在るだけで世間から向けられる視線への違和感をまっすぐに描く。