ここ数年、性教育への関心が高まっている。未就学児の子どもを持つ親にとっては「うちの子に性教育はまだ早いのでは」と思うかもしれないが、ユネスコの「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」では、5歳からの包括的な性教育を推奨している。
とはいえ、いきなり子どもに妊娠や出産の話をするのはハードルが高く感じるだろう。そこで性教育の導入として注目されているのが、口・胸・性器・お尻といった「プライベートパーツ」だ。
7月9日に発売された絵本『だいじ だいじ どーこだ?』(大泉書店)は、性教育の中でもプライベートパーツに特化しており、性教育の入口としてオススメしたい一冊。
著者の産婦人科医・遠見才希子さんに、絵本の制作背景について話を聞いた。
遠見才希子(えんみ さきこ)
産婦人科医。1984年神奈川県生まれ。大学時代より中高生向けの性教育活動を始め、「えんみちゃん」のニックネームで全国900ケ所以上の学校を巡っている。著書に『ひとりじゃない 自分の心とからだを大切にするって?』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。2児の子育て中。 Twitter:@emmi__chan
「子どもの体は子どものもの」という共通認識を
——遠見さんは大学生の頃から性教育活動をされていますが、今回絵本を制作されたのにはどのような背景があったのでしょうか。
性教育活動を通じて中高生たちが色々な経験を打ち明けてくれるなかで、もっと小さいときから性のことを考える機会が必要だと感じていました。残念ながら社会には子どもへの性暴力が存在します。なので、社会全体で被害者を責めるような風潮をなくしていったり、子どもへの性加害を許さないような姿勢を示すことが必要です。被害を防ぎ、かつ加害者にもならないように、まずプライベートパーツをわかりやすく伝える絵本があればという思いで制作しました。
——絵本の中には、お母さんが体を洗おうとしたら子どもが泣いてしまう一幕がありますが、こちらは以前ツイートされていた実体験がベースですよね。
そうです。性暴力に遭いそうになった時、子どもが違和感に気づけることは大切なので、絵本にもプライベートパーツや「NO(だめ!いやだ!) GO(にげる) TELL(大人に話す)」の話を載せています。
ただあまりそれを強調してしまうと、子どもが性に関してネガティブなイメージを持ってしまうのではないかと思い、私自身、自分の娘に対しての教え方にすごく悩んだんです。ポジティブな伝え方を模索し、「だいじだいじだよ~」と言いながら体に触れていたところ、ある日、娘がお風呂で「自分で洗う!」と大泣きして主張したんです。
2歳の娘に「おしりもおまたもおっぱいも全部大事大事よー○○ちゃんの体は○○ちゃんのものよー」と歌いながらいつも体を洗っていたらある日娘が風呂場でギャン泣き!その理由が『自分で洗う!大事大事は自分で洗うの!ママ触っちゃダメ!』性教育かあちゃん、娘の成長に感動した #プライベートパーツ
— えんみちゃん (@emmi__chan) July 1, 2020
当時、娘は2歳だったので、もしかしたらイヤイヤ期の影響だったのかもしれません。でも、娘が自己決定をする姿を目の当たりにして、大人が子どもを守る視点も大事ですが、「子どもの体は子どものもの」であって、それを尊重することも大事だと気づかされました。
また、性教育といえば「まずはプライベートパーツ」と言われますが、プライベートパーツだけに注目し過ぎると、そもそも体の全部が大事だということが置きざりになってしまいます。娘から「ここは?」と腕や足などプライベートパーツ以外の部分について聞かれた経験があり、「体は全部大事だね」と話したことも絵本に反映しています。
イラスト:川原瑞丸
——性教育と聞くと「難しいのでは?」と構えたくなりますが、『だいじ だいじ どーこだ?』からは教育っぽさは感じられず、性教育に関心のない人にも勧めやすいと感じました。
ありがとうございます。「自分用とプレゼント用で2冊買った」という声もいただいて、嬉しく思っています。
繰り返しになりますが、大人は「子どもから性のリスクを遠ざけたい」という思いで、「見せちゃダメ」「触らせちゃダメ」と自衛を強調しがちです。ですが、本来は性には健康や幸せにも繋がるポジティブな側面もあるので、恐怖心だけを植えつけるような教え方には疑問を抱いていました。なので、子どもが楽しく読めるように、全体的にポップな雰囲気になるよう、イラストを描いていただいた川原瑞丸さんにご相談しながら進めていきました。
また、できるだけ多くの人に手にとっていただきたいという思いがあり、「セックス」という単語や、性器のイラストは出てきません。妊娠や生殖の話は性教育としては必要なことですが、子どもに教えるのにはハードルが高く感じる人もいます。この本は初めての性教育として手にとっていただけるようなイメージで作ったので、シンプルで初歩的な内容にしました。
——とはいえ、実際の日々の子育てでは、毎回子どもに同意をとるのも難しいと思うのですが、どう接すればいいのでしょうか。
性教育をやっていると、保護者から「親でも勝手に触っちゃダメなんですね」「子どものオムツ替えにも許可が必要ってことですか」といった反応をいただくこともあります。確かにオムツ替えは1日に何回もあり、乳児などの場合は、言葉で同意を確認できるわけではありません。
大切なのは、大人が「子どもの体は子どものもの」という認識を持つことです。「おむつを替えるから触るね」と声をかけることもできます。
性教育講演では子どもから「周りの大人からのキスやくすぐりが実は嫌だった」と打ち明けられることがあります。子どもへの性暴力を許さない社会づくりや、無意識のうちに子どもを傷つけないためにも、「自分のからだに誰がどんなふうにさわるかを決める権利は子ども自身にある」という認識が必要です。
『だいじ だいじ どーこだ?』には大人へ向けたページもあります。「一人ひとりが大切な存在であること」や、子どもへの性暴力のこと、被害に遭ってしまったときの対応についても書いています。
とにかく楽しく読んでほしい
——どんな風に読んでほしいですか。
とにかく気軽に楽しく読んでほしいです。例えば、パンツのイラストがたくさん描かれているページがあるのですが、先日保育園で読み聞かせをした際には、子どもたちが「僕このパンツ!」「くまさんもパンツ履いてる」といったふうに盛り上がってくれました。
イラスト:川原瑞丸
最初から全部を読む必要もないと思っていて、「NO GO TELL」のページだけ大きな声で読んでみたり、ストーリーの最後のページでどんな子がいるか話したり、「教育」とかまえず、他の絵本と同じように肩の力を抜いて読んでいただけたらと思います。
うちの子どもと読んでいると、色々な人が描かれているページの中で「パパはこれ」と指差したり、絵本の中のポーズを真似したり、クリエイティブな遊び方をしてくれます。また、お風呂で泣いているページを見ながら「この子はなんで泣いていると思う?」と子どもに聞いたり、読むだけではなく、子どもとのコミュニケーションのきっかけにもしていただけたら嬉しいです。
——最後に読者に向けてメッセージをいただけますか。
性は人権として誰にでも関わる問題ですので、「自分の体は自分のもの」「相手の体は相手のもの」「それぞれ違って、それぞれ尊重される存在」といったシンプルなことを伝えたいという思いで制作しました。
性の話題は特別なものでなくて、日常の中にあるものの一つです。「性教育をやらなければ!」と構えなくても、日々の家庭でのコミュニケーションが性教育になります。この絵本をきっかけに、大人も子どもも一緒に考えてみていただけたらと思います。