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ご近所の団地ママ友を惨殺……子ども会役員で知り合い「仲が良すぎて」恨みに変わった【福岡 レズビアン殺人事件:前編】

ByAdmin

Aug 27, 2021

世間を戦慄させた事件の犯人は女だった――。平凡に暮らす姿からは想像できない、ひとりの女による犯行。自己愛、欲望、嫉妬、劣等感――罪に飲み込まれた闇をあぶり出す。

【福岡レズビアン殺人事件】

「うちの女房が、人殺しをしたと、さわいどります……」

 1973(昭和48)年2月28日の朝10時すぎ、東福岡署(現・東警察署)。上ずった声で電話をかけてきたのは、池田さん。福岡市の市営住宅に住む鮮魚商の男だった。

 さっそく署員が池田家に駆けつけてみると、妻の美里(仮名・33=当時)が、放心したような顔でフラフラと歩き回り、「奥さんを、殺してしもた」とつぶやいていた。署員がすぐに相手の名を確かめ、池田家から30メートルほど離れた同団地の別の家に向かうと、6畳間に敷かれた布団のなかで、黒木紀子さん(仮名・39=当時)が血まみれになって死んでいた。

 紀子さんはスカートにエプロンをかけた普段着の姿でうつぶせになり、布団から身を乗り出すようにして血まみれで倒れ、周辺にも血が飛び散っていた。

 凶器は池田家の炊事場にあった刃渡り約25センチの刺身包丁。遺体の喉にはこれを用いたと思しき3カ所の刺し傷が認められた。頸動脈の切断が直接の死因だったが、さらに、その下腹部は刺身包丁で刺しえぐられていた。同署員は、紀子さんの遺体を確認後、自宅にいた美里を殺人容疑で緊急逮捕。東福岡署に連行した。

 団地での凶行直後である、その日の朝8時すぎ。美里は夫の営む鮮魚店にふらりと現れ、妙なことを口走った。

「人を殺したら、どうなるんじゃろか……」

 これを聞いた夫ははじめは軽く聞き流していたが、どうも美里の様子がおかしい。問いただしても、はっきりとしたことは言わなかったが、夫は美里が紀子さんに大金を貸していることを知っていた。

「そのもつれから、紀子さんを殺したんじゃないかと思って、110番したんです」

 と夫は当初語っていたが、捜査の結果、判明した実像の構図は全く違っていた。

「私に冷たくするようになった」恨み節を口に

 東福岡署に連行された美里だったが、実はその直前、自宅でウイスキーを飲んだうえに睡眠薬を20錠ばかり飲んでいた。

「逮捕して署に身柄を引き取ってきたときにはメロメロでね。調室の中でアクビをしたり居眠りをはじめたんで『こりゃおかしい!』と思ってすぐ下剤をかけて、そのまま近くの病院に収容しちまったんだよ……」(東福岡署の話)

 それでも、病院に入る前に、美里がうわごとのように言っていたのが「私に冷たくするようになった……私を捨てる気だ」といった恨み節。背景は、捜査が進められると徐々に明らかになってきた。

 現場となったのは、福岡市の東の外れにあった1957年建設の古い市営住宅。102棟で、1棟が2戸の2棟長屋式だった。隣近所の暮らしぶりがすぐ覗けるような団地だ。その主婦同士が加害者、被害者となった凄惨な殺人事件は、近所のものたちの格好のうわさのタネとなった。というより、美里と紀子さんは、事件の前から、うわさの的のふたりだった。

 この古い団地に一足先に住み始めたのは池田家で、事件の6年前のこと。夫婦とその間に生まれた長女(事件当時9歳)と長男(同6歳)の4人で暮らしていた。紀子さん一家の入居はその翌年の2月。夫婦と長女(同9歳)の3人家族だった。長女が同級生同士の美里と紀子さんは、ママ友としての付き合いが、仲を深めるきっかけになる。

「ここじゃ、子ども会の役員を持ち回りでやっとりますけど、去年(事件前年)の春、ふたりとも役員になってから、特に親しくなったようですね」(近所の主婦)

 ふたりは妙に気が合い、美里が紀子さんの家に入り浸るようになった。それには、紀子さんの家庭の事情もあった。彼女の夫は冷暖房機器の会社に勤めていたが、敷設工事のための出張が多く、ほとんど家にいなかったという。

 紀子さんも、近くのパン工場にパート勤めをしていたが「心臓が悪いとかで、勤務ぶりはほめられたものじゃなかったですね」(パン工場スタッフ)ともいわれ、そんな家庭に美里はすっかり入り込んでしまい、やがて近所の主婦たちがささやき始めたのは、ふたりが単なるママ友ではなく恋愛関係にあるといううわさ話だった。

 美里の供述によれば、たしかにふたりは友情を超えた関係にあったのだが、当時取材した週刊誌に対して、近所の主婦たちは口々に、ふたりの関係を語り出す。

「もうしょっちゅう、池田さんは紀子さんの家に上がり込んどったですね。我が家とおんなじだったですよ」
「ほんとにもうべったりだったですね。あの人たち、同性愛じゃなかね、とうわさが立つくらい」
「仲がよすぎて、憎さ百倍になったとじゃなかですか。ふつうの付き合いじゃなかったですもんねえ」

 ふたりがどちらかの家を訪ねると、すぐにバタバタと雨戸を閉めるといったことからも、うわさは信憑性を増して広まっていった。

 我々が生きる現代でこそLGBTQなど多様なセクシュアリティについて知られるようにはなったが、それに対する差別や好奇の目がゼロかといえば、いまだそうではない。であれば当時、ふたりを見る主婦たちのまなざしはどのようなものであっただろう。

 ふたりは団地に住む主婦たちにとって、うわさ話の格好の対象だった。また美里自身も、ママ友にふたりの関係を尋ねられ「女同士のほうが体の線がくずれなくていい」などと、肉体関係をほのめかすような発言をしていたといわれる。

――続きは8月28日公開

※レズビアン殺人との名称は、今日では差別意識を助長する表現ですが、1973年の時代背景と社会状況を伝えるため、当時の報道の文言を引用することとしました。