「公務員は高給取りでクビにもならないから安泰」——かつて公務員バッシングが流行した際、そういった噂を鵜呑みにした人も多いだろう。
だがそれは本当なのだろうか。過去に正規公務員として働いた経験のある筆者は、メディアで言われているほどおいしい仕事だとは感じなかった。失敗したら大問題になる職務もあったし、民間企業で働いている友人で自分より給料が高く、残業が少ない人はざらにいた。
そしてメディアで植えつけられたイメージとさらに離れているのが、非正規公務員である。「官製ワーキングプア」という言葉があるくらい、非正規公務員や民間委託事業の従業員の待遇や収入の不安定さは問題となっているのだ。
総務省の2020年の調査によると、全国の地方自治体で働く非正規公務員は112万人。さらに民間委託事業の従業員も加えると相当な数に上る。半数以上を非正規公務員が占める自治体もある。同様に、国の省庁や関係機関でも多くの非正規公務員が働いている。非正規公務員は窓口業務や福祉関連の支援、保育など、民間委託事業においても、図書館や児童館など住民サービスに直接結びつく業務に携わっている者が多く、我々の生活と切り離せない存在となっている。
今年7月、公務非正規女性全国ネットワーク(通称:はむねっと)が1200人強の非正規公務員から有効回答を得たアンケート調査の結果を公表。回答者のうち5割以上が年収200万円未満で、経験や職務内容への評価がなかったり、更新への不安を抱えて働くなど、過酷な待遇が浮き彫りとなった。
非正規公務員がおかれている実態や、我々の生活への影響などについて同団体に話を聞いた。
瀬山紀子(せやま・のりこ)
2001年から2020年3月まで、複数の公立女性関連施設で非常勤のコーディネーターとして勤務。現在は、明治大学ほか、複数の大学の非常勤講師をしながら、この春、立ち上げた「公務非正規女性全国ネットワーク」等の活動を行っている。 共編著に『官製ワーキングプアの女性たち』(岩波ブックレット、2020) 論文に「新たな経済社会の潮流のなかでの男女共同参画センターの役割についての検討」『ジェンダー研究』(東海ジェンダー研究所、2017)ほか。
渋谷典子(しぶや・のりこ)
NPO法人参画プラネット代表理事。2003年度から2013年度までNPO法人として男女平等参画推進センターで指定管理者事業を担当。愛知大学・中京大学・日本福祉大学非常勤講師。実践と研究をつなぐために48歳(2005年)で名古屋大学大学院へ入学。2018年、博士(法学)を取得。 共著『地域を支えるエッセンシャル・ワーク』(ぎょうせい、2021)、単著『NPOと労働法』(晃洋書房、2019)、共著『男女共同参画政策』(晃洋書房、2013)ほか。
同じ仕事でも正規公務員との大きな格差
——非正規公務員がおかれている問題点についてお伺いします。
瀬山紀子さん(以下、瀬山):「職が不安定」な点がまず大きな問題です。地方自治体で働く非正規公務員は、2020年4月から始まった新たな制度で、多くが「会計年度任用職員」という名称で働くようになりました。この「会計年度任用職員」は、名前のとおり年度ごとに任用される職になり、常に、翌年度継続されるかはわからない状態に置かれることになりました。
次に、給与の低さです。非正規の給与は、時給換算で、平均すると正規公務員の3分の1から4分の1と、大きな格差があります。地方自治体は、会計年度任用職員制度の導入で、非正規にも賞与を支払うことにしたところが多いのですが、それに伴い、月額報酬を切り下げたところや、それまでフルタイムで働いていた人の時間を15分だけ短くして、パートタイムに切り替えるといったことをした自治体も少なくありません。
調査でも、年収にすると200万円未満の人が多いことが、見えてきました。単年度ごとの任用ですので、基本的に、長期的な働き手を前提とする昇給は見込まれていないと言え、あったとしても上限が大卒初任給程度といった状況です。
また、休暇制度も整えられているとは言えず、私傷病休暇や介護休暇等があっても、無給で、本来使えるはずの育児休業制度なども利用できないといった声が上がっています。
その上、継続して働けるかどうかを決める採用の権限を正規公務員側が握っているため、ハラスメントが生じやすかったり、職場での横の繋がりがつくり難かったり、声をあげにくい状況もあります。
渋谷典子さん(以下、渋谷):私は業務委託と指定管理者制度(※)で合計11年、男女共同参画センターの運営に携わっていましたが、職の不安定さや賃金の低さは同様に感じていました。
業務委託や指定管理者制度でも、契約期間が3~5年程度ですので、更新のたびに不安定な状況に置かれます。業務委託や指定管理者制度導入の施設では、元の業務を非正規公務員が担っていることが多く、賃金については、業務内容を精査してでの判断ではなく、「従来通りで」という理由で、非正規公務員の給与をベースに人件費の計算が行われ、委託料や指定管理料が決まるケースもありました。
※指定管理者制度…民間事業者などが自身のノウハウを活用し、公共施設を運営する仕組み。運動施設、図書館、公園、福祉施設、児童館など、各自治体によって様々な施設に導入されている。
——今回のアンケートは性別問わずに実施されたということですが、団体名「公務非正規女性全国ネットワーク」には「女性」という言葉が入っています。それはジェンダーの視点からの問題意識があるのでしょうか。
瀬山:そうですね。国や地方自治体で働く非正規公務員の約8割は女性だという数字が示されており、担い手に、性別の偏りがあることは明白です。非正規公務員は、「扶養の範囲内で働きたい人のための受け皿」といった理解のされ方もしているようですが、実際にそうだと言えるのか、また、そうした制度自体がよいのか、さらにはこの先に続いていくのか、さまざまな疑問があります。
また、「女性は家計補助的な働き手」といった予断が背景にあることで、非正規公務員の待遇における問題が見過ごされてきたと私たちは考えています。極端に担い手の性別に偏りがあるなかで、ジェンダーの視点を入れずにこの問題を考えることは、本質的な解決から遠ざかるとも思います。
——過酷な待遇や給与の中、非正規公務員として働く選択には、どういった背景があるのでしょうか。
瀬山:理由はいろいろだと思います。地域によっては、過酷な待遇や給与とはいえ、行政に関わる仕事は、まだ、他に比べてまともだという受け止めもあると思います。また、さまざまな領域での相談に関わる専門職や、司書、学芸員などの資格職でも、多くの非正規の人が働いているのですが、そうした人たちの中には、専門職として働きたい場合、正規での採用が極端に少ないか、または、正規採用の枠がないという場合もあります。
行政職の多くの正規公務員は、さまざまな業務に満遍なく対応できる「ゼネラリスト」的な働き方を求められており、数年毎に異動するのが一般的です。そのため、専門職として働きたい場合は、非正規を選択せざるを得ないという状況も生じています。
——2020年4月から始まった「会計年度任用職員制度」は、非正規公務員の働き方改革と言われ、ボーナスなどの支給が可能となりましたが、状況は改善されたのでしょうか。
瀬山:残念ながら改善されたとは言えないと思います。会計年度任用職員制度は、年度をまたいで同じ人が働いたとしても、年度毎に、新たな職に新たに人を任用する考え方だと説明されており、実態と乖離しています。そして、働き手は、常に、継続して働けるかどうかわからない不安定さを抱えることになったわけです。
また、はむねっとの調査でも、制度改正時に、説明なく、また、仕事内容は変わらないまま、フルタイムからパートタイムに移行させられ、フルタイムであれば受けられたはずの退職金の支給対象から外されてしまったという声や、ボーナスは出るようになったものの、その分、月額給与が大幅に下がってしまったといった声も寄せられており、大きな問題を感じています。
同時に、この法律改定によって、非正規公務員であれば、それまでは行使することができたストライキ権などの権利がはく奪されてしまったという点も大きな問題だと言われています。
——はむねっとの調査からは、こうした現状が原因で非正規公務員を辞める人がいることもわかっていますよね。
瀬山:そうですね。仕事を続けたくても、給与や待遇の改善が見込めないため辞めざるを得ない人もでていますし、長年働いてこられた方が、会計年度任用職員制度になり、更新されなかったという例もでています。また、会計年度任用職員制度によって、長期的展望は持ち得ないことになったとも言えるので、人が定着しなくなり、公務職場では、専門性や経験の蓄積がなされなくなっていくことが予想されます。
また、会計年度任用職員制度導入後は、国の非正規職員の位置づけである「期間業務職員」に準じて、3年ごとの公募という規定をいれる自治体もでています。2023年4月には制度導入から4年目となるため、その前に現職も含めた公募が行われる自治体が多いことが予想され、そこで辞める人や、辞めざるを得なくなる人はさらに増えるのではないかと思います。そうした人たちの中には、長期的に現場を支えてきた専門職の人も含まれているわけです。
渋谷:私が代表を務めるNPO法人は、指定管理者として2回目の任期満了を迎えるとき、新しい契約期間の公募に応募しない選択をしました。その理由は、制度がスタートしたときの指定管理者制度は行政とNPOとの「協働」という方針で始まったものでしたが、徐々に方向性が変化し、経費削減が第一の目標となっていると判断したからです。経費の削減だけでなく、専門職として男女共同参画の政策に関わりたい思いも汲んでもらえず、市民として非常に失望しました。
——ここまで状況が悪化してしまった背景には、メディアを中心に行われた「公務員叩き」の影響もあると感じますか。
瀬山:そうですね。公務員バッシングが見掛け上の公務員数を削減することを後押しし、非正規公務員を増大させたという見方はあり得ると思います。背景には、バッシングをする側の生活の困窮や、行政に対する不信があったのではないかと思います。しかし、結果として、それが、さらなる行政の弱体化を後押しすることになってしまった。
今でも、役所の窓口や、福祉、就労支援などの部署で相談員として働く非正規公務員が、住民から、「公務員は楽してていいな」といった言葉を投げられることがあると聞きます。新型コロナの影響もあり雇用不安が増し、大変な状況で生活している人からすると、行政で働いている人は安定しているように見えるのかもしれません。
ただ、実際に窓口にいるのは、いつ自分も支援が必要な側になるかわからない状況で働いている非正規公務員である場合も少なくないわけです。アンケートには、そうした住民からのクレームを受ける、サンドバック要員として雇われているように感じるという悲痛な声もありました。
渋谷:公共機関で働いている人が、必ずしも恵まれた待遇で働いているとは限らないのが事実です。情報の受け手にもメディアの情報を鵜呑みにするのではなく、リテラシーを身につけ、自分で判断していただきたいと思います。
やりがいや善意に頼るシステムからの卒業を
——制度や待遇に関して、どのような改善をしていく必要がありますか。
瀬山:例えば、民間企業では非正規でも一定年限働くと、無期雇用になることを申請できる制度が導入されています。しかし、非正規公務員には民間の労働法制は適用されず、そうした無期転換権はありません。せめても、非正規公務員も一定の条件をもとに、無期転換できるような仕組みがあれば、状況は変わるのではないかと思います。
無期採用になったとしても、収入などの条件が変わらなければ、問題は継続するとも言えます。単年度のままでは、労働条件の改善にしても、ハラスメントの問題にしても、「声をあげたら、来年打ち切れられるかもしれない」という問題が常に付きまとうことになるので、無期になり、地位が安定することは、とても重要です。
加えて、給与や休暇制度の改善も重要な課題だと思います。これまでの、働き手のやりがいや善意に頼る仕組みでは、この先の公共サービスを維持していくことはできないと考えています。
はむねっとのアンケートでは、回答者の3人に1人は主たる生計維持者で、女性の主たる生計維持者のうち、4割以上が2020年の就労年収が200万円未満、7割が250万円未満でした。また、主たる生計維持者でなくとも「自分の収入がないと家計が厳しい」と回答した人は半数以上です。こうした実態も踏まえた上で、働き手が将来展望を持ち、安心して暮らしていける収入や社会保障のあり方を考えていくべきだと思います。そして、相談員などの対人援助職などの仕事を、希望を持って選べる職業にしていく必要があると思います。
渋谷:「公共サービス基本法」の第11条には<国及び地方公共団体は、安全かつ良質な公共サービスが適正かつ確実に実施されるようにするため、公共サービスの実施に従事する者の適正な労働条件の確保その他の労働環境の整備に関し必要な施策を講ずるよう努めるものとする>と書かれています。理念法ではあるのですが、この法律の存在を多くの人に知らせ、待遇改善に繋げていきたいです。
「誰が行政サービスを担うか」が私たちの生活に影響する
——「自分は非正規公務員になる予定もないので関係ない」といった認識の人もいると思いますが、非正規公務員のこうした現状は私たちの生活にどう影響しますか。
瀬山:全国には、地方自治体の非正規に限っても、短期任用を含めると112万人の非正規公務員がいます。そのため、身近な人が公共職場で、非正規の立場で働いているという人も少なくないと思います。加えて、行政による住民サービスは私たちの暮らしのあらゆる生活場面に関わっていて、無関係な人はいません。
渋谷:行政の公共サービスそのものは市民から見えやすいものですが、それを誰が担うか、実は人事政策も市民に関わるものです。専門性のない職員ばかりになったら、公共サービスの質は低下していくでしょう。公共サービスの担い手に関する法や制度がどのようになっているのか、そして、そのことが自分たちの生活に影響するという意識を持っていただけたらと思います。
——今後の活動予定についてお伺いします。
瀬山:「はむねっと」を立ち上げたのは今年3月で、約半年間、発信をしていくなかで、公務非正規問題はまだ十分には知られていないことを感じてきました。まずはアンケートに回答いただいた1200人を超える非正規当事者の声を多くの人に届けていきたいです。
加えて、非正規公務員のおかれている不合理で理不尽な実態を改善していくことが、私たちの目的の一つです。そのため、今回のアンケートでつながった方ともネットワークを組み、追加の実態調査なども行いながら、非正規公務員同士で繋がり声をあげていきたいと考えています。
元々、公務という仕事の特性上、自分たちの置かれている実態について外に対して訴えにくい状況がありました。さらに単年度任用の不安定な状況下で、限られた席を手に入れるため、職場内で非正規同士対立してしまったり、労働組合などの組織ともつながれていなかったり、相談窓口が十分でなかったりと、孤立してしまっている人は少なくありません。その意味でも、ネットワークを組み、広げていくことが大切だと思います。
はむねっとでは、語り手を募りながら「語り場」を開催し、職域や地域を超えた横の繋がりを作っていけたらと思っています。自分たちが経験していることは、個人の問題ではなく社会の構造的な問題であると認識し、状況改善に向けて大きなうねりを起こしていけたらという思いです。関心のある方は、是非、HPからご連絡いただければと思います。
渋谷:アンケート調査を経て、個人で動くこと・声をあげることの難しさを感じました。「はむねっと」に声を届けていただければ、団体を通じて社会に対して発信がしやすくなります。「あなたが伝えたいことをはむねっとを通して伝えることができる」ということも広めていきたいです。
★「はむねっと」の活動情報はこちら