• 日. 12月 22nd, 2024

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明日あなたが被害にあうかもしれない

「離せよ、このくそばばあ!」悪質な転売万引き犯「クロキン」の抵抗に女店長が取った勇敢な行動

 こんにちは、保安員の澄江です。

 先日、日本全国を万引き行脚していた36歳の男が、広島県福山市の文具店で電卓や電子辞書など計14点、合計11万円相当の商品を盗んだとして広島県警に逮捕されました。その後、安芸区のカー用品店にて、およそ12万円分の商品を盗んだ容疑で再逮捕されています。報道によれば、万引きをしながら全国を渡り歩き、昨年だけでも1,000万円以上の不当利得を得ていたそうです。盗んだ商品のほとんどは、フリマアプリで売却しており、いまどきの万引き商人の実態が明らかとなりました。県内だけでも、このほかの15店舗において同様の被害が確認されており、余罪も多そうです。

 近頃は、盗んだ商品を買い取るためのお金すら持たない人による犯行が目立ち、生き残りをかけて万引きするような人と接する機会が増えています。おにぎりなど、毎日のように最低限の食料を盗んでいく人の多くは中高年層の男性ですが、大量の高額商品を換金目的に盗み出すのは比較的若く、スマホの扱いに慣れているような人たちといえるでしょう。その悪質さは大きく異なりますが、扱いのくくりは同じで、量刑差はあれ妙な違和感を覚えてしまう次第です。

 今回は、専門店で捕らえた転売目的の万引き犯について、お話ししたいと思います。

 当日の現場は、関東郊外の街道沿いに位置するスポーツ用品店S。倉庫のような広大な売場に、さまざまなジャンルのスポーツ用品を豊富にそろえる専門店です。近頃、各店で高額品の盗難が多発しているとのことで、被害の多い地域を中心に警戒することになりました。今月は、この店に10日ほど入る予定で1日も早く実績を作りたいところですが、5日目の今日を迎えるまで成果はありません。なんとなく気まずい思いを抱えつつ、店舗裏手にある総合事務所まで出勤のあいさつに出向くと、30代と思しきポロシャツ姿の女性店長に出迎えられます。体格のいい男性と見紛うほど筋肉質で、どことなくSHELLYさんに似た明るい雰囲気を有する健康的な女性です。

「ああ、Gメンさん。今日も、お願いします」
「今日も1日、お世話になります。何か注意することはございますか?」
「一昨日、自転車部品の空き箱が棚の下から出てきました。コロナ対策でスタッフの数も少ないので、やりやすいのかもしれませんね。また来るかもしれないので注意してください」

 売場の状況をお伝えすれば、いかにも魅力的で高額な商品を無数に扱っているものの、店内は死角だらけで、やろうと思えば何でも盗れる状況に感じられます。防犯設備も頼りなく、言ってしまえばお客さんの良心に頼る防犯態勢。流行の最先端にいる商品を扱うには心細い状況といえるでしょう。

 しかしながら、平日のためかお客さんはまばらで、出入口を中心に警戒していれば歩き回らなくても済むほどの状況です。特に気になる不審者の来店もないまま、あきらめの心境をごまかしながら業務終盤を迎えると、ようやく目を奪われる不審者が現れました。

 長年に渡り愛用しているとしか思えぬ黒地に金ラインの入ったジャージ上下に、フレームの細い眼鏡をかけた30代とおぼしき痩せた男性です。しばらく手入れしていないであろう金髪は、根元から数センチが漆黒になっており、着用するジャージと同じ色合いになっていました。それを理由に心の中で「クロキン」と勝手に名付けて、そっと追尾を開始します。

 自転車用品売場で足を止め、大きなリュックサックを手にしたクロキンは、それを右肩にかけるとゴルフコーナーに向かっていきました。そこにディスプレイされたゴルフシューズに目をやり、下部に積まれた箱入りの在庫を照らし合わせると、店員さんに断わることなく開封して中身を確認しています。あまりの怪しさに目を離さないでいたところ、手にした在庫商品をリュックサックに隠す瞬間を現認できました。リュックサックの大きさから、まだまだやりそうな雰囲気を感じていたところ、ゴルフボールなどの商品を同様に隠して、周囲を警戒しながら店内のトイレに入っていきます。男性用トイレに入られたので、私は中に入ることはできません。トイレの出口を見ながら、店長さんに目と手で合図を送って呼び寄せた私は、ざっと状況を説明して協力を仰ぎます。

「リュックを持ったまま店の外に出たら声をかけます。もし暴れたら、警察を呼んでもらっていいですか?」
「わかりました。私も一緒に行きますよ。なんかドキドキしてきたなあ」
「万引き、初めてですか? 黒に金色のラインが入ったジャージを着た金髪の男ですので、お願いします」
「その男の人、さっき見かけました。初めてですけど、あのくらいなら大丈夫かな」

 あのくらいの意味はわかりませんが、2人で一緒にいるところを見られたくないので、すぐに別れてトイレの出入口を見続けました。数分後、未会計のリュックサックを自分のモノのように背負ってトイレから出てきたクロキンが、すぐ脇にある出口から外に出たところで声をかけます。

「ちょっと待って。お店の者です。商品のお金、ちゃんと払っていただかないと」
「はあ?」
「はあ、じゃないでしょう? このリュックと中に入れたゴルフ用品、ちゃんと払ってもらえますか?」
「うるせえ、離せ!」

 盗んだ商品を指摘した途端、私を振り払うべく身を捩って暴れ始めたので、クロキンが背負うリュックの持ち手を握って応戦します。振り回されながらも、両手でリュックサックを掴んで必死に喰らいついていると、すぐに店長が加勢してくれました。

「もう警察呼んだから、おとなしくして!」
「うるせえ、俺は関係ない。離せよ、このくそばばあ!」

 すると、背負っていたリュックサックから両腕を抜いたクロキンが、盗品を放置して逃走を図りました。

「待ちなさい!」

 その瞬間、素早い動きでクロキンの左腕を掴んだ店長は、何をどうしたのか、あっという間にクロキンを路上に転がすと、背中に膝を立てて左腕を抱えてねじ伏せています。

「もう暴れないで。わかった?」
「わかった、わかったから」

 それでも信用できないと、そのままの態勢で警察の到着を待つことにして、その間に被害品の状況を確認します。すると、持ち手の部分が少し破れてしまったリュックサックの中からは、箱入りのゴルフシューズとゴルフボールが4箱、それにゴルフ用のグローブが2組出てきました。どれも値札は除去されており、リュックサックについていたはずの防犯タグも外されています。警察官が到着してから、男性用トイレを捜索してもらうと、それらは全て貯水タンクの中から発見されました。

 今回の被害は計8点、合計で7万6,000円ほど。クロキンの所持金は2,000円足らずで、商品を買い取ることはできません。事務所に連れて行き、警察官と一緒に人定確認を進めると、クロキンは28歳。失業中のため、この店から少し離れたところにある実家で、母親と2人で暮らしていると話していました。すっかりおとなしくなり、うなだれたまま顔を上げないでいるクロキンに、店長が尋ねます。

「これ、どうするつもりだったんですか?」
「すみません。売るつもりでした」
「ウチの店で、いままで何回くらいやってます?」
「ここでは、本当に初めてです」

 これまでうまくやってきたのか前科前歴はありませんでしたが、被害が高額で手口が悪質なことから、クロキンは逮捕されることになりました。直接の逮捕者である店長の書類も必要となり、2人で警察署に行くことになったので、刑事課の前に設置されたベンチで待機している間に、ずっと気になっていたことを聞いてみます。

「店長さん、男性相手にすごかったですね。何か、やっていらっしゃるんですか?」
「あたし、小学生のころから合気道をやっているんです。父が先生をやっていたものですから、ずっとやめられなくて。でも、こうして役に立つとうれしいものですね」

 そう言ってはにかむ店長が、あまりに頼もしく素敵で、次の勤務日が楽しみになりました。

(文=澄江、監修=伊東ゆう)

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