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カレーの存在意義は「辛さ」にあらず? 目玉焼きは卵2つがデフォルト!? 食べ物を説明する『国語辞典を食べ歩く』が面白い

時短、カンタン、ヘルシー、がっつり……世のレシピ本もいろいろ。今注目したい食の本を、フードライター白央篤司が毎月1冊選んで、料理を実践しつつご紹介!

今月の1冊:『国語辞典を食べ歩く』サンキュータツオ著

「無人島に1冊持っていくとしたら、何を選ぶ?」

 よくある話だが、私ならまよわず辞書と答える。辞書を読むのが小さい頃から好きだった。「こんな言葉があるのか」「この言葉には、私が知っているのと別の意味もあるのか」と、ただ読むのが好きだったのだ。知らない言葉でも、漢字の組み合わせで大体の意味が分かるものあり、まったく想像もつかないものあり。知っている言葉でも、意味を説明されると「なるほど」と思うことは多く、頭の中にぼんやりとあった語義が濃く上書きされるような感覚は、妙に快かった。

 休み時間に辞書を読む小学生。学校では思いっきり浮いていたが、長じて大学の文学部に入り、また出版業界に関わるようになると、同類がまあまあいることを知る。

 そんな同類さんたちが、このような書評ページを読んでくれているのかもしれない……という期待をもって今回は『国語辞典を食べ歩く』を選んだ。簡単にいえば、料理や調理道具、食材の名前を複数の辞書で引いて、その説明や解釈を読み比べる本である。

 辞書とは、言葉の意味を示すもの。語義の核となっていることをどう表現・説明するのか。辞書それぞれに工夫と苦心があり、読み比べると辞書の個性差や編者たちの思いが見えてくる――著者はここを読み解いていく。

 まず例にとられるのがハンバーグだが、その形ひとつでも辞書によって記述が違う。「楕円形」「平たく丸い形」「小判形」とある中、岩波国語辞典は形に触れず「フライパンで焼いた」という条件をつける。冒頭では代表的な辞書の特徴が説明されるのだが、岩波は「主観的な記述を控えた洗練された語釈」がウリとある。うーん、なんだか納得。

 カレーの項など、各辞書に「辛いという情報があまり載っていない」という点から「日本では『甘口』というカレーがあるように、辛いことがカレーの存在意義ではないことが明らかであり、それをもとに『辛い』とあえて書かないという配慮が見てとれる」と著者は推察する。なるほどなあ。

 目玉焼きの項では「卵二つ(で作るもの)」がデフォルトの記述になっており、日常的に私は片目玉焼きを作っていたのだと気づかされた。雑炊は増水の変化だとか、包丁には「料理する人」の意もあるなどのトリビアも楽しい。丁という字には召し使い男の意があるという。そうか、丁稚(でっち)という言葉がストンと来た。辞書を読んでいるとこういう豆知識がどんどん繋がっていくのも面白いのだ。

 同じ辞書でも版によっての違いがあり、そこへの切り込み方も深い。冷奴の項では、岩波国語辞典の第八版にある「豆腐を冷水でひやし」という箇所に著者は注目する。前の版では「なまの豆腐を冷水でひやし」とあり、「なまの」が削られたわけだ。

“高野豆腐などを想定していたのかもしれない。けれど、むしろそっちのほうが豆腐の亜種なのだから、普通の豆腐は「豆腐」でいいだろうという判断か。こういった数文字の言葉の削りっぷりに、「なぜ?」と考えるのが私の楽しみなのです”

 世の中にはいろんな愉悦があるものだと思うが、辞書編纂者の推敲の軌跡をたどる楽しみというのはかなりレアな部類だろう。けれど……分かるなあ、そういうの。

 著者のサンキュータツオ氏は漫才師として活動する一方、日本語学を専門にして一橋大学や早稲田大学で非常勤講師も務めている。また広辞苑の第七版ではサブカルチャー分野の執筆を担当されてもいるそう。

 身近な食べ物を切り口にして、辞書の深さ豊かさを存分に教えてくれる一冊。私は新明解ユーザーだったけれど、「種類や製法に関しては抜群にくわしい」「おしゃれなグルメ」である明鏡国語辞典を併用しようと、早速注文した。

どうしても紹介したい1冊『わたしを空腹にしないほうがいい 改訂版』

 さて、今回はもう1冊。基本的に食本書評では1年以内に発売されたものを紹介しているのだけれど、先日たまたま手に取ったエッセイがあまりにも素晴らしかったので、どうしても紹介したくなった。

 『わたしを空腹にしないほうがいい 改訂版』(くどうれいん著 BOOKNERD 2018年 1,000円税込)は78ページ、手のひらサイズのエッセイ集。書店で見かけてなぜかどうにも気になり、素通りできなくてジャケ買いした。勘は当たった。

「菜箸を握ろう。わたしがわたしを空腹にしないように。うれしくても、寂しくても、楽しくても、悲しくても。たとえば、ながい恋を終わらせても。」

 日々の生活の中で作者がつかんだ「描くべきもの」、その詩情がなんとも見事に言葉となって文章の中で結実していく。すべてが最小限にそぎ落とされて、あざやかで。それらは詩のようでもあり、コラムのようでも、映像のようでもあり。

 なんというのか……食べものを入口として、自分の心の中の鍾乳洞を歩いていくような文章だった。いや暗いという意味じゃなくて、夜空だからこそ花火は美しいというか、地下だからこそ響きも澄んで普段聞こえないものも聞こえてくるというか。

 しかしこんなにみずみずしい言葉のつらなりは久しぶり。文章のタイトルがそれぞれ俳句になっていて(著者は作家であり、歌人・俳人でもある)、「年下の水鉄砲に打たれてやる」というのが特に好きだった。

白央篤司(はくおう・あつし)
フードライター。郷土料理やローカルフードを取材しつつ、 料理に苦手意識を持っている人やがんばりすぎる人に向けて、 より気軽に身近に楽しめるレシピや料理法を紹介。著書に『自炊力』『にっぽんのおにぎり』『ジャパめし』など。

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