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「わが母ながら立派」と思っていたが……同居する弟夫婦は「他人以下」、父の介護に一人で取り組む心情は聞くに聞けない

“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

 そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。前回、「母のおもらしが増え、家中が臭くなり、怒鳴る父……変わってしまった実家に娘の複雑な思い」で、免許返納を父親に言い出せないと悩む娘を紹介したが、この記事を読んだ方から「我が家も同じような悩みを抱えています」という声をいただいた。高齢の親が車を運転している、辞めさせたいがなかなか難しいという子どもの悩みは本当に多いと感じる。

自己流認知症ケアに取り組む母

 声を寄せてくれたのは、首都圏に住む江口静香さん(仮名・58)。80代の両親は北海道で弟家族と同居しているという。

「父は5年ほど前に認知症だと診断されています。両親は昔から仲が良くて、母は父が認知症になってからも根気強く父の言葉に耳を傾け、いつも優しく接していてくれています。わが母ながら立派だなと思っていました」

 母親は昔から好奇心が強く、勉強家だった。父親に対する思いも強かったのだろう。認知症に関するたくさんの本を読んでは、状態の改善に効果があるという方法を片っ端から試した。脳トレはもちろん、音読や体操は毎日行っているようだし、歌を歌ったり、時には一緒に料理をしたりもしている。

「今、母が熱心に取り組んでいるのが、ユマニチュードとかパーソンセンタードケアと言われる認知症ケアの手法です。といっても、自己流なので“もどき”だと思いますが、介護職向けの本も読んで実践しているんです。母の解説によると、それらのケア手法はとにかく認知症の人を中心に据えて、本人の言うことを否定せずに、意思を尊重するのが大事だということで、最近は父のやりたいことに付き合うというのが母の日課になっているみたいなんです」

 80代とは思えない母親の旺盛な知識欲に頭が下がるが、江口さんにとってはそれが悩みの種だという。というのも、“母親流パーソンセンタードケア”によって、母親が運転する機会が増えたからだ。

「父の希望はできる限り叶えるのがパーソンセンタードケアだと母は思い込んでいて、父がどこかに行きたい、何かをしたいと言えば、母がその通りにしています。床屋に行きたい、買い物に行きたい、子どもの頃に行った場所に行きたい……と父が言うたびに、母が車を運転して連れて行っているというんです」

 幸いなことに父親は認知症と診断されたときに、免許証は返納している。そしてこちらは幸か不幸か、母親はこの年代の人には珍しく運転免許を持っていたので、母親が父親の足代わりとなっているのだ。

「実家のある町では、高齢者が免許を返納するとタクシー券を5万円分くれるのですが、北海道では5万円なんて、数回タクシーを利用すればもうなくなってしまいますよ。実家から隣家に行くのだって、車で行かないといけないくらいなんですから」

 江口さんはため息をつく。おまけに、最近になって父親は「俺は認知症じゃない」と言い出した。そのうえ、「免許を返納したのは間違いだった」とまで言うようになったという。

「怒って、母に詰め寄ることもあるようです。それで母はなおさら父の足にならないといけないと思ってしまっているようなんです」

 母親も免許返納をまったく考えていないわけではない。

「『今年は免許を返納する』と母も毎年言っていたのですが、あと1年だけ、もう1年、と先延ばしにしているうちに、“母流パーソンセンタードケア”で免許返納はさらに難しくなってしまったんです」

 母親の自己流パーソンセンタードケアの効果か、父親の認知症はそう進行していない。だが、母親まで運転できなくなると両親は完全に引きこもってしまうだろう。そうなると父親の認知症は一気に進むのではないかと、それも心配だ。

 さらに、江口さんを悩ませているのが両親と同居している弟夫婦との関係だ。父親の言動や母親の行動が同居している弟夫婦に知れたら、より関係がこじれてしまのではないかと危惧する。

「母が父のためにがんばらざるを得ないのも、弟夫婦が両親のことをまったく顧みないからです。農家だから日中は忙しいというのもありますが、そうでなくても両親とはほとんど接触がありません。ただ一緒に住んでいるというだけで、両親が事故に遭っていても、家で倒れていても気づかないんじゃないかと思うくらい。こうなるともう他人以下ですよね」

 母親と電話で話せるのも、弟夫婦がいない昼間だけだ。夜は弟家族に気を遣って、電話をすることさえままならないという。

「何のための同居なんでしょうね。そういう私だって遠くにいて何もしてやれない。心配することしかできなくて、もどかしいです」

 知性派の母親の趣味は短歌だ。地元の新聞に投稿しては、掲載されたと江口さんにコピーを送ってきてくれる。

「その短歌がまた切ないんです。年を取ることの悲しさや、認知症が進む父のことが切々と詠まれていて、つらくなります。母が運転していることがわかる歌もあるので、批判されるんじゃないかとヒヤヒヤすることもあります。こんなご時世ですからね」

 心情が吐露された短歌を娘に見せて、どうしてほしいと思っているのか、江口さんは母親の真意をはかりかねている。聞きたいけれども怖くもある。聞くに聞けないと苦笑した。