“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。
新学期を迎えても、新型コロナウイルスの猛威は変わらず。受験生活は、ただでさえ緊張と不安がつきものなのだが、先の見えないコロナ禍では例年以上にストレスを抱えるご家庭は多い。
9月現在、大手中学受験塾の動向はさまざまであるが、中には緊急事態宣言時下での対面授業を停止し、全面的にZoomを活用した「双方向Web授業」に切り替えた塾もある。
正吾くん(6年生・仮名)が通っている塾では対面授業と双方向オンライン授業を各自の希望により選択可能となっているのだが、正吾くんは今現在、双方向オンライン授業を選択し、自宅での学習を続けている。母である京子さん(仮名)の強い希望なのだそうだ。
「本当は対面で授業を受けたほうがいいとは思うんです。でも、ご近所でも『地元中学で陽性者が出現』『基幹病院でクラスター発生』というような情報が耳に入るようになり、感染が身近に迫ってきたという実感があって、ウチには基礎疾患持ちの年寄りもいるので、怖くて塾に行かせられないんですよ」
京子さんの悩みは夏休み明けの模試で余計に大きくなったという。
「そういうわけで、先日の模試は自宅で受験させました(自宅受験=各自、自宅で時間を測って受験し答案を郵送する。コロナ禍で多くの模試が自宅受験に対応するようになった)。ところが、やはり自宅だと甘えが出るのか、休憩時間が長くなって時間通りには進まなかったんです。模試会場の緊張感には遠く及ばず、これでは、何のための模試かと思ってしまいました……」
しかも、魔が差したというのか、さらに、正吾くんのカンニングまでもが発覚したそうだ。
「正吾は国語が苦手なんですが、わからなかった漢字やことわざなどをスマホで調べて、そのまま写しちゃったんです。私が傍にいると気が散るというので、正吾の部屋から出たのが裏目に出ました。もう、情けないやら、なんやらで、正吾の前で号泣しました……」
正吾くんの話によると、少しでも偏差値を良くしたくて、ついついカンニングをしてしまったとのこと。
中学受験はしたいけれども、正直、オンライン授業はつまらなく、友だちとも会えない塾には魅力を感じない。志望校にしている学校には4年生の時に文化祭に行っただけで、その後はどの学校にも行っていないので、正直、「中学」と言われてもピンと来ないという。京子さんはこう悩みを打ち明ける。
「塾からは『受験生のフォローは家庭でやりましょう』と言われているのですが、何のための塾なんだ? って思いもあって、不信感すら感じます。去年も、塾のオンライン対応が整うまでに時間がかかり、本来なら、あるべき講習も受けられませんでした。自宅学習と言われても、正吾のような遊び優先タイプには難しく、なんで、こんな時に受験になっちゃったのかな……って泣きたくなります」
中学受験はよほど精神的に自立している子でない限り、「ひとりだけで頑張る」のは無理がある。たいていの受験生には、楽しい中学生活を思い描くことと、仲間と切磋琢磨しながらともに頑張っているという実感が必須なのであるが、このコロナ禍では正吾くんのようなケースはとても多いと言えよう。
「生活に制限がある中、一番、辛くて残念に思っているのは正吾。親が焦ってどうする!?」と自分に言い聞かせる毎日だという京子さん。
「正直、当初目指していたような満足いく受験にはならないと思いますが、今さら撤退も考えられないので、『みんな同じ条件なのだから、我が家は我が家なりの道を行くしかない』と腹を括ったところ」と苦しい胸の内を明かしてくれた。
一方で、こんな話もある。明日香さん(仮名・6年生)は夏期講習を行かずして、中学受験から撤退を決めたという。母である美奈子さん(仮名)がその理由を説明してくれた。
「やっぱり、コロナです。とにかく、この1年半、振り回されっぱなしで、塾もオンラインになったり、対面になったりで落ち着かず、腰を据えて何かをやるにはタイミングが悪すぎます。私にとっても、学校説明会がオンライン開催という現状では、思うように学校研究もできませんでしたし、これから先、受験までの間に事態が好転するとも思えません。とにかく今は時期が悪くて、明日香ががんばる時ではないんだなって思えてきたんです。それで、明日香に言いました。『今まで身に着けた知識は受験をやる・やらないにかかわらず、明日香のものだから、ここは自信を持って高校受験に切り替えよう!』って」
明日香さんが嫌がるかな? と心配した美奈子さんであったが、それは杞憂だったという。
「あまり勉強が好きじゃなかったのかもしれませんが(笑)、明日香は意外とアッサリ『いいよ~!』って。今は受験のために一時、中断していたテニス教室に復帰して、楽しそうにやっていますし、自分から『やっぱり英語は必要!』と言い出して、個別英語塾に通うようになったんですよ。中学入学までに英語検定にチャレンジするそうです。人生、何をやるにも、時代的背景にはあらがえないので、明日香には、この選択で良かったと思っています」
この未知のウイルスとの共存は私たちの暮らしや、未来への選択にさまざまな影響を及ぼしている。中学受験で言えば、続ける選択をする人、撤退を決断した人など、こちらも人それぞれだ。ただ、中学受験の場合、どの道を選ぼうとも親が懸命に「我が子にとって良かれ!」という祈りを込めての選択である。
それぞれのご家庭に「決めたならば、それが一番良いこと」というエールを筆者は送りたい。