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せやろがいおじさんが過去のミソジニーを自省する理由 「間違いを認める方がよっぽど価値がある」

ByAdmin

Sep 14, 2021

 お笑いコンビ「リップサービス」として活動する「せやろがいおじさん」こと榎森耕助さん。YouTubeやTwitterの動画では政治や社会問題について、掘り下げ、鋭く指摘し、問題提起しています。最近は性的同意についての動画も投稿するなど、ジェンダーの問題にも切り込み話題を呼んでいます。

 そんなせやろがいおじさんに、今回は男性がジェンダーやフェミニズムについて考えることの意義についてお話を伺いました。

榎森耕助・せやろがいおじさん
2007年にお笑いコンビ「リップサービス」を結成し、ツッコミ担当として沖縄で活動する。2017年より「せやろがいおじさん」としてTwitterやYouTubeでの発信をスタート。著書に『せやろがい! ではおさまらない - 僕が今、伝えたいこと聞いてくれへんか?』(ワニブックス)

Twitter:@emorikousuke

YouTubeチャンネル:ワラしがみ

――お笑いコンビリップサービスとして活動する一方、2017年よりせやろがいおじさんとして活動されていますよね。昨年6月に公開されたYouTube動画の中で、自分の中にミソジニー(女性嫌悪・女性蔑視)な部分があったと振り返っていらっしゃったのが印象的でした。自分の中のミソジニーに気づいたキッカケについて教えてください。

 以前、SNSに写真や動画を上げてる女性が、バキバキに加工していて、実際会ったら全然違うブスが来たーみたいな動画を作ったことがありました。

 その動画に対して、ミソジニー性があるんじゃないかってコメントが来たんです。最初は女性のことを馬鹿にする気持ちはないし、面白いネタとしてやってるから、なんでそんなこと言われなあかんねんって思ってしまって。ミソジニーという言葉すら知らなかったので、最初は知らない言葉で怒られている怖さみたいなものもありました。

 でも、凄く怒られてるから、とにかく火消しをしたかった。「馬鹿にしたり傷つけたりするつもりは無かったけど、あなたがそう感じたなら僕にも悪いところあったかも、この件終わりね」って。そしたらさらに怒らせてしまって……。今考えれば当然のことです。典型的なダメ謝罪でした。自分のどこが悪いか分かって無いのに、幕引きのための謝罪だったので。

 こんなに指摘されるのなんでなんって、なんかあるんだろうなと思って考えてみたんです。そこで改めて自分の言動から、内面を振り返りましたね。

 そこで気づいたことがありました。なんで自分は女性だけをことさらにやり玉にあげてしまうのか。女性に対して、からかったり弄ったりするのがおもしろいという感覚が自分の中にあったんだろうなと。これが自分の中のミソジニー性かあと。女性蔑視が自分の中にもある、と気づかされました。

――ご自身の中のミソジニーに気づいて、どのようなことをされたんですか?

 指摘してくれた人が、こういうものを参考にしてくださいと色々教えてくれたんです。それを見たりしました。あとは、性暴力の当事者団体Springさんにもお話を聞いて、ジェンダーの問題を学んでいます。

 社会の中に男女の不均衡がある。男性は知らず知らずのうちに女性を怖がらせていたり、特権的な立場から女性を踏みつけていることはあるんだなあと。そして自分の中にある問題だと気付くきっかけになり、社会の男女の不均衡からくる抑圧と、自分が抱えている問題とが繋がったんです。

――最近は性的同意や二次被害(セカンドレイプ)についても声を上げていらっしゃいますが、それについても内省する点はあったりしますか?

 同意があやふやなまま性行為にいたってしまった経験のある人って結構いると思うんです。

 性的同意についての動画を出したあと、色々なオンラインイベントに出させていただいたんですけど、そこで自分の経験を話したんです。当時お付き合いしてた彼女に、性的同意をうやむやにしてしまったことがありましたと。本当にダメなことで、良くないことだったと振り返りました。その場にいたのは全員女性だったんですが、自省的に話したときに、追求して断罪する人はいませんでした。むしろ、振り返って話せるのっていいですね、と言ってもらえて。

――自分のこういうところがよくなかった、と自省してそれを公表するのって、誰でもできることではないと思います。

 過去の過ちを無かったことにして認めないよりも、過ちは過ちとして、いけないことをした、あれはよくかったというのを表明していくことの方がよっぽど価値があるし、世の中を良くしていく波が伝播していくんじゃないかなと思います。自分が過去にした加害をなかったことにするのではなく、むしろ反省していくほうがいい。

 セカンドレイプは男性のみならず、女性も結構しているのを見かけます。女性の場合、私は自衛してる。だからしてない人が迂闊なんでしょというロジック。

 印象的だったのが、ある現場でメイクさんが、テレビで流れる女性の性被害のニュースを見ながら「でもさ、男の人と二人で飲みに出かけるのはおかしいよね」と、まるで被害者の行動にも原因があるかのような言い方をしたんです。自分はこれだけ自己防衛をして気を付けているのにやってないこの人が悪い、自己責任だと。

 でも、そもそも何であなたはそんなに自己防衛をしなくちゃいけないんですかって思うんです。あなたはどんな恰好でどんなところに行ってもいいはずなのに、他人の身体を侵害してくる人がいるからそうせざるを得ないわけで。被害者に落ち度はない。そこは、男女問わず広められたらなと思います。

――性暴力を許さない社会にするためには男性の声も必要だと思います。でも実際は、「なかなか人の目が気になって指摘出来なかった」「被害者を守る言動ができなかった」「ホモソからはじき出されるのが怖かった」など、ためらってしまったという声も聞きます。

 被害を受けてる人を一人ぼっちにさせないこともすごく大事だと思うんですけど、声を上げた人を一人にさせないことも僕はすごく大事だと思っています。上司がセクハラをしていて、気付いた人が声を上げましたと。でも周りが「なんかあいつ噛み付いちゃったよ、流せばいいのに」みたいな空気になって、結局、声を上げた人が損するような社会はおかしいですよね。一人がおかしいと思ってるってことは、 他にも同じ思いの人がきっといるはず。

 だから、一人でやろうと思わずに、どう連帯の輪を広めていくかが大事なんじゃないかなと思うんです。あれおかしくない? やっぱりおかしいよねっていう連帯を広めて、自分より上の立場の人に立ち向かうということも重要です。

 僕も動画を作って発信しているんですけど、全部一人でやってるわけじゃなくて、性暴力の当事者団体の方や、弁護士の方からお話を伺いながら作っています。僕は当事者じゃないし、何も知らないから、こういう言葉で大丈夫ですかねとか、俺がこう思うのはおかしいですかねとかやり取りしてからアップしています。

女性の生きづらさも男性の生きづらさも、根っこは同じ
――最近ジェンダーに関するトピックで議論を呼んでいるのが、小田急線で起きた傷害事件です。この事件は、「幸せな女性を殺したかった」「男にチヤホヤされてそうな女性を殺してやりたい」などと犯人が供述していると報じられたことから、フェミサイドではないか? という論争が起こりました。他方、一部のニュースなどで、「幸せな女性を殺したかった」という供述を「幸せな人を殺したかった」に差し替えて報道されたことも物議をかもしました。せやろがいおじさんはこの事件、またそれを取り巻く議論についてどのように感じられましたか?

 正直フェミサイドっていう言葉を初めて知りました。女性への憎悪が高まって、その感情に従って女性に対して殺人行為に及ぶというのはフェミサイドに他ならないというのが僕の見解なんです。

 一方でフェミサイドじゃないという意見もよく見ましたね。男性が狙われたらただの事件で、女性が狙われたらフェミサイドなの?という意見もありましたけど、正直めちゃくちゃ雑な切り取り方してるなと思いました。仮に幸せな男性を殺したかった、といって男性を狙った事件が起きたら、それはちゃんとフェミサイドの男性版のものと指摘されるでしょうし。女性の権利が迫害されたり侵されたことに声を上げたら口を塞ごうとする人がいるというのが改めて可視化された印象です。

 声を上げる女性やフェミニストに憎悪を募らせる人がネットには多いなと。僕はまとめサイトにかわいい猫画像を見るためにアクセスすることがあるんですが、いっぱい記事があるなか大概一つはフェミニスト叩きみたいなのがあるんです。

 フェミニストを揶揄して遊ぶものってPV(ページビュー)がとれる。まとめるほうは意図的にPVを上げるために煽って、その場にフェミニストを憎悪する人が集まる。それをたまたま目にした人たちが男女間の不均衡さとか、これまでフェミニズムによってどう社会に変化がもたらされてきたかっていう歴史をまったく知らずに、フェミニストってこういうヒステリックで、火のないところに煙を立てる、被害妄想のある人たちなんだと、そこで使われているフェミニスト叩きの言葉をぼんやりとインストールしてゆるやかにそれに加担していく。

 PVを稼ぐコンテンツとしてフェミニスト憎悪が使われていて、声を上げる人を封じにいっているというのは広告収入で利益を得るビジネスモデルの弊害が出ているなと思います。PVがとれるから、ユーチューバーもそこに手を出してしまう。例えばちくわさんっていうユーチューバーがフェミニストのモーニングルーティーンっていう動画を出していました。(そこで出てきたフェミニストは)そんなやついないだろっていう。フェミニストってやばいやつだからからかっていいんだってイメージで扇動しているところがある。

 その動画のコメント欄を見たら、やっぱりフェミニストを馬鹿にするような書き込みが多くて。PVや再生回数を稼ぐアイテムとしてフェミニスト叩きがあって、その層が着々と拡大していってると感じます。

――女性差別があるという現実を受け入れられない理由として「男性だって苦しんでいる」「女尊男卑な部分もある」という主張もあります。男性社会での生きづらさを引き合いにだし、女性差別を矮小化したり、認めない人もいるのが実状です。男女の不平等や、女性差別の解決に向き合いつつ、男性の生きづらさについても議論していくために、どんなことが必要だと思いますか?

 当然男性の生きづらさはあって、それを訴える意義はありますよね。でも俺たちだってつらいんだから(女性も)我慢しろみたいな、女性の生きづらさを“相殺するため”に、男性の生きづらさをぶつけるのは違うんじゃないかと感じています。

 女性の生きづらさも、男性の生きづらさも、根っこは同じで、ジェンダーバイアス・ジェンダーロールが原因。男はこうあるべき、女らしさってこういうものという。たとえば、男性は収入や社会的地位が必要で、家族を養わないとだめってジェンダーロールがあって、それができないと苦しくなってしまう。女性に対しては一定の年齢になったら結婚・出産するべきといった圧力がある。

 声をあげる女性に対して、「そんなことない」と透明化する必要なんかなくて。社会の中にあるアンコンシャスバイアスなど、生きづらさを感じている人の共通の課題として認識できたら変わっていきそうな気がします。

 ただ、男性側としては、今の社会には権力の勾配があって「男として産まれたことで特権を享受している」ということを、まず認識するプロセスを経ないといけないと思います。我々が生きづらさを感じるのは、ジェンダーロール・ジェンダーバイアスが原因という大前提をしっかり共有した上で、特権を享受してる部分はあるし、無自覚の加害をしてることもあるから、そこは自覚自省していこうよと。

――一方で、女性の中でもジェンダーバイアスを持って男性に接する人もいますよね。

 僕も昔女性に、年収500万以下は男性として見れないと言われたことがあります。当時は年収100万円くらいで、僕はいま生物学的になんなんだろうって思いました。男なのに女に奢らないのはおかしい、という意見もありますよね。男女問わず、そういうジェンダーバイアスには違うよねって、自覚を促していく必要があるんじゃなかなと思います。

――男性が、ジェンダーロールやジェンダーバイアスからくる生きづらさを解消していくために、どんなことが必要だと思いますか?

 一般化された価値観からどう解放されていくかが大きなテーマな気がします。高収入・高学歴・地位が高いことを「勝ち」として、多くの人がそれを求めている。社会的に価値があるとされるものを追いかけて、それが得られなかったら自分はだめだみたいな。否定されたような気持ちになることってあると思います。

 でも、よく考えたら自分自身がどうなりたいかあんまりよくわかんなかったりするんですよね。 たとえば、いくつまでに家庭を持って、お金を稼いで家族を守ってないと社会人として認められないという風潮があるから結婚するみたいな。自分のやりたいこととか、どうしたいのかとか、そこに向き合う作業があんまりできてないのかなと。

 一般化された相対的な価値観ではなくて、絶対的な価値観で生きられるようになれば他人の目を気にせず弱音を吐けたり、自分の心に従って動けるようになるんじゃないかなと思うんです。

 特に男性は社会的に価値のあるものを獲得しなければという圧が強いので、そういうものとは別に自分は何をやりたいのか、何が嫌なのか、何がつらいのかにもっと関心を持てるようになればいいですよね。自分の幸せを誰かに決められるってすごくいやじゃないですか。自分で決められるようにしたいなと。

――せやろがいおじさんは、男性として生きていく中でどのようなことが苦しかったですか?

 芸人として売れていない時代は、毎月ちょっとずつ消費者金融からお金を借りて、毎月自転車操業だったんです。当時は結婚できるイメージが全然わかなくて。子どもを大学卒業させるまでうん千万円かかるとか聞いたら到底子どもは授かれないし、結婚しても妻子を養えないし、だとしたら“男”としてプロポーズなんかできないなとか。無理ゲー感というか……でも、やっぱり結婚して子どもを生んで親に孫の顔を見せなきゃ、“男”としてどうなんだろうという思いもあって。

――今はそこから変化がありましたか?

 そうですね。せやろがいおじさんを始めたことで、借金生活は終わりました。でも、もっと早い段階で、一般化された価値観に従う必要はないと気付けてもよかったんじゃないかなと思うんですよね。社会にそんなに承認されたいか、お前はどうしたいんだと。自分がどうしたいのかちゃんとわかってたのかと、当時の自分に言ってやりたいですね。

――最後に読者にメッセージをお願いします。

 女性差別も性的マイノリティの件も、外国人へのヘイトも全部根っこは人権の問題です。ちゃんと人権感覚をもってそれぞれの問題を見ていけば、おのずと女性差別、女性蔑視の部分も無視はできないはずなので、まずは人権とか権利とかってめっちゃ大事だなっていうの改めて考えていく必要があると思います。

 最近、僕のやってるラジオで話題になったのが、「人権派」ってなんやねんっていう。人権が大切なのは当たり前なのに、人権派という言葉があるってことは、「無人権派」とか「反人権派」とか、人権を壊そうとする人がいるのかよって。人権ってこの社会を生きる誰しもに保証されているものだよねって、みんなが真顔で言えるような感覚を持っていかないといけないなと。

 世界的な大きな流れを見ていると、女性の権利をちゃんと守っていこうとか、男女平等にしていこうよとか、そういう考え方にどんどん進んでいっています。やんや言う人もいますけど、この流れは止められないだろうし、止まらないように、自分なりにやっていこうかなと思っています。