「就活セクハラの被害経験がある人の割合は25.5%」——今年4月に公表された厚生労働省の調査によって判明した。
同調査は2020年10月、2017~2019 年度卒業で、就職活動(転職を除く)またはインターンシップを経験した男女1,000人を対象に実施されたものだ。
受けたセクハラの内容は、「性的な冗談やからかい」が40.4%で最も多く、「食事やデートへの執拗な誘い」が27.5%、「性的な事実関係に関する質問」が26.3%と続いた。「性的な関係の強要」の回答も10%ほど見られている。就活等セクハラを受けた後の行動としては、「何もしなかった」が24.7%で最も高く、被害に遭っても一人で悩んでいる就活生も少なくない。
一方、約6400の従業員30 人以上の企業や団体に就活等セクハラに関する実施している取り組みについて尋ねたところ、「特にない」の回答が71.9%で最も多かった。
4人に1人の割合で被害に遭っている就活生がいるにもかかわらず、学生が十分に相談できていなかったり、企業側の就活セクハラへの取り組みも不十分であることがうかがえる。
就活セクハラの背景にどういった問題があり、就活生を守るためにはどうしたらいいのだろうか。労働問題に詳しい新村響子弁護士に話を伺った。
新村響子(にいむら・きょうこ)
旬報法律事務所所属。2002年、一橋大学法学部卒業。05年、弁護士登録。東京弁護士会所属。主な取り扱い分野は労働・離婚・相続・交通事故・医療過誤・損害賠償など。
7割の企業が就活セクハラの対策を何もしていない
2019年、改正労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)が成立し、事業主にパワハラ防止の啓発や相談窓口の整備などが義務化された。労働者として定義される保護対象には、正規非正規問わず雇用される者が含まれるが、就活生等は対象外となり、指針にて、労働者への対応と同様に配慮することが望ましいと示されるにとどまった。
この点、「努力義務が後に通常の義務になることは、法律制定の流れとしてあり得るもので、指針に含まれたことは一歩前進ではあります。しかし、これだけ深刻な問題が起きているなかで法的義務が弱いため、効果が極めて薄く、被害に歯止めがかかっていません」と新村弁護士は指摘する。
また、パワハラ防止法では事業主に対し、パワハラの予防・啓発、相談窓口の設置が義務付けられているが、保護対象に就活生が含まれていないことにより、就活セクハラに関しては企業が対策を行わなくとも、メディアで報道されるなど表に出ない限りは、企業が咎められることもない。
先述したように、厚労省の調査では、7割以上の企業・団体が就活セクハラへの取り組みを行っていない。「『望ましい取り組み』として掲げるだけでは、対策しない企業の方が圧倒的に多く、就活生を守るには不十分。保護対象に就活生も含めるべきです」と新村弁護士は強調する。
現状の法律は企業に対策を義務付けているものの、対個人に対してハラスメントを禁止・防止するものではありません。セクハラ・パワハラ・マタハラ……と分けるのではなく、ハラスメント自体を禁止する、包括的な法律の整備がなされるべきです。(新村弁護士)
新型コロナ流行以降、就活も形を変え、オンラインで採用試験が行われることも珍しくなくなった。しかし、オンラインにおいても企業の社員から「女の子らしい部屋だね」「立って全身を見せて」「恋人はいるの?」といったセクハラが行われることもある。
対面と異なり、オンラインの場合は録音・録画ができるので証拠を残しやすいです。証拠を残しておくことで、不法行為や損害賠償請求ができる可能性があります。法的に訴えることが、時間や手間からハードルは高い場合でも、社内規定により行為者の処分が行われることもあります。「これはセクハラかもしれない」と思ったら、証拠を残すようにしてみてください。(新村弁護士)
厚労省の調査では、就活セクハラ被害の経験がある割合は、女性より男性の方が多かった。被害内容の割合は、「性的な冗談やからかい」(40.4%)の割合が最も高く、続いて「食事やデートへの執拗な誘い」(27.5%)、「性的な事実関係に関する質問」(26.3%)の回答も多く見られる。
男性の場合、「恋人の有無」を聞かれたり、容姿への言及、「男のくせに」といった発言、「いい筋肉してるね」などと身体を触られたり、風俗に無理やり連れていかれたなどの被害を聞きます。そういった行為は“ノリ”として社会に根付いてきたものですが、学生はセクハラだと感じています。最近は男性からも「男性は男性らしくせよ」という規範に抵抗が示されたり、若い人を中心に意識の変容を感じられます。(新村弁護士)
加害者は権力を誇示し、支配関係を築こうとする
コロナ禍で就活の形態は変化が見られるものの、OB・OG訪問や個別の面談は対面で行われることがあり、そこで被害に遭ってしまう就活生もいる。最近はOB・OGと繋がるためのアプリも普及しているが、使用の際の注意点はあるのだろうか。
まず、使用するアプリが企業や大学の公認のものか、アプリ自体に就活ハラスメントの通報窓口があるかなど、アプリ自体が安全に使えそうか検討してみてください。また、アプリに限らず、就活セクハラの被害事例では、早期の段階で個人的な連絡先の交換を求められている人が多いようです。アプリのメッセージ機能や、就活用のメールでのやり取りがあるにもかかわらず、LINEなど個人的な連絡先を求める行為は本当に必要であるのか、慎重に判断したほうがいいでしょう。(新村弁護士)
加害者の手口についても聞いたところ、「自分の権力の誇示」「個人的な連絡先の交換」「プライベートな内容のやり取り」、そして「二人きりで会うことの提案」といった手順を踏んでくる特徴があるという。
「一次試験のあいつは俺が落とした」など、社内での自分の権力や評価が高いことを示す人は少なくありません。そうすることで、就活生に「抵抗したり拒否したりしたら、採用で不利になるのでは」という感情を抱かせ、支配関係の土台を築きます。しかし、一般的な企業では複数人で採用選考をするはずなので、一人だけの意見で決めることはありません。また、情報管理の観点からも採用に関する内部情報を就活生に話すのはおかしなことです。
また、個人的な連絡先を交換し連絡の回数が増える状況になると、「おはよう」「今何してるの?」「彼氏はいるの?」など一方的にプライベートな話をしてきたり、就活に関係のない私生活に関する話が増えます。こういった会話を通して、「自分に優しいか」「NOを言わなさそうな子か」を判断しているのでしょう。
その後、「二人きりで会おう」と誘ってきます。露骨に飲酒を伴う食事に誘ってくることもありますが、「資料を見せてあげる」などと口実を作り、ホテルや自宅に連れ込むこともあります。二人で会ってしまうと、無理やり性行為まで持ち込むパターンも多いので、夜の時間帯やお酒を伴う席で二人で会うことだけは絶対に避けてほしいです。
どうしても対面で会う必要があるならば、会社内のスペースや昼間の喫茶店など、常に自分が抵抗を示せる状況をおすすめします。また、就職を希望する企業の社員が「エントリーシートを添削してあげる」と言ってくることもあるようですが、そういった行為は採用において不公平であり、本来コンプライアンスとして問題となるはずなので、「おかしい」と思っていいポイントです。
「拒否したら将来がダメになってしまう」と思い込んでいる学生もいるのですが、そんなことはありません。先ほどお話したように、一人だけの意見で採否が決まることは、まずありません。むしろ、被害に遭って就活自体が怖くなってしまった人や、PTSDやうつを発症しているケースもあります。一生残る傷にならないように、断る勇気を持ってほしいと思います。
ハラスメントを受ける環境では、入りたい企業に入れたとしても、力を発揮できないと思います。地位関係性を利用し相手が断われない状況に追い込み、性行為をさせることは人格を侵害する行為です。健全な人格を維持できる職場環境かを見極め、自分の健康や人権を大事にしてほしいです。(新村弁護士)
「何が違反行為なのか」就活生や学校にも周知を
目の前の被害を防ぐ方法だけでなく、学生が安心して就職活動をできるよう、学校や企業も対策を講ずる必要がある。
現状、学校側の知識不足を感じます。実態や加害者手口などの情報を知り、相談窓口を設け積極的に学生の声を聴く姿勢でいることはもちろん、就活の中で起きるハラスメント事例と回避方法を、学校として学生に教えるべきだと思います。特に深刻な被害は、大学側から企業に抗議することも含めて、対策したり指針の作成がされるべきです。
大学側が学生に教えるノウハウを持っていない場合は、就活講座の一環として、弁護士に講座を依頼する方法もあります。数年前にブラック企業が注目を集めた際には、私の元にも大学からよく講演依頼がありました。
企業側は、「マッチングアプリの利用」「個人的な連絡先の交換」「一対一の飲食を伴う面談」「夜に会うこと」など具体的に禁止事項を定め、内部向けに注意喚起や研修をし、さらにその内容を対外的にも公表すべきです。というのも、就活生がその規則を知っていれば、被害の手前で違和感に気づけますし、違反行為に対し相談しやすくなるからです。また、就活生が措置義務の保護対象になった際には、企業が行っている就活ハラスメント対策を就活生や学校など、対外的に公表することも措置義務に含めるべきだと思います。
企業内セクハラでも、被害を受ける背景に社内の権力関係がありますが、就活生は採用する側とされる側なのでなおさら権力差が明確です。立場の弱い方から拒否を示すのが難しいのは当然で、企業は社員に「就活セクハラをさせない」という姿勢が求められます。(新村弁護士)
ここ数年、ハラスメント事件が表沙汰になれば、企業のイメージが低下するようになった。SDGsへの関心も高く、人権を尊重しない企業は評価されない流れが出来つつある。世間の意識を高めたり、「ハラスメントを許さない」という方針を示すことと、具体的にハラスメントから被害者を守るための規制と、両輪で進める必要があるだろう。
※性暴力被害に遭ったときの相談先
■性犯罪・性暴力被害者のための全国共通短縮番号「#8891」(はやくワンストップ)
発信場所から最寄りのワンストップ支援センターへつながる。最寄りのワンストップ支援センターの情報が知りたい場合は、こちらからチェックできる。
■各都道府県警察の性犯罪被害相談窓口の全国共通短縮番号「#8103」(ハートさん)
発信された地域を管轄する各都道府県警察の性犯罪被害相談窓口につながる。
■内閣府の性暴力のお悩み相談「Curetime」
毎週月・水・土曜日の17時~21時の間、チャットで相談ができる。
「Curetime」のTwitter:@curetime1
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