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昭和天皇の娘が「タバコ屋の看板娘」に!? 青年実業家と結婚したプリンセス、知られざる日常生活

 皇室が特別な存在であることを日本中が改めて再認識する機会となった、平成から令和への改元。「皇族はスーパースター」と語る歴史エッセイストの堀江宏樹さんに、歴史に眠る破天荒な「皇族」エピソードを教えてもらいます!

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――このところ、昭和時代の皇女にまつわる結婚事情についてうかがっています。前回は、昭和天皇の第3皇女、和子内親王のスキャンダルだらけだった結婚生活をお話しいただきました。

堀江 今回は、昭和天皇の第4皇女、順宮厚子(よりのみや・あつこ)内親王の結婚生活についてです。1951年(昭和26年)7月、厚子内親王(21)と、池田隆政さん(24)の婚約が発表されると世間は驚きました。池田さんは旧・岡山藩主の家系に嫡男として生まれた方で、世が世なれば「大名家の若様」です。

 しかし、池田さんはこの時すでに青年実業家として成功を収めていました。しかも彼が営んでいるのは牧場で、「皇女が岡山の牧場主に嫁ぐことになった!」ということでより大きなニュースとなったのです。

――牧場主がお相手ですか! 

堀江 厚子さんの父宮である昭和天皇は、池田さんを高く評価していたようですね。昭和天皇も学者として、動植物に興味が深い方でしたから。

 明治維新後の池田家は、居城だった岡山城のお堀の一部を埋め立て、造成した広大な土地を有していました。しかし、その中から1万坪を売って、戦後に課された莫大な財産税を支払わねばなりませんでした。所有権が残った、岡山市内の西北部・京山の斜面にある5,000坪の土地を使って、池田さんは自分の牧場を開くことにしたそうです。

――ムツゴロウさんの動物王国のようですね。

堀江 本当に。珍しい動物の飼育にまで手を伸ばしていたわけではないようですが、51年8月1日号の「アサヒグラフ」(朝日新聞社)によると、牧場にいるのは乳牛4頭、豚25頭、ヤギ12頭、鶏700羽あまり。鶏の卵から生まれた瞬間にヒナの性別を判別するためには経験で得たカンが必要なのですが、池田さんは24歳にして、それを体得していたそうです(笑)。さすが「人間より動物のほうが好きだ」と公言するだけの方ですね。

――趣味と実益を兼ね備えた人生を歩んでおられたのですね。素敵です!

堀江 「アサヒグラフ」のカメラマンが、池田さんをまるで“牧場のプリンス”のように撮影していますね。池田牧場で働く所員は10人、獣医が2人。経営、販売などすべてに池田さんは関わっていたそうです。ご自宅では犬だけでもセッター、シェパード、スピッツ、ポメラニアンなど10数頭を飼い、鳥もお好きで50羽以上飼育。しかも「増産した分は岡山のT百貨店小鳥売り場で」売りさばいて儲けを得ていたとか……。

――堅実でいらっしゃいますね~(笑)。頼もしいけど、自分だけの世界をもっておられる男性なので、そこに厚子さんが妻として入るのにはご苦労があったのでは?

堀江 池田さんは気遣いのできる、非常に愛情深い方だったようです。どんな証言よりもお金の使い方で、その人の価値観は見えてくると私は思うのです。池田さんたちは、牧場の敷地内に暮らしていたのですが、「裏の家の物干し」から、しかも見下ろすようにして厚子さんの生活風景が覗けてしまうことを避けるため、「ブードアール」を新築なさったそうです。

――ブードアール?

堀江 これはフランス語でいう“boudoir(ブドワール)”でしょう。ヴィヴィアン・ウェストウッドの香水の名前でも有名だけれど、貴婦人の寝室すぐそばのプライベート空間のことです。こういう言葉がサラッと出てくるあたり、池田さんは学習院出の貴公子だなぁと感じてしまいました。

 しかも、池田さんは昭和天皇が見込んだ男性なのですよ。実は宮内庁が選定した候補者は池田さんだけでなく、入江侍従長(当時)の51年1月の日記によると、徳川家の一族や、鍋島家の男性たちが候補になっていた中で、池田さんに決まったというのです。

――錚々たるメンバーの中で、ムツゴロウ的な池田さんが選ばれたのは意外です。

堀江 正式なお見合いは一度だけでしたが、それ以前に岡山に厚子さんが出向き、池田さんと会って、彼の牧場も見学するといったカジュアルな面会が一回ありました。厚子さんも乗り気でしたが、昭和天皇が池田さんこそ厚子さんにふさわしいと感じておられ、皇族会議も経ずに「即断」なさったそうです。昭和天皇も動植物に造形の深い方でしたから、ご自分と同じ学究肌のニオイを池田さんにもお感じだったのかもしれませんね。

――順調に始まったように思える厚子さんと池田さんの結婚生活ですが、その後はどうなったのでしょうか?

堀江 「週刊読売」(読売新聞社)53年7月19日号によると、厚子さんの結婚に際して支給された一時金は600万円ほどだったそうです。ただ、これも和子内親王の場合と同じように、あくまでお手元に置いておくお金として扱われ、事業に使われるようなことは一度もなかったそうです。ちなみに池田さんは、岡山の菓子メーカー「カバヤ」に動物園のスポンサーなどになってもらっていますね。

――厚子さんも池田さんのお仕事を手伝ったりしていたのですよね?

堀江 はい。先程紹介した、「週刊読売」の記事には「タバコ屋の看板娘になった厚子姫」とも書かれていますね(笑)。53年の時点で、池田さんは牧場とは別に「池田産業動物園」もオープンさせています。この動物園のお土産屋で厚子さんの売るタバコが、大人気商品だったのです。

――かつては皇室が功労者をねぎらう目的で贈っていた“恩賜のタバコ”というものがあったそうですね。禁煙ブームで2006年に廃止されてしまったのですが。

堀江 当時、厚子さんが売っていたのは特に菊の御紋が入ったタバコというわけでもなかったのですが、それでも大人気だったのだから面白いものですよね。

 厚子さんは59年4月5日の「週刊読売」でインタビューに応じ、「別に東京が恋しくもありませんので、すっかり住みついてしまったといえましょう」と、「ぽつぽつと言葉少なげに」語っておられます。大変なことといえば、動物相手の仕事なので、池田さんだけでなく、厚子さんも予定が立てづらい生活が続いていたそうです。「タバコ屋の看板娘」以外にも、牧場や動物園の仕事に厚子さんが関わっていた空気が感じられますね。ちなみに厚子さんは歌手の島倉千代子の大ファンでした。

――池田さんとのご夫婦仲はよかったのですか?

堀江 はい。池田さんの厚子さんに接する姿勢は「皇女とて同じ人間」というものでした。ただそれゆえか、動物園内の土産物屋での仕事も、なかなか大変だった模様です。寒い時期の厚子さんの両手は「ヒビ、アカギレでいっぱい」だったとか。冬でも暖房がほぼない状態で、店内には火鉢がひとつあるだけ。しかし、厚子さんが店に立つと売り上げはグンとあがりました。

 59年頃になると、すでに動物園には閑散期である冬の休日1日で5,000人を超える入場者があったそうです。行楽シーズンでは、その倍以上の入場者数を誇りました。それには「厚子さんに会えるかもしれない!」というお客さんもたくさん含まれていたことでしょう。

――厚子さんと、ほかの皇室の方のご交流は続いていたのでしょうか。

堀江 機会あるごとに、東京の両陛下のおられる東京へ、厚子さんはお出かけになっておられたそうです。また皇族がたが岡山に公務でいらっしゃる時は、厚子さんがエスコートなさるということもしばしばあったそうです。63年(昭和38年)、厚子さんは敗血症で岡山大学病院に入院していたことがあるのですが、当初、公務が忙しくてお見舞いにいけなかった天皇皇后両陛下が、少女時代から厚子さんがお好きだったスープを、宮中の大膳部のシェフに作らせ、それを魔法瓶にいれて侍従の手に託した、という記事もありますね(「ヤングレディ」63年10月7日)。

 その後、厚子さんのもとに両陛下が「おしのび」で岡山までお見舞いにおいでになるのですが、この時ばかりは、娘として両陛下に厚子さんが甘えるところが目撃されています。「とくに恋しくない」と口ではおっしゃっていても、寂しさはあったと思いますね……。

――昭和天皇のお子様の中で、地方在住は厚子さんだけでしたよね?

堀江 そうなんです。この時、厚子さんは無事回復に向かわれます。しかし、今度は88年(昭和63年)、昭和天皇の容態が急変すると、厚子さんは動物園の事務所で記者会見した後、池田さんとともに上京するのですが、この時も心配で眠れなかった……とおっしゃっていました(「週刊読売」88年10月9日)。

 なお、厚子さんはちょうどこの年、88年から、伊勢神宮祭主の職を引き継がれています。2017年に黒田清子さんに“バトンタッチ”するまで、その仕事を長く続けておいででした。これは最近のことですから、覚えておられる読者も多いでしょう。

――はい。清子さんの前に長く務められていたお方だったんですね。

堀江 ちなみに実は女性祭主は厚子さんで3人めでした。他家に嫁いだ(元)女性皇族の職務の一つのように感じている方もいるでしょうが、比較的新しい伝統です。

 現在、厚子さんは90歳になられています。池田さんが2012年に亡くなった後も池田動物園の伝統は続いていますが、コロナ禍ということもあって入場者が減少してしまい、経営が苦しいと報じるニュースを目にしました。昭和の空気が残っている貴重な場所になっているようなので、お近くの方は訪問してみてはいかがでしょうか。

 

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