• 日. 12月 22nd, 2024

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女性の幸せは「不当」なの?/愛情は素晴らしいが、すがって生きるものではない/差別心は「親しみ」の裏返し【サイ女の本棚】

 ここはサイゾーウーマン編集部の一角。ライター保田と編集部員A子が、ブックレビューで取り上げる本について雑談中。いま気になるタイトルは?

◎ブックライター・保田 アラサーのライター。書評「サイジョの本棚」担当。一度本屋に入ったら数時間は出てこない。海外文学からマンガまで読む雑食派。とはいっても、「女性の生き方」にまつわる本がどうしても気になるお年頃。趣味(アイドルオタク)にも本気。

◎編集部・A子 2人の子どもを持つアラフォー。出産前は本屋に足しげく通っていたのに、いまは食洗器・ロボット掃除機・電気圧力鍋を使っても本屋に行く暇がない。気になる本をネットでポチるだけの日々。読書時間が区切りやすい、短編集ばかりに手を出してしまっているのが悩み。

女が連帯し、“不当に”幸せになる『わたしたちに手を出すな』

ライター保田(以下、保田) 私がまずオススメしたいのは小説『わたしたちに手を出すな』です。8月の小田急線刺傷事件に静かに傷つく女性が多いなか、ちょっと無茶な展開でも女性が幸せになる作品を紹介したいなと。

編集A子(以下、A子) 8月6日に起きた、東京・小田急線の車内で男性が乗客を切りつけ、10人が重軽傷を負った事件ですね。「幸せそうな女性を見ると殺してやりたい」「男にチヤホヤされてそうな女性を殺してやりたい」といった供述も注目されました。

保田 容疑者の発言や、その後のネットの反響の一部には、容疑者に共鳴するかのように、「女性は楽をして幸せを得ている」「不当に得たものだから奪われてもいい」という認識が透けて見えるものもあり、こんなにも見える景色が違う場所から言葉を探らなければならないのかという絶望を感じました。『わたしたちに手を出すな』は、現実に起こりえないような展開もある“THEエンタメ”な作品ですが、「女性の幸せは不当である」という世界観に、はっきりと「NO」を突きつけている作品でもあると思います。

A子 あらすじを読みましたが、「夫を亡くした女性リナが、近所の男性に力ずくで性交渉を迫られ、とっさに灰皿で殴ってしまう。『殺してしまった』と思い込み、娘の元に駆け込むが……」って、初めから嫌な予感がしますね……。

保田 その序盤からは想像できないほど、雪だるま式に話が大きくなっていくんです。60歳のリナと孫娘のルシア、ルシアの隣人でリナと同世代の元ポルノ女優ウルフスタインが行きがかり上団結し、マフィアの殺し屋ら男たちから逃げることになる、クライム・ロードムービーのような作品です。

A子 序盤のあらすじや、女性を軸にしたロードムービーという要素が、名作『テルマ&ルイーズ』(1991年)を想起させますね。

保田 『テルマ&ルイーズ』のラストを知っている方なら、私が今こそこの小説を薦めたくなった理由がより伝わるかもしれません。そこかしこに散りばめられた女同士の友情も本作の特徴ですが、もうひとつ、他人からの愛情・関心によって救われようとする登場人物が、ことごとくその期待を裏切られる点も印象的です。リナに迫った男、娘の愛情に期待したリナ、会ったこともない実父へ思いを募らせるルシア……「恋人や家族の愛情は素晴らしいが、すがって生きるものではない」というメッセージが、形を変えて何度も提示されています。

A子 展開を楽しみつつ、精神的な自立を後押しする話でもあるんですね。

保田 原題「A Friends is a Gift you Give Yourself」が示す通り、友情を大事にしつつ、誰かに依存せず生きるウルフスタインたちが痛快で、「実際こうはいかないよ」とは思いつつ、一息で読める1冊です!

保田 小説は直接社会を救うことはできませんが、他者に少しでも何かを伝えたい時に必要になる想像力を養うためにも、必要なものだと思います。というわけで、今回はもう1冊も、小説『短くて恐ろしいフィルの時代』をおススメしたいです。日本では2011年に出版され、8月に文庫版が発売されました。

A子 17年ごろ、本作訳者である岸本佐知子氏がSNSで紹介したことで、話題になった覚えがあります。

保田 国民が1人しか入れないほど小さい「内ホーナー国」と、巨大な「外ホーナー国」を中心に、牧歌的な雰囲気が漂うおとぎ話のような文体でつづられる小説です。登場人物の体は植物や機械などからできていて、造形が独特なので、読者が頭の中で想像する形も色彩も、一人ひとりかなり異なると思います。

A子 同じ作品を読んでも、それぞれ全く違うビジュアルを想像して楽しめるのは読書の醍醐味ですね。その概要を聞くと、かわいらしい話にも聞こえます。

保田 朴訥とした雰囲気のまま、外ホーナー国から内ホーナー国への弾圧が始まり、独裁者フィルを中心に過激化し、独裁国家となる一部始終が描かれます。詩的な世界観の下で、異質な他者は弾圧してよいと結論付ける人々の滑稽さを風刺するというミスマッチさが、この本の魅力を深めています。他人を見下す差別心の萌芽は、「自分に似ている人を親しく思う」という、誰でも持っている自然な心理の裏返しであることが明確に指摘されていてぞっとしました。

A子 抽象化されているからこそ、国を超えて響く強度のある作品になっているんですね。独裁者を歓迎する心理や差別心も、人ごとではなく自身含めて誰の心の内にあるもの――と、言うのは簡単ですが、実際自覚するのは難しい……。

保田 最終的には「創造主」が世界をリセットしてしまうので、『短くて恐ろしい~』で済みますが、国内を見ても世界を見ても、現実では『“短くはない”恐ろしいフィルの時代』が生まれる素地はどこにでもありうると感じます。
(保田夏子)

 マフィアのボスだった夫を亡くし、静かに生きていた老女リナ。言い寄ってきた近所の男性老人を「殺してしまった」と思い込み、娘の元に駆け込んだが冷たく追い返され、途方に暮れていたところを見かねた隣の家の同年代女性・ウルフスタインが手を差し伸べる……。「老女×老女×少女」による逃避行サスペンス。2019年の「アマゾン・ベスト・ブック」に選ばれ、フランスでも「Transfuge」誌の「最優秀翻訳スリラー賞」を受賞。

 『リンカーンとさまよえる霊魂たち』でブッカー賞を受賞したジョージ・ソーンダーズが生みだした、「大量虐殺」を主題にしたおとぎ話。国民が一度に一人しか住めない小さな国と、その国を囲む大国を巡る物語。熱狂的だが何も言っていない演説で民衆に訴える独裁者、その権力に寄生し甘い汁を吸えればよい側近たち、定型句で大衆の興味を煽るマスメディア、問題から目を逸らして団結できない小国……ユーモアと風刺をこめて、現代社会が抱える困難を炙り出す。

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