「美人は得だ」。思えばかなり幼い頃から、それが世の理だと思って生きてきた。今となっては正常な状態であるとは到底思えないけれど、私と同じような人が大多数ではないだろうか。
韓国のアニメーション映画『整形水』は、醜い外見のせいで何もかもうまくいかないと思い込んでしまった女性の戦慄の体験を描くホラー作品だ。昨今、メディアでも多く取り上げられるようになったルッキズム(容姿による差別)の典型的な事例の数々を盛り込んで問題提起しており、その切実さ、おろかさ、そして虚しさに背筋が寒くなる。
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主人公は人気タレント・ミリを担当するメイクアップアーティストのイェジ。子供の頃はバレエに打ち込んでいたが、“見えない壁”のせいで挫折した。容姿差別による偏見という壁である。自分が醜いために大会で優勝できなかったと思い込んだイェジは、強いコンプレックスを抱いて大人になった。
日ごろのストレスを食べることで解消する現在のイェジ。そんな彼女のぽっちゃりした体型を、傲慢なミリはバカにする。帰宅すると、ストレスでジャンクフードを無茶食いしながら、ネットへの誹謗中傷の書き込みに熱中。ものすごい負の感情のトルネードから抜け出せず、ミリへの恨みも爆発寸前だ。
そんなある日、ミリが出演するダイエット商品の通販番組に新人俳優のジフンがキャスティングされ、控室に挨拶にやって来る。ハンサムで高学歴、さらに自分の顔のパーツを褒めてくれた彼に、イェジは一遍で魅了される。
その日の収録で料理を食べる予定だった参加者がドタキャンし、イェジは急遽、ピンチヒッターとして出演することに。しかし、彼女が食事をする姿がネットに悪意を持って晒され、誹謗中傷の的になってしまう。
引きこもりになった彼女のもとに届いたのは、巷で話題の「整形水」のサンプルだった。しばらく顔を浸せば、思い通りの顔に“整形”できるという謳い文句の奇跡の水だ。美しくなりたい。その一心で整形水に顔をつけたイェジは、“理想の容姿”を手に入れる。
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途端に、これまでイェジに冷たかった人々の態度は急変。皆が自分を好意的に見てくれる。認められることに快感を覚えたイェジは、ソレと名前を変え、新しい生活を満喫するのだが……。
他者を基準にした美しさや成功の問題点
イェジは、自分の美点を知らない女性だ。コンプレックスにさいなまれ、自分と向き合うことができないまま大人になったのかもしれない。ジフンに顔のパーツを褒められて舞い上がるエピソードが印象的だ。母親にそのことを話しても、「気がつかなかった」とキョトンとされる。本人も、一番身近にいるはずの母親も、イェジを見ているようで、見ていない。それを端的に示唆する場面である。
他者を基準にした美しさや成功を追い求めると、大事なものを見失う。うまくいかないことの原因を自分の中に見出だせず、他者に責任を転嫁し、積もり積もった不満を誰かへの恨みへと変えていく。イェジはそんな自分への認識のゆがみが生んだ悲しいモンスターのようである。
自分の価値が分からず、他者の物差しを自分の物差しにはき違えてしまう人が多いというのは、特に若い女性を見て日常的に感じている。
筆者は摂食障害を経験したことがあるのだが、当時は自分に対する認識がゆがんでいたと思う。人より劣っているという感覚が無意識のうちに根付き、「自分ほど醜い女はいない」と信じていた。人からいくら「そんなことないよ」と言われても、そう思い込んでいるのだから慰めにもならないのだ。普段はそんな感情をおくびにも出さず暮らしてはいても(それだけ体面を保ちたかったのだろう)、とにかく自己肯定感が低く、ストレスから普通に食事がとれなかった。
昨今「ボディ・ポジティブ」という言葉がよく聞かれるようになった。非常に素晴らしい傾向だとは思うものの、実践しようとすると、これがなかなか難しいのである。
コンプレックスというのは、そう簡単になくならない。「ボディ・ポジティブ」でいられるのは理想だけど、ポジティブになれなくても仕方がないと思っている。美しさを追求することも、それが浅はかなのかといわれると、そんなことは全然ない。美容やダイエットに励んでもいいと思う。大切なのは、自分に向き合い、コンプレックスを見つめ、それとどう折り合いをつけて行くかだ。
私の摂食障害は、仕事に手応えを感じられるようになると改善された。自分のやりたいことや出来ることを見つけようとする余裕が生まれ、自分を認められると、容姿はさほど気にならなくなった。今はコンプレックスも含め心身を健やかに保つことを考えるのが楽しく、健康・美容関連の記事や書籍を読むことも大好きで、むしろそっちのオタクにならないか心配している。
脱線したが、『整形水』の話に戻る。醜い容姿のせいで誰からも愛されないと暗いトンネルの中にいたイェジ。果たして、本当にそうだったのだろうか? イェジが見逃していたもの、失ったものは何なのか? 映画は第三者の視点で、冷徹にそれを提示する。彼女の行きつく先は、映画を見て確認してほしい。テイストとしてはホラー映画であるが、気づきがたくさん得られると思う。
2021年9月23日(木・祝)全国公開
原作:オ・ソンデ(LINEマンガ『奇々怪々』内「整形水」)
監督:チョ・ギョンフン
提供:トムス・エンタテインメント
配給:トムス・エンタテインメント/エスピーオー
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公式サイト: seikeisui.jp /Twitter:@seikeisui