• 日. 12月 22nd, 2024

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明日あなたが被害にあうかもしれない

仲良し姉妹の「3世帯同居」、母の介護も「妹と協力していけば大丈夫」と思っていたが……

“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。

これまで老親の「ヨロヨロ・ドタリ」期に変わっていった親夫婦、親子の関係を見てきた。今回は姉妹の関係をご紹介したい。

父は敵。母と姉妹の結束が固くなった理由

 川原路子さん(仮名・53)と妹の由美さん(仮名・50)の仲の良さは、周囲からもうらやましがられるほどだった。これは、複雑な家庭環境も影響していた。

 路子さんの父親は、路子さん姉妹が学生時代から浮気相手のところに行ったっきりで、家庭を顧みることはなかった。そういうわけで、路子さん姉妹と母親はずっと女3人で助け合いながら暮らしてきた。

「父という“敵”がいたから、私たちの結束が固くなるのも当然だったと思います」

 その後、路子さん姉妹が結婚して家を出たあと、ようやく両親は離婚。父親は浮気相手と再婚した。

「母は私たちが結婚するまでは、形だけでも父と夫婦でいて、結婚式で私たちに肩身の狭い思いをしないで済むようにしてくれました。私たちが家庭を持って、もう戸籍上だけの父親はいなくても大丈夫ということで離婚したんです

 母親は離婚の際、それまで住んでいた家と土地をもらった。しばらくそこで母親は一人暮らしをしていたが、由美さんが離婚して実家に戻ってきた。路子さん家族は賃貸マンション暮らしだったため、母親の土地に3階建ての家を建てて3世帯一緒に暮らすことにした。

「妹はシングルマザーで仕事と子育てが一人では大変です。だからみんなで住めば昔のように互いに助け合いながらやっていけると思ったんです。ありがたいことに私の夫も賛成してくれました

 1階に母親が、2階に路子さん家族、そして3階に由美さんと子どもが住むということにはなっていたものの、夕食は全員でとり、そのまま団らんということも多かった。路子さんにとっては居心地の良い、そして理想的な3世帯同居だった。由美さんにとってもそうだったはずだ。少なくともそのころまでは。

 そんな関係が壊れたのは、2年ほど前に由美さんが再婚したころからだ。由美さんの再婚相手は由美さん宅で暮らすことを受け入れはしたが、路子さんや母親とは一定の距離を取った。路子さんや母親、由美さんのそれまでの生活を考えれば、そこに入り込むのは確かに難しいことだっただろう。

 だが、みんなで食事をする機会が減るにつれて、路子さんにとっては由美さんまで自分たちから距離を取り始めたのではないかと思うようになった。

「はっきり言えば、母に介護が必要になっても、妹と2人で協力していけば大丈夫だと思っていました。そんな将来設計が、妹が再婚したことで微妙に崩れてしまったように感じたんです」

 というのも、由美さんの再婚前後から母親の物忘れがひどくなっていたのだ。路子さんが、母親の介護が現実的になったと覚悟していたときに、由美さんは再婚によって母親の老いに無関心になり、新しい家族のことしか考えていないのではないかという不満が生まれた。

 路子さんの性格も不安に拍車をかけた。

「私は先々のことまで考えて、計画的にものごとを進めていきたいタイプ。ずっと父が不在だったので、長女としての責任も大きかったのでそうならざるを得なかったというのもあります。それに対して妹は末っ子らしくのんびり屋。それでも妹が再婚するまでは、私たちの性格が正反対でもうまく役割分担しながら回っていってたんです」

――続きは10月10日公開

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