• 日. 12月 22nd, 2024

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マルチ商法にハマる女の“欲望”とは? 700万円もの借金を背負った著者が見た、マルチの闇と気味悪さ

WEZZY「スピリチュアル百鬼夜行」より

 これまでの人間関係を焼き払っていくマルチ商法に、正直線引きのよくわからない疑似科学的なもの。育児周りのアレコレや、美容に健康、環境問題……。さまざまなジャンルに怪しいものが限りなく混ざり合い、渡る世間は沼ばかり。秋の夜長に本を読もう! という呼びかけに便乗し、当連載ではぜひ「沼をめぐる物語」を推していきたいと思います。今回セレクトした3冊で紡がれる物語は、誰もが無関係の異次元ではありません。もしかしたら、明日の自分の姿かも……。

女がマルチにハマる理由。承認欲求肥大化時代に読みたい一冊

 マルチ商法とスピリチュアル商法は、双子のようによく似てる。小説『マルチの子』(西尾潤/徳間書店)を読み、これまでも耳にしていたマルチ商法の闇をじっくり追体験させられると同時に、それをしみじみ感じました。

 劣等感や孤独や不安。なかなか得られない自己肯定感。そして今の時代、大いに刺激される承認欲求。多くの人の抱えるそうした闇を絶妙に料理して、魂を奪いにやってくる。

 本作の主人公・真瑠子は地味で目立たない、独身女性。それぞれの才覚で上手に生きる姉妹に囲まれ、家庭内でも安らげず孤独や苛まれていたところ、たまたま出会ったマルチの世界で持ち上げられ、何者かになりたい気持ちが煽られていきます。

 大規模なイベントのステージでスポットがあたったり、マルチ雑誌でインタビューさせたり、会員からは「今注目の!」と羨望の眼差しを向けられたり。そしてドル箱イケメンプレイヤー(あくまでマルチ界隈というのがミソ)から目をかけられる、優越感。日本全国に同士はいるものの、閉ざされた世界で繰り広げられている特殊な感じは、これまで聞いたスピリチュアル教祖様に振り回される信者たちのそれと、そっくりじゃあないですか。傍からみると滑稽で悲しくても、当人たちは一生懸命なところも、シンクロしまくり。そして華やかに見える水面下で、悲しいかな夢ごごちになりきれない、懐事情も……。

 社会から転落していく物語は宮部みゆきの代表作でもある『火車』など数あれど、マルチ商法という舞台の気味悪さは格別でした。嘘の多さと比例して、ポジティブ&クリーンなイメージを前面に押し出してくる点が、実に薄気味悪い!

 タイトルコールは、物語ラストに現れます。マルチの子とは何なのか。冴えないハズだった主人公の本当の武器とは。作者のデビュー作『愚か者の身分』は社会からつまはじきにされてしまった人たちが、短絡的な思考から落ちていくミステリーでしたが、本作は純粋な気持ちが沼の養分となってしまうという切なさが漂っています。

 本作は、著者が実際にマルチにハマり、700万円もの借金を背負ってしまった体験から描かれているのだとか。さらに詳しい話は、トークイベントで聴くことができますので、マルチ沼にご興味のある方は乞うご期待!

トークイベント「呪われ注意報:『マルチの子』作者がアノ世界の“表と裏”、明かします」

開催日:10月3日(日)
時間:15時開演(14時半開場)/17時終演予定
場所:LIVE STUDIO LODGE(ライブスタジオ・ロッジ) 東京都渋谷区代々木1-30-1 代々木パークビルB1
料金:アーカイブ配信付き/1,800円、アーカイブ配信なし/1,300円(どちらもワンドリンク制)

★チケット購入はこちら★

 私は基本、今の時代の科学を信じ、都市伝説レベルの迷信(特に育児周辺)や古い価値観とは距離を置きたいと思って暮らしています。ことにデジタルの進化はすごいですよね。アレクサは呼びかけるだけで電気は消すわ消耗品を注文するわ、義実家とのビデオ通話もつないでくれる。スマホはメッセージの着信や天気予報を教えてくれ、遠方の友人とのコミュニケーションにも欠かせない。使ったことはないけれど、女性の体の悩みをテクノロジーで解決しようというフェムテック分野では、オーガズムのデータを可視化できるバイブまであるというではないですか。いやあ、俺たち未来に生きてるな! スマホに育児をさせないで? そんなの程度の問題でしょ~よ。昨今の知育アプリとか、大人がやってもほんっと面白いですよ。

 でももし、このデジタルライフがさらなる速度で普及したら? 使い分けだのバランスだのと言っている隙もないほど生活のすべてが埋め尽くされ、国策となり、教育も何もかもデジタル一色に。近い未来に実現してもおかしくないそんな世界を、ディストピアとして描いた小説が『あなたにオススメの』(本谷有希子/講談社)です。

 近代社会に生きる人はほぼ全員、この作品で絶望の淵を見る羽目になるんじゃないでしょうか。近代社会から隔離されて生きるアーミッシュやその他の宗教コミュニティの人たちなら、私たちは安全・安心! と心安らかに読めるのかな。

 新生児のうちから極力デジタル漬けにして、個性や多様性は一斉排除。すべてを均一化するのが望ましいとされている世界で、デジタルには一切触れさせず、自然を重んじて学ばせる教育機関が出てくるのも見どころです。そして、急激に進んだデジタル社会を受け入れない異分子として登場するママ友はそれに賛同し、入学説明会に行くものの「ここで育った子供は将来デジタル社会で生きていかれるのか?」という疑問にぶち当たる。ああ、現実世界でも、特殊な育児をしている家庭をみると100%これ思うわあ……。今の時代に順応するのが正しいのか。信念を貫くのが正しいのか。

 社会が変容していくこれからの時代をデフォルメする本作は、科学信者と自然信者、それぞれの歪みを考えさせる傑作です。

 科学至上主義である主人公が家電を扱う大手メーカーに転職し、マイナスイオンドライヤーの担当になってしまった!? そんなあらすじがすでにタイトルで説明されている『科学オタがマイナスイオンの部署に異動しました』(朱野帰子/文藝春秋)は、重い話は読みたくない! という心境の人にもオススメできる一冊。

 現実世界でも私たちの生活のなかで、いろいろな製品に搭載されている「マイナスイオン」。これはひと昔前「健康にいい化学物質」として謳われてブームになったものの、その後「そのような効果はない」と指摘され、疑似科学(科学っぽく装った偽物)リストの定番である存在です。ちなみに現在大手メーカーはマイナスイオンという名称を変更し、手を変え品を変え、似たようなものを出しつづけているのですが(そして私もその後登場した「ナノイー」という機能が搭載されたドライヤーを使っております)。

 疑似科学を正面から「馬鹿か」と否定する主人公には、科学絶対主義者としての姿だけでなく、仕事をするうえで遭遇する矛盾や葛藤、正義感なども垣間見ることができ、働くすべての人に深く刺さりそう。そして科学の子である主人公をとりまくのは、助産師のアドバイスなど非科学的な世界を鵜呑みにする姉。優秀な科学者である親友。主人公と同類であるハズなのに、姉が与えるパワーストーンを受け入れる末期がんの父。消費者たちの反応。それらのあいだで走り回る主人公と一緒に、「人の心に寄り添うすべ」のヒントを教えられます。深く刺さってちょっと泣ける、エンタメ小説です。

山田ノジル
自然派、エコ、オーガニック、ホリスティック、○○セラピー、お話会。だいたいそんな感じのキーワード周辺に漂う、科学的根拠のないトンデモ健康法をウォッチング中。長年女性向けの美容健康情報を取材し、そこへ潜む「トンデモ」の存在を実感。愛とツッコミ精神を交え、斬り込んでいる。2018年、当連載をベースにした著書『呪われ女子に、なっていませんか?』(KKベストセラーズ)を発売。
Twitter:@YamadaNojiru
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※当記事は9月21日WEZZY初出の記事を、一部再構成して掲載しています。

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