日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。10月3日の放送は「母と息子のやさしいごはん ~親子の大切な居場所~」。
あらすじ
東京大学がある文京区本郷。2020年1月、この地に開店した小さな定食屋「菊坂のやさしいごはん」は開店直後からコロナ禍に見舞われ、客足は伸びず赤字続きだ。定食屋は料理担当の息子・大貴27歳と、接客担当の母・貴美子63歳の親子二人で切り盛りしている。
大貴は幼いころ、成績優秀で将来は弁護士になると夢を語っていたが、中学生で突然、不登校になってしまう。理由を話したがらない大貴を前に、貴美子は自分の育て方に問題があったのかもしれないと大貴を厳しくしつけたこともあったという。
原因のわからない日々が続いたが、精神科を受診した大貴はアスペルガー症候群(発達障害のひとつ)の疑いがあると診断される。大貴が記した当時の日記と思われるノートには「学校へ行くとクラスの冷ややかな視線、家へ帰ると親の冷ややかな視線」と心境が記されていた。
大貴は15歳以降は学校に行っておらず、自宅で引きこもっていたが、初めて作った料理を貴美子に褒められたことで料理人になろうと専門学校に通う。大貴を一番近くで見てきた貴美子は、神楽坂で経営していた自分の料理屋を閉め、息子を支える。
しかしこだわりの強い大貴は、一般的に飲食店において「食材の原価は値段の3割」が目安と言われる中、980円のアジフライ定食に一匹200円のアジを2匹使うなど採算度外視の仕入れをする。都心の店舗の家賃もひと月20万円と重い。
貴美子は店を開くために娘(大貴の姉)から借金もしていたようで、返済する様子も放送されていた。81歳で現役歯科医師でもある父・充明の稼ぎも、定食屋の運営に補填されていたと思われる。
しかし、頼りの充明の歯科医院もコロナ禍により患者が減少。定食屋は1日も客が来ない日もあり、貯金はいよいよ底をつく。次回の家賃更新のタイミングで、店を閉めることを貴美子は充明に告げた。
しゃべらない息子と息子の世話を焼きすぎる母
今回は、「私がいないと、あの子は無理だから」と息子の世話を焼きすぎていた母親が、「今度はパパもママも助けてやれないよ」と息子に話すまでに至る、母親の変化の話だったように思う。
息子・大貴はとにかくしゃべらない。大貴が「可能性あり」と診断されたアスペルガー症候群は社会性・コミュニケーションにおいて困難を抱える障害であり、「自分の考えを話すこと」への抵抗は相当なものなのだろうと想像する。
貴美子が買い出しでちょっと店をあけただけでも、大貴はその間にもし客が来てしまったらどうしよう、と明らかに動揺していた。
そしてしゃべらない大貴の分、貴美子が大貴役まで引き受けて、しゃべりにしゃべっているように見えた。さらに貴美子は、大貴には甘いが、ほかの家族(夫、娘)の意見はほぼ聞かない。
本郷は家賃がかかりすぎるから、もっと安いところに移転したほうがいいのでは、という娘(開業資金を貸している)のもっともな意見も一蹴。おそらく、店の運営費を出しているであろう高齢の夫・充明の、大貴に相談できる相手でもいてくれたら安心して死ねる(要は、彼女でも見つけたら)、という意見も、貴美子は大貴でもないのに「大貴は女の人に興味がないの」と返していた。
貴美子も、大貴を不憫に思ったり、なんとかしなくてはという思いが口から出ているのだろうし、また、自分が一番大貴のことを理解しているし一番面倒を見ている、という自負があるからこそ、ほかの家族の正論を腹立たしく思うのだろう。
だが、この様子を見ていて思い出すのが、先週(9月26日)放送回の「ちょっと心配な家族がおりまして……」の家族のことだ。
先週の放送は、発達障害でなく精神障害の家族がいるケースだったが、家族だけでなく行政の力も頼る姿が映っていた。障害を持つ本人が、支援団体から就職先を紹介してもらったり、本人の金遣いの無計画さを心配する家族に、福祉関係者は「家族が(解決するって)言うってよりは、医療(の分野)になってくるんです」と訪問看護師を頼ることを勧めていた。
この発言は、「家族でなんとかしようとせず、行政や医療という第三者に頼ったほうがいい(≒家族内でなんとかしようとしても、かえってうまくいかないこともある)」ということなのではないだろうか。
先週の家族は、本人も周りも第三者とつながっているが、今週のケースは家族しか出てこない。定食屋が立ち行かなくなったのは「第三者」の目線がない、「家族でなんとかしよう」が悪い形で出てしまった結果のように思う。
家族会議で充明はもっともなことを言っているのだが、貴美子がそれに聞く耳を持たないし、大貴は固まったままなので、会議になっていないのだ。
定食屋の開店のタイミングとコロナがほぼ重なってしまったのは不運なことだったと思う。ただ、コロナがなくても飲食はもともと多産多死型の非常にシビアな業界だ。980円のアジフライ定食で、アジの仕入れだけで400円になってしまうことにまるで危機意識を持っていないように見える大貴と、本来はそれにブレーキをかけるべき立場なのに、まるで止めない貴美子。
貴美子は金勘定という経営の心臓を見て見ぬふりをしてズルズル来てしまっているように見えたし、大貴に至ってはその意識も希薄なように見えた。
充明が家族会議で話していた「いろいろ(母親が決めないで)選択肢を」という言葉が、これから大貴が生きていくためにかみしめた方がいい言葉のように思える。「引きこもっているよりは」「雇われて働くのは難しいだろう」という思いから貴美子は大貴に店を持たせたのかもしれないが、番組の最後で貴美子は、事前に障害があることを伝えたうえで、雇われて働く選択肢もあるのではないかと話していた。さすがに今回、金がかかりすぎたという反省があったのだろう。
一方の大貴は番組の最後で、いずれは自分の店を持ちたいと話し、近隣の空き店舗を探すなど「飲食店オーナー」を諦めきれてない様子に見えた。コロナは本当に不運だったと思うが、この店が立ち行かなかったのはコロナだけのせいではないし、金は湧き出てくるものではなく親が工面したものだ。
大貴の姿は、今回の閉店という結果について特に反省する意識はないようで、危うさを感じる。飲食店オーナーの適正はないように見えるため、その立場に固執すればまた同じことの繰り返しになってしまうのではないだろうか。
次週は「ボクと父ちゃんの記憶 ~家族の思い出 別れの時~」。子どもながら人の世話をしなくてはならない境遇にある子どもや若者を「ヤングケアラー」という。若年性アルツハイマー型認知症と診断された父親を介護する高校3年生の大介やその妹たちもそうだ。病状の進行で介護が限界を迎える中、家族の下した結論は……。