●山崎雅弘の詭弁ハンター(第11回)
2021年9月28日、平井卓也デジタル大臣(当時)は、閣議後の記者会見で自らが関与した「NTT接待」に関する質問を受け、次のように答えました。
「今回の事案について(NTTとは)所管の関係がなく、直接の契約もない。最新の技術動向について意見交換しただけで、全く国民の疑念を抱くものには当たらない」
2012年12月に第二次安倍政権が発足したあと、政権与党の政治家がこんな風に「何々には当たらない」と断定的に言い放つ光景をよく見るようになったと思いませんか?
特にこの言い方をよく使ったのが、同政権で官房長官を務めた菅義偉氏でした。記者会見で、同政権に批判的な認識に基づく質問を記者から受けた時、菅氏は真面目に答えず、次のようなフレーズを決まり文句のように口にして、はぐらかしました。
「全く問題ない」「そのようなご批判は当たらない」
菅氏のこうした態度は、明らかに政府としての説明を放棄するものであり、国民の間でも批判が高まりました。けれども、会見場にいる記者が、それに対して強く抗議することはほとんどなく、菅氏がこの言い方を多用する状況は変わりませんでした。
今回は、菅氏が政治の世界で常態化させてしまった、自分たち(首相や閣僚)は国民から判断・査定される側なのに「全く問題ない」「そのようなご批判は当たらない」などと勝手に判断して、それを国民に押し付ける詭弁術について読み解きます。
山本太郎参議院議員が安倍内閣に突きつけた質問
2017年に開かれた第193回国会が終盤に差しかかった6月14日、野党「自由党」に所属していた山本太郎参議院議員(当時)が、「菅内閣官房長官の『全く問題ない』、『批判は当たらない』などの答弁に関する質問主意書」を安倍内閣に提出しました。
その中の11番目の項目で、山本議員は次のような質問を安倍内閣に突きつけました。
「菅氏が内閣官房長官記者会見において『批判は当たらない』あるいは『指摘は当たらない』との言葉を用いる場合、これらをいかなる意味合いで用いるにせよ、これらはすべて政府あるいは菅氏の主観的な意見や感想あるいは認識等を示すものであり、また、そもそも行政に対して『批判』あるいは『指摘』を行うのはあくまで国民なのであるから、菅氏の内閣官房長官記者会見における『批判は当たらない』あるいは『指摘は当たらない』との言葉を用いた答弁によって批判や指摘を一方的に否定することは、国民に対して丁寧な説明をしていることにはならず、内閣官房長官が行う答弁として極めて不適切かつ不誠実であると考えるが、安倍内閣の認識を明確に示されたい」
長い文章なので、少しわかりにくいですが、要は「記者の質問で言及された内閣の行動に問題ないかどうか、批判が当たっているかどうかを決めるのは、菅官房長官ではなく国民であり、その判断を『批判や指摘をされる側』の菅官房長官が勝手に行って一方的に否定するのはおかしいのではないか?」という、しごく常識的な疑問です。
これに対し、安倍晋三首相は同年6月27日、「二、三及び九から十二までについて」と、6つの項目への答弁をひとまとめにする形で、こう説明しました。
「個々の報道について一つ一つ承知しているものではないが、内閣官房長官は、記者会見の場において適切と判断した発言を行っているものである」
一読すればおわかりのように、安倍首相も菅氏と同様、山本議員の質問に真面目に答えず、話をはぐらかして逃げています。菅官房長官の記者会見での態度が適切かどうかを判断するのは、安倍内閣ではなく国民の側です。その国民の代表として山本議員が「内閣官房長官が行う答弁として極めて不適切かつ不誠実であると考える」と指摘しているのですから、内閣は本来なら「菅官房長官はどのような判断基準に基づいて『問題ない』や『批判は当たらない』と理解しているのか」という理由を説明しなくてはなりません。
もし会見場に居並ぶ記者の誰かが、菅官房長官の説明は詭弁だと見抜き、「全く問題ない」や「そのようなご批判は当たらない」といつもの決まり文句を口にした時に間髪を入れず「それはなぜですか?」と理由をいちいち訊くようにしていれば、この詭弁術が政治の世界でこれほど常態化することはなかったでしょう。
菅官房長官は、自分が指摘された件について「全く問題ない」と判断した理由、「そのような批判は当たらない」と認識している理由をきちんと説明して国民の判断を仰ぎ、「なるほど、それなら筋が通っている」と国民を納得させる義務を負う立場です。
一方、記者の仕事は、官房長官などの政治家に対して本質的な質問を行い、国民に代わって政府あるいは内閣としての説明責任(アカウンタビリティ)を果たさせることです。けれども、第二次安倍政権になってから、首相や大臣、官房長官に対する記者の質問は、政府や内閣の説明責任を果たさせるという目的を十分に果たせない、手ぬるいものばかりになっている印象です。彼ら・彼女らは、政府要人の回答が不明瞭でも、それをそのまま記事にしてしまいます。
そんなだから、菅氏の繰り出す詭弁で簡単にはぐらかされ、記者は馬鹿にされ、それを見た与党の政治家も、菅氏の真似をして、同じ詭弁を使うようになりました。
今回の平井前デジタル大臣の態度は、こうした文脈で読み解く必要があります。
平井前デジタル大臣が口にした「全く国民の疑念を抱くものには当たらない」という言葉も、先に紹介した山本議員の質問主意書に照らせば、何がおかしいか一目瞭然でしょう。
平井前大臣は、自分が『国民の疑念を抱かせる行動をした側』なのに、あたかも『疑念を抱くことが正当であるか否かを判断する側』のように振る舞っています。NTTから接待を受けるという大臣の行動に問題ないかどうか、批判が当たっているかどうかを決めるのは、平井前大臣ではなく国民であり、その判断を『批判や指摘をされる側』の平井前大臣が勝手に行って一方的に否定するのは、完全に筋違いの行動です。
野球で言えば、打席に立って空振りした時、審判のジャッジを待たずに勝手に「自分は振ってない、だからストライクではない」と言い張るバッターのようなものです。
平井前大臣はこの詭弁を使った記者会見で、自分の行動が問題でない理由として「今回の事案について(NTTとは)所管の関係がなく、直接の契約もない」と説明しましたが、これも注意深く読めば、事実を歪曲するトリックを使った詭弁であることがわかります。
通信事業者としてのNTTを所管する省庁は、総務省であり、デジタル庁ではありません。けれども、NTTの傘下にあるグループ企業は、国のデジタル関係の業務を数多く受注しており、今後のデジタル庁の事業においても、NTTのグループ企業が関与する可能性はきわめて高いと言えます。NTT自体は「持ち株会社」で事業を行っていない、と平井前大臣は説明しましたが、問題の一部を都合良く切り取った恣意的解釈でしかありません。
2021年1月14日、内閣官房のIT総合戦略室が開発を担う東京五輪用の健康管理アプリ事業を、NTTの100%子会社であるNTTコミュニケーションズを中心とした5社のコンソーシアム(企業連合)が受注しました。契約総額は約73億円で、うちNTTコミュニケーションズの契約額は約46億円(のちに事業全体が縮小され約23億円)でした。
平井前大臣がNTTの澤田純社長から接待を受けたのは、この直前に当たる2020年10月2日と12月4日の2回でした。平井前大臣と一緒に接待を受けた赤石浩一デジタル審議官(デジタル庁の事務方ナンバー2)は、2021年9月24日付で減給10分の1の懲戒処分となりましたが、平井前大臣は何の責任も取らず、他人ごとのように論評しています。
平井前大臣はまた、週刊文春がNTT接待の問題を報じた後で自分の会食代金を支払って「割り勘だから接待ではない」と主張していますが、これも世の中では通用しない滑稽な詭弁だと言えます。割り勘とは、会計の場面で参加者が支払を分担することであり、供応接待という違法行為に問われそうになったから自分の分だけ慌てて払う、というのは「過去の泥棒行為で捕まりそうになった犯人が店に代金を払いに行く」のと似た行為です。
2001年1月6日に閣議決定された、大臣ら政務三役を対象とする倫理規範(いわゆる大臣規範)には、「供応接待を受けること、職務に関連して贈物や便宜供与を受けること等であって国民の疑惑を招くような行為をしてはならない」と記されています。
2021年10月4日の岸田内閣発足により、平井卓也氏はデジタル大臣という役職から外れましたが、政府首脳の行動に問題があるか否か、国民の疑惑を招く行為であるかどうか、それを判断するのは、当事者である政府首脳ではなく、われわれ国民であることを今後も忘れないように、つまり政府の人間にだまされないようにしましょう。
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