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韓国映画『アシュラ』、公開から5年で突如話題に!? 物語とそっくりの疑惑が浮上した、韓国政治のいま

 近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし、作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

『アシュラ』

 現在韓国では、2022年3月に控えた大統領選挙をめぐって、与野党が擁立する候補者選びの真っ最中だ。軍事政権時代、権力の長期化がもたらした政治腐敗への反省から、任期5年、再選不可というシステムになっている韓国大統領制だが、それでも在任中は大統領に強大な権力が集中することから、時には欲に負けて本人や家族が罪を犯し、時には疑惑をかけられて、その後不幸な末路を迎えた大統領経験者も少なくない。野党・保守政党は、親友で占い師でもあった女性に政権の舵取りを頼っていたパク・クネ前大統領の記憶の払拭に躍起になり、与党・革新政党は珍しくクリーンなイメージを維持し続けたムン・ジェイン現大統領の成果作りと、保守寄りのメディアが野党と組んで仕掛けてくるネガティブキャンペーン(韓国では「黒色宣伝」という)をかいくぐるのに必死である。

 そんな中、最近メディアやインターネット上で「역주행」(ヨクチュヘン、逆走行)という言葉が多く見られるようになった。本来は日本語の「逆走」の意味にあたる言葉だが、音楽やドラマ、映画などで「最初の反応はイマイチだったが、時間がたってから何らかの理由により社会的に大きく注目される現象」として、ここ数年使われるようになったものだ。そして、この大統領選挙をめぐって、1本の映画がまさに「逆走行」的に大きな話題を呼んでいる。権力の横暴を極端な暴力にデフォルメして象徴的に描いた『アシュラ』(キム・ソンス監督、16)だ。

 二枚目俳優として高い人気を誇り、これまでは「善い人」役を演じることの多かったチョン・ウソンが、権力と癒着した腐れ刑事に挑戦し、目を覆うほどの悪態ぶりを発揮した意欲作だったが、公開当時の観客の反応はあまり好意的ではなかった。誰一人として善い人間が登場せず、ファン・ジョンミンやクァク・ドウォンといった実力派俳優たちが喜々として悪を演じているが、「最高級食材を使ったまずいビビンパ」といった冷笑的なレビューが多かったのだ。それなのに公開から5年もたって、本作は突如「逆走行」を巻き起こし、韓国のNetflixでは人気ランキング第2位にまでのし上がった(10月1日付)。

 今回のコラムでは、この『アシュラ』と大統領選挙がどのように絡み合い、映画の「逆走行」をもたらしたのか、そして映画のテーマでもある「政経癒着」が韓国の現代史をいかに覆い、この国の暗部を形成してきたかについて紹介することにしよう。

<物語> 

 再開発を控える韓国の地方都市・アンナム。刑事のハン・ドギョン(チョン・ウソン)は、権力と利権のためなら手段を選ばない市長のパク・ソンベ(ファン・ジョンミン)の悪行の後始末を行い、カネをもらっている。末期がんを患うハン刑事の妻は市長の妹でもあり、2人は義理の兄弟関係であった。妻の治療費が必要なハン刑事は、市長の不正を暴露しようとする動きを暴力で潰すなど、パク市長の言いなりになっていた。一方、市長を内密に捜査している検事のキム・チャイン(クァク・ドウォン)は、ハンの弱みを握り、市長の悪事の決定的な証拠を手に入れるスパイとして利用しようと画策。市長と検事の間で板挟みになっていくハン刑事は、ついに両者を直接対峙させ、事態は修羅場と化していく……。

 本作の「逆走行」の要因となったのは、与党側の次期大統領最有力候補とされる、現・京畿道(キョンギド)知事のイ・ジェミョンに対して、野党側から映画そっくりの疑惑を告発されたことに始まる。つまり、映画に登場するファン・ジョンミン演じる悪徳市長の、政治的権力維持と経済的利権のためなら殺人も辞さないやり方が、京畿道・城南市長時代のイ・ジェミョンをモデルにしたのではないかと野党側が指摘したため、本作が一気に国民の関心を引いたのだ。

 野党が指摘した、イ・ジェミョンの実際の疑惑とは、次のようなものである。

 イ・ジェミョンが市長を務めていた2015年、城南市の都市開発のために建設施工会社が設立された。市と多数の民間企業がこれに投資したが、株の半分以上を市が保有していたため、実質的に経営権は市側が握っていた。ところが、開発に伴う利益の多くが、持ち株の少ない特定の民間企業ファチョンデユ社に流れていたことが発覚し、その企業の背後に、イ・ジェミョン市長(当時)がいたのではないかというのである。疑惑に対し、イ・ジェミョンはもちろん全面否定。「市が開発を主導することで、自分はむしろ利益のすべてが民間企業に持っていかれるのを阻止したのだ」「市が得た利益は市民のために使われた」と真逆の主張を展開した。

 だが、面白いのはここからである。こうして疑惑をめぐり与野党の対立が激化し、『アシュラ』の逆走行が起こる中、つい先日、事態は驚きの展開を迎えた。ファチョンデユ社に6年間勤務したのち退職した30代の男性社員が、50億ウォン(約5億円)という巨額の退職金を得ていたことが発覚したのだが、その男性社員はなんと、イ・ジェミョンを告発した野党の国会議員クァク・サンドの息子だったのだ。野党にとっては、超特大のブーメランとなったわけである。

 この事実に怒りを爆発させたのが、厳しい就職難や失業による貧困に苦しむ20~30代の若者たちだった。一生働いても手に入れることのできない夢のような巨額の金を、たった6年働いただけで受け取れるというのは、クァク・サンドへの賄賂以外の何ものでもないではないか――高まる批判の中、結局クァク・サンドは国民に謝罪し辞職に追い込まれたが、こうなると野党側の主張が完全に矛盾することになる。果たして民間企業の背後にいたのは誰なのか? 捜査中の事案であるため、今の時点で書けるのはここまでである。

 ただ、現在争点になっているのは、開発が始まった15年当時はパク・クネ政権下であり、クァク・サンドは大統領の最側近だったという事実だ。真の「悪徳市長」とは誰なのか、疑惑の行方はどう着地し、次期大統領選挙にどんな影響が及ぶのか、韓国の政局からますます目が離せない。

 映画の中では詳しく描かれていないものの、パク市長の最大の目標は都市の再開発であり、それによって発生する莫大な利益の一部を自分のものにすることだ。ではそのためにはどうすればいいのだろうか? それは、単純だが典型的な「政経癒着」の構図を通してである。最も多くのリベートを約束する建設業者(中には本作のようにヤクザが経営するフロント企業もある)に再開発を任せればいいのだ。そして、その過程で当然必要になってくる不正・犯罪行為は、カネで買収した警察や検察を利用すれば簡単にもみ消すことができる。映画のストーリーや、パク市長・ハン刑事・キム検事の関係性は、まさにこの構図の中でつながり合っているのである。

 韓国現代史を振り返ってみると、その規模の大小はともかく、政経癒着はどの政権下でも存在していた。とりわけ、1940年代後半のイ・スンマンから90年代前半のノ・テウまでの独裁政権時代は、政経癒着の全盛期と言ってもいいほど「慣習化」していた。その中から、政経癒着の現実を最も象徴的に国民に知らしめた「チ・ガンホン人質事件」と「チョン・ギョンファン横領/脱税事件」を紹介しよう。ソウルオリンピック直後の88年に起きたこの2つの事件は一見何の関連もないように見えるが、実は強く結びついている。

 88年10月8日、刑務所に護送中の囚人12人が拳銃を奪い、護送車から脱走した。ほとんどは間もなく捕まったが、チ・ガンホンを含めた4人は、一般市民の住宅に侵入して身を隠しながら逃げ続けていた。15日、侵入先の家族の1人が脱出して通報、警察が駆け付けると、チ・ガンホンらは残りの家族を人質にして立てこもったのである。警察をはじめ、囚人の家族らも総出で説得を続ける様子が全国に生中継され、韓国中がかたずをのみながらテレビにかじりついた。その間にチ・ガンホンは、逃走のための自動車とBee Geesの名曲「Holiday」の入ったカセットテープを要求し、警察に用意させた逃走用の車の確認をするため外に出た1人が取り押さえられると、仲間の2人は絶望して拳銃自殺を遂げ、事件は悲劇に向かって加速。

 残りの銃弾数を見誤り、1人残されてしまったチ・ガンホンは、人質を連れて窓際に立ち、外に群がる警察や報道陣、周辺の住民たちに向かって「腐った世の中への不満」を叫ぶと、ガラスの破片で自らの首を刺し、同時に突撃してきた警察の銃に撃たれて絶命、こうして事件は終結した。

 事件の展開が生中継された点や、立てこもった犯人が世の中への痛切な思いを叫ぶといった点から、68年に日本で起こった「金嬉老事件」を想起する人も多いかもしれない。また事件が社会に与えたインパクトは、72年の「連合赤軍事件」に匹敵するものがあるだろう。だがそれ以上に、この事件が現在でも重要な意味を持つのは、チ・ガンホンの壮絶な叫びであった。

 それは、「無銭有罪、有銭無罪」という、権力とカネによって牛耳られた韓国社会に対する心の底からの批判だった。チ・ガンホンは500万ウォン(約50万円)あまりを窃盗した容疑で懲役・保護監護17年の実刑判決を言い渡されていた(ほかの脱走犯も、おおむね似たような罪だった)。だがちょうどその頃、70億ウォン(約7億円)以上の横領と4億ウォン(約4000万円)以上の利権介入の罪で逮捕されたチョン・ギョンファンという人物に対しては、金額の大きさにもかかわらず、懲役7年という短い判決が下された。

 そのことを知ったチ・ガンホンは「無銭有罪、有銭無罪」と叫び、貧しい人間ばかりが罪を着せられ、カネを持った人間は悪事を働いても罪にならない現実を突きつけたのだ。これこそまさに政経癒着という韓国の暗部を言い当てた言葉であり、多くの人々は「彼のやったことは犯罪だが、彼が言ったことは正しい」と、今でも格言のように人口に膾炙している。

 ところで、巨額の横領等を行ったチョン・ギョンファンとは誰だろうか? 勘の良い人はすでにお気づきかもしれないが、彼はあの悪名高き元大統領チョン・ドファンの弟である。

 チョン・ドファンの大統領在任中、チョン・ギョンファンは大統領の弟というだけで、国土開発組織「새마을운동본부(セマウル運動本部)」の会長の座に就き、再開発や建設事業を利用して莫大なリベートや賄賂を受けてきた。にもかかわらず、50万円を盗んで17年の罪となったチ・ガンホンと、7億円以上でたった7年の罪(しかも2年後には恩赦で釈放された)で済んだチョン・ギョンファンの、理不尽な判決の違いは、どう説明できるのだろうか。「カネがあれば無罪、なければ有罪」という現実を思い知ったチ・ガンホンは、チョン・ギョンファンに対する判決を知って脱走を試みたのだ。「延禧洞(当時、チョン・ドファンが住んでいた街)に行って殺したかった」と言ったように、彼の怒りが最終的には権力欲とカネにまみれたチョン・ドファンに向けられていたことがよくわかる。

 チ・ガンホンがなぜBee Geesの「Holiday」を要求したかは謎のままだ。人質になった家族の証言によれば、立てこもっている間ずっと繰り返し聴いていたといい、事件はこの名曲とともに人々の記憶に焼き付けられた。さらに、人質に対する紳士的な態度が明らかになるにつれ、チ・ガンホンに対する人々の共感は高まり、2006年には『ホリデイ』(ヤン・ユンホ監督)というタイトルで映画化もされている。

 大統領選挙に向けた状況や報道は、日々刻々と変化している。与党側の最有力候補イ・ジェミョンは、仕事はできると評判だが、その厳しさゆえ敵も多く、次から次へとスキャンダル疑惑が湧いては消え、ネガティブキャンペーンも絶えない。一方、野党側の最有力候補ユン・ソクヨルは、元検察トップという立場から一転大統領候補に浮上した人物で、ムン・ジェイン政権下での元法務大臣チョ・グクのスキャンダルを追及した人物である。そんな彼もつい最近、テレビの討論会に出演した際、手のひらにまじないのような文字「王」と書いていたことがわかり、国民は再び、迷信に惑わされたパク・クネのトラウマに襲われている。さあ、この選挙はどのような決着を見せるだろうか。 

崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。