• Mon. Nov 29th, 2021

姉との関係はずっと悪かった――姉妹で「連絡を取らないよう」仕向けていた母の意図とは?

“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

 そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。

 前回「仲良し姉妹の『3世帯同居』、母の介護も『妹と協力していけば大丈夫』と思っていたが……」では、仲の良かった姉妹が「他人のはじまり」となるまでを紹介した。逆のパターンもまたある。それが竹本多恵子さん(仮名・56)と姉の志津子さん(仮名・58)だ。

姉との関係はずっと悪かった

 多恵子さんは長い間姉の志津子さんとの関係がギクシャクしていた。父親を20年前に亡くして以来、一人暮らしをしている母・久江さん(仮名・80)のところに行くたびに、「志津子からこんなひどいことを言われたの」「志津子はあなたのことも悪く言ってたわよ」などと姉の愚痴を繰り返し聞かされていたからだ。

「母は昔から気性が激しく、私や姉は幼いころから母にどれだけ泣かされたかわかりません。そんな偏狭な性格が、年を取るにつれてますますひどくなっているんです」

 多恵子さんは母親に振り回されてばかりだとため息をつく。ご近所ともめるのもしょっちゅうだ。

「先日などはお隣のご主人を呼びつけて何時間も怒鳴り続けていたというんです」

 そのたびに多恵子さんは菓子折りを持って、ご近所に頭を下げてまわっている。「何かあれば、私に連絡をしてください」と言い添えるのも忘れない。事態を悪化させないためには、仕方ないことだと諦めの境地だ。

 にもかかわらず、久江さんは多恵子さんが間に入るのも気に食わないようで、逆に「謝る必要なんかない」と多恵子さんを怒鳴ることもあるという。

 そんな気苦労を姉はまったくわかっていない。それどころか、久江さんの機嫌を悪くしてばかりではないか――と不満を抱いていたのだが、同じように姉も多恵子さんに対してくすぶった気持ちを抱えていたとわかったのはここ数年のことだ。

「あるとき、母は私に姉の悪口を言うように、姉にも私の悪口を言っているのではないかと思い当たったんです。私と姉が母から距離を置かないよう、私と姉があまり連絡を取らないようにしているんじゃないか。母の性格を考えれば、そう考える方が自然です。そんな単純なことにこれまで気がつかなかった自分にあきれました」

 そうすると、久江さんのことも少しずつ客観的に見ることができるようになった。

「母の言うことを真に受けて、駆け付けたり、ご近所との仲裁に入ったりしているうちに、母は自分がいつも注目を浴びていないと気が済まないんだということが見えてきたんです」

 決定的なできごとがあった。姉の娘の結婚式直前のことだった。リゾート地で式を挙げるというので、親族は前日に空港で集合する予定だった。その日の早朝のことだ。

「母から電話が入ったんです。朝起きると具合が悪くて動けない。救急車を呼んで、と」

 多恵子さんは姉家族には先に行ってもらうように連絡を入れて、久江さんのもとに駆け付けた。だが――

「母はキレイにお化粧をして、着飾って玄関にいました。『大丈夫なの?』と言うと、大したことはないから救急車には帰ってもらったと言うんです」

 多恵子さんは心配していた気持ちがすっかり冷めたと明かす。

「母は、花嫁である孫娘が主人公になることが気に食わなくて、自分が具合を悪くして皆に心配してもらって注目を集めようとしたんでしょう。明確な意図があったかどうかはわからなくても、無意識のうちにそういうことをするんです。それで気がすんだのでしょう、皆から気を使ってもらって式の最中は終始ご機嫌でした」

 姉も多恵子さんと同意見だった。これまで母親から聞かされていた互いの悪口も、内容を誇張して伝え、姉と妹が反目し合うように仕向けていたこともわかった。「やっぱりね」と二人はうなずき合った。

「救急車騒ぎもこのときだけではありません。たぶん救急隊のブラックリストに載っていると思います。以前姉が友人と旅行を計画していたときも、旅行前日に救急隊から母が倒れて病院に搬送したという連絡が姉に入ったんです。姉は旅行をキャンセルして病院に行くと、母はケロっとして待合室で待っていたそうです」

 母親は志津子さんに付き添われて機嫌よく帰宅した。志津子さんの旅行がパーになったことについては謝罪の言葉ひとつなかったという。

――続きは11月7日公開