家庭を持っている女性が、家庭の外で恋愛を楽しむ――いわゆる“婚外恋愛”。その渦中にいる女性たちは、なぜか絶対に“不倫”という言葉を使わない。どちらの呼び名にも大差はない。パートナーがいるのにほかの男とセックスする、それを仰々しく “婚外恋愛”と言わなくても、別に“不倫”でいいんじゃないか? しかしそこには、相手との間柄をどうしても“恋愛”だと思いたい、彼女たちの強い願望があるのだろう。
別れてから数年たって、以前の恋人のことを振り返ると「惜しいことをした」と感じる人は少なくない。過去の恋愛を思い出すのは、大抵「今」がうまくいっていないからだ。
そして、気持ちが満たされないまま過去の恋愛を振り返ると、取り返しがつかない状況に陥ることが多い。
「後悔しています。ものすごく。それに、あんなバカなことをするくらい、当時の私は彼に狂っていたんだなと思います」
光希さんは俯きながらそう呟いた。
光希さんは30代後半。20代前半の頃、高校時代の同級生と結婚した。
「同じ高校の部活カップルの結婚式で再会しました。彼も私も同じ運動部で、部活仲間同士がとても仲が良くて、在学中も卒業後も、部活内でくっついたり離れたりしてました。彼とは在学中も数カ月付き合ってましたが、本格的に交際を始めたのはその結婚式がきっかけ。地元を離れた者同士ということもあって、妙に盛り上がってしまって……交際から一年もたたないうちに結婚しました」
大勢の輪の中で聞き役になる光希さんとは違い、最初のご主人は華があり、人を巻き込むのが上手なタイプだったそうだ。
「今の言葉で言うと、私は『モブキャラ』でしたから……物語の主人公になるタイプの彼が私を選んでくれたのは今でも考えられません。同じ部活の仲間を呼んだ結婚式は私史上最高のクライマックスでしたね」
光希さんにとって「手が届かない存在」であった元ご主人。しかし彼は光希さんのことを「ずっと見てくれていた」そうだ。
「彼は母子家庭でした。だから、私が持ってくるゴハンに憧れていたそうなんです。部活の練習がハードだったので、男女ともに練習が終わるとコンビニの惣菜パンなんかを食べながら、おしゃべりするのが練習後の日課だったんです。でも、そんな中で私は朝、自分で握ったおにぎりを食べてました。昔から料理が好きで……具に卵焼きと唐揚げを入れた大きいおにぎり。それを頬張ってる姿を見ていたって。めちゃくちゃ恥ずかしかったけど、うれしかった」
光希さんに対して「理想の家庭像」を見ていた元ご主人だが、結婚して数年後、夫婦の間に綻びが生じはじめる。
「結婚してからも共働きでした。彼は『フルタイムの正社員じゃなくて、週に数日勤務の派遣社員でもいい』って言ってくれていたんですけど、覚えたての仕事は楽しかったし、私自身が『仕事も家庭も完璧でありたい』っていう、理想像を思い描いていたんですよね……家事は全て私が担当していました。彼には一切家事をさせたくなかったので、何度も家事の分担を提案されても拒絶していました。貯蓄を増やすために完璧に働いて、掃除洗濯も完璧にこなして、彼が自分を見つけるきっかけになった、おいしいご飯を毎日作る……思い返すと、彼にとっての『我が家』は、ものすごく窮屈だったと思います」
次第に、元ご主人の帰宅時間が遅くなり、夕食を外で済ませてくることが増えてくる。
光希さんは、元ご主人の浮気を疑うようになった。
「当時はガラケーでしたから、浮気相手とメールのやりとりがあるんじゃないかと思って、彼がお風呂に入っている間に携帯電話を開くんですよ。そうすると、暗証番号のロックがかかっていて。それだけで『浮気している』って勘繰ってしまう。些細な彼の行動一つ一つを分析して、想像して、勝手に『彼が浮気をしている』と思い込むようになりました」
そこから、光希さんの婚外恋愛生活が始まる。
きっかけは、元ご主人が浮気をしているという「妄想」の延長であった。
「出会い系サイトに登録して、条件に見合う人と浮気を繰り返すようになりました。彼が浮気をするのは私がこんなことをしているからだ、やっぱり彼と私は釣り合わない、と、自分を納得させたかったんだと思います」
しばらくして、光希さんの浮気生活は元ご主人にバレてしまう。スマホのメッセージのやりとりが発覚したのだ。
「当時のスマホは相手からメッセージが届くとメッセージの内容が数行画面に表示される仕組みでしたので、たまたま彼がそれを見て問い詰められました」
一晩中話し合いをした結果、光希さんが疑っていた元ご主人の浮気は全くなかったという。
その後、2人は別居。
元ご主人から離婚をしようと言われたが、光希さんは頑なに拒否。当人同士のみの話し合いでは埒があかず、家庭裁判所を介して話し合いを進め、離婚まで2年ほどかかったそうだ。
「2年間『私に外で浮気をさせたのは夫のせいです。離婚はしません』と、言い続けてました。モブなのに主人公に好かれて舞い上がっちゃって、おかしくなっちゃったんですよね。もう離婚して5年以上たつので、ようやく冷静に振り返られるようになりました」
落ち着いた表情で光希さんは言った。
憧れていた男性にみそめられて結婚し、少々人生をこじらせてしまった光希さん。しかし、大好きだった「彼」との結婚生活で、守ってきてよかったと思えるものがある。
「仕事です。彼が私のことを気遣って何度も『辞めていいんだよ』と言っていたけれど、頑なにフルタイムの仕事は辞めませんでした。私の仕事は日々進化していますので、少しでもブランクがあると置いてきぼりにされてしまいます。つらくても、大事な人を失っても、手に職があれば自分で自分を守れますからね」
次の結婚相手は、選ばれるよりも私が選ぶ側になりたい、と、光希さんは笑顔で語った。
(文・イラスト/いしいのりえ)