• Wed. Dec 1st, 2021

皇族の“特権”を失った元・プリンセスはハードモード! 「使用人」として生きた皇女の忌まわしい事件

「皇族はスーパースター」と語る歴史エッセイストの堀江宏樹さんに、歴史に眠る破天荒な「皇族」エピソードを教えてもらいます!

――小室眞子さん夫妻、ついにニューヨークに旅立っていかれましたね。

堀江宏樹氏(以下、堀江) 複雑性PTSDを公表している眞子さんに対し、精神疾患に対して厳しいはずのアメリカビザがすんなり下りてしまうあたりに、“ロイヤル忖度”のすごさを思い知らされました。しかし、そういう特別扱いも、駆け落ち同然の結婚をして、アメリカに“亡命”した日本の元・皇女に対する世界中の関心度の高さゆえだと思うのです。

――イギリスのタブロイド紙「デイリー・メール」には、家賃約55万円の新居の間取りまで報じられました。

堀江 王族/皇族に生まれた方への注目は、その方が特別な身分でなくなったとしても、一生ついてまわります。注目度がとくに高ければ、今回の眞子さんのように元皇族としての特権と、一般人の自由を両立した“ロイヤル忖度”を受けることも可能なのですが。

――歴史の中で、そのような例はあるのですか?

堀江 主に世界史では……。日本では伝統的に、皇族のお相手以外と結婚した皇女は、皇族としての“特権”を失ってきました。それ以外にも、世間から皇女として扱われなくなるケースもあったのです。

――いまの眞子さまを見ていると、想像がつかないのですが?

堀江 天皇の娘や孫(もしくは、上皇/法皇の娘や孫)を皇女と呼びます。ところが、彼女が父親から愛されない娘だったのであれば、その時点で、皇女でありながらも“平民扱い”になっちゃうんですね(苦笑)。独身なのに、皇女扱いもナシ、世間からは好奇の目で見られるだけというハードモードの人生がスタートし、元・プリンセスとして生きざるを得なくなったりもするのです。

――それでもある意味で、自由の身になれたということでしょうか……。

堀江 そのとおりかもしれません。逆にいうと自分で仕事を見つけて、自活しないと生きて行けません。父親が守ってくれないので。だから、上流家庭の使用人として生きざるをえなくなった皇女もいるんですよね。

でも、本当にそういう一般人になってしまうと、警護はつきません。正直、かなり危ない目に遭う可能性もありました。今回お話するのはその一例です。

――ええっ……そんなにひどい話があるんですか?

堀江 まぁ、ホントに怖い話ですよ。これは紫式部の優雅な『源氏物語』が宮廷社会でブームになっていたころ、本当に起きた事件です。今から1000年以上も出来事なのですが、要約すれば、12月の寒い深夜、裸に剥かれて死んだ皇女の遺体が野犬に食われ、凍った状態で見つかりました。

 この事件を語る前に、当時の複雑怪奇な皇室周辺の人間関係を見ていきましょう。

堀江 当時の皇室には超問題人物というべき花山法皇という方がおられました。この方が自分の乳母の娘……本来なら、自分のきょうだい同然に育った女性で、「中務(なかつかさ)」と呼ばれていた女房(=女性使用人)に手を出したのです。

――近親相姦のニオイが……。

堀江 平安当時のゆるめの性愛倫理ではタブーとはいえないまでも、世間に「えっ?」という顔をされる関係ではないでしょうか。

 花山法皇は中務に執着し、娘を二人、息子も一人生ませそうです。妹のほうは、「兵部(ひょうぶ)」と呼ばれる女房のもとに、生まれてすぐ里子に出されました。理由はわかりません。ただ、双子のきょうだい同然の女性(しかも既婚者)に手を出し続け、何度も妊娠させてしまう自分のおこないが急に恥ずかしくなったのかも。

――花山法皇、やらかしてますねぇ……。

堀江 ちなみに中務や兵部は、上流貴族や皇族にお仕えする女房にすぎません。ただの使用人です。

 身分の高い男性が、女性使用人に手を出すことは、黙認されていました。女性側にも金銭面などで援助を受けられるとか、それなりのメリットはありました。しかし、女性使用人が高位の男性に愛されたところで、彼のお妃候補になれるような奇跡は起きません。身分による壁が立ちはだかっていたからです。

 当時、高位の男性が身分の低い女性と付き合った場合、女性は「愛人」どころか「召人(めしうど)」、つまりは“寝室専門メイド”のような呼び名で呼ばれたのですね。そんな“夜のメイド”である召人が生んだ子が男でも女でも、生涯プリンスあるいはプリンセスとして扱われることは基本的にありません。

 女子の場合は、幼い頃、寺に捨てられるようにして入れられてしまうか、上流階級のお嬢様の使用人となるべく育てられるのが関の山でした。それが、花山法皇と中務の間に生まれた娘の宿命だったのです。

――花山法皇の実の娘、つまり皇女に生まれていながら、父親の気まぐれで使用人の世界に落とされた不運な元・プリンセスがいたのですね。ちなみにその皇女のお名前は?

堀江 それが、まったくわからないのです。それは彼女が実に忌まわしい事件に巻き込まれたことと無縁ではないでしょうね。

――例の全裸凍死事件ですか……。

堀江 彼女のことを元・プリンセスと便宜上、呼ぶことにしましょう。彼女はときの皇太后・藤原彰子にお仕えする女房として働いていました。しかし、万寿元年(1024年)の12月の凍える夜、彼女が滞在していた屋敷に強盗が侵入。

 元・プリンセスを屋敷から連れ出し、路上で衣服を剥ぎとり、そのまま放置して去ったのだそうです。

 女房は女性使用人ですが、身分の高い主人に仕えている都合上、高価な衣服をまとっています。その衣服を剥ぎ取られ、路上に放置された元・プリンセスはおそらくショックで失神中に凍死、もしくは平安京に多くいた野犬の群に襲われて死亡。血まみれの無残な死体が翌朝発見され、大ニュースとなったのでした。

――えええっ! どれだけ怖かったでしょうか。

堀江 当時の貴族社会のご意見番のような藤原実資の日記『小右記』にも見られる記事なので、本当にあった悲惨な話と見るべきでしょう。

堀江 『小右記』によると、検非違使(=警察官)の一人だった平時通(たいらのときみち)なる男性が、元プリンセス殺害事件発生から約3カ月後、お坊さんの格好で、その悪しき素性を欺いて見せていた隆範(りゅうはん)という盗賊一味の男を逮捕しました。

 隆範はいくらリンチまがいの尋問を受けても、共犯者の名前をなかなか明かさなかったのですが、ある時、荒くれ者の上流貴族として有名だった藤原道雅の指図で、元・プリンセスを集団で襲い、殺害したと言い出したのです。藤原道雅は、当時の最高権力者である藤原道長にもつながる血筋の上流貴族でした。

 ところが、その直後、盗賊一味の親玉を名乗る男性が自首してきたらしく、藤原道雅の冤罪は晴れたのでした。しかしこの主犯の盗賊の親玉の名前や詳細、その後、どういう処罰を受けたかの記載はないのです。

――それまで自首しなかったのに? 絶対に怪しいですよね。ウソっぽい。 

堀江 いちおう、警察=検非違使の立場上、書類上だけでも殺人事件が解決したといいたかっただけではないでしょうか。一時は犯人とされた道雅ですが、無罪放免されています。しかし、その後はなぜか中流貴族がやるような仕事しか任せてもらえなくなりました。これは降格処分ですね。

堀江 おそらく……藤原道雅が真犯人なのだろうけど、そんな上流貴族を罰すると朝廷の権威は地に落ちてしまう。殺人事件の被害者で、父親から愛されぬ皇女にすぎない元・プリンセスより、素行が悪くても上流貴族である藤原道雅を守ったほうが、身分秩序は維持できると冷徹に判断された結果かも。

――本当に気分が悪いです。当時の宮中は完全な男社会、身分社会なんですね。

堀江 うわさによると、藤原道雅は、元・プリンセスに恋していたものの、自分に振り向いてもらえなかったので、殺させたのだ、と。うわさが事実なら、道雅は正真正銘のサイコパスで、そんな男から一方的に恋されてしまった元・プリンセスが哀れです。

――父親も父親だし、好いてきた男も超サイコパス……本当に悲しいですね。

堀江 現在の皇女がたの“守られた”人生には、考えられないような話ですよね。

 さて、次回からは、皇女としての人生を捨てるかのように結婚した小室眞子さんの実家・秋篠宮家の教育事情などをここ20年ほどの雑誌記事をベースに分析していきたいと思います。お楽しみに!