新刊・近刊の人文書から、ライターの高島鈴が注目の新刊をピックアップ。気になるポイントと一緒にご紹介します。
今月は、『仲人の近代 見合い結婚の歴史社会学』『食う、食われる、食いあう マルチスピーシーズ民族誌の思考』『〈いのち〉をめぐる近代史 堕胎から人工妊娠中絶へ』『夫婦別姓 家族と多様性の各国事情』『あいつゲイだって アウティングはなぜ問題なのか?』『政治家失言クロニクル』『日本移民日記』『〈怪異〉とナショナリズム』『インターセクショナリティ』『ゆるぎなき自由 女性弁護士ジゼル・アリミの生涯』『トランス男性によるトランスジェンダー男性学』『愛について アイデンティティと欲望の政治学』『帝国主義国の軍隊と性 売春規制と軍用性的施設』の13冊!
阪井裕一郎『仲人の近代 見合い結婚の歴史社会学』(青弓社)
『仲人の近代 見合い結婚の歴史社会学』(青弓社) いわゆるインセルと呼ばれる人たちによる発話として、見合い制度の復活を望む声は近年それなりに目にする。では実際に見合い制度という、人間を否応なく婚姻/家制度に巻き込んでいく仕組みはどのように成り立っていたのだろうか? そんな疑問に答えてくれそうな本である。「仲人と戦争」と銘打たれた第三章に、国家が「婚活」を推進しようとする現代との結びつきを感じてゾッとする。
近藤祉秋、吉田真理子編『食う、食われる、食いあう マルチスピーシーズ民族誌の思考』(青土社)
『食う、食われる、食いあう マルチスピーシーズ民族誌の思考』(青土社) 人間を特権化するのではなく、あらゆる生物種の共生を視野に入れる文化人類学の一潮流〈マルチスピーシーズ〉の立場から叙述された民族誌の論集。生物のドメスティケーション、種苗会社のあり方など、産業化された生物との関わりを問う論考に特に注目したい。気鋭の著者が揃った豪華な座組ながらこの価格(税込2860円)なのは魅力的だ。
岩田重則『〈いのち〉をめぐる近代史 堕胎から人工妊娠中絶へ』(吉川弘文館)
『〈いのち〉をめぐる近代史 堕胎から人工妊娠中絶へ』(吉川弘文館) 2009年に発刊され品切れとなっていたが、オンデマンド版で復刊された。前近代では当たり前のように行われていた「堕胎」に対する視線が、近代においてどのように変化していったのか。目次を見る限り、「前近代的堕胎手術と近代国家」を論じた章が特に気になる。
栗田路子ほか『夫婦別姓 家族と多様性の各国事情』(筑摩書房)
『夫婦別姓 家族と多様性の各国事情』(筑摩書房) 明治以降に始まった夫婦同姓制度が今も継続する「日本」。では他国の状況はどうなっているんだろう? 本書は手に取りやすい新書の形態でフランス、ドイツ、ベルギー、アメリカ、中国、韓国の状況を伝えてくれる。夫婦別姓から婚姻制度・戸籍制度の解体を志向する身として、特にアジア圏の制度解体のあり方はよく学んで参照したい。
松岡宗嗣『あいつゲイだって アウティングはなぜ問題なのか?』(柏書房)
『あいつゲイだって アウティングはなぜ問題なのか?』(柏書房) 一橋大学の大学院生がアウティング(本人の合意なくセクシュアリティを他者に開示されること)を受け、大学から適切な対応を受けられずに自死に至った「一橋大学アウティング事件」。控訴判決からは一年が経過したが、その被害の大きさに対する社会的合意――アウティングがクィアの人生を侵害するという現実の広範な共有――はいまだ十分に得られていないと言える。悲劇を二度と起こさないために読んでおきたい一冊。
TVOD『政治家失言クロニクル』(Pヴァイン)
『政治家失言クロニクル』(Pヴァイン) 1945年から現代に至るまで、「日本」の政治家による失言を収集・分析した編年体の書籍。政治家による失言=公の倫理に照らして許されない発言の歴史を紐解けば、それはそのまま間接民主主義の戦後史になるはずである。
政治家の失言とは市民に対する侮辱であり、その忘却は公共の消失に連続する。記録し記憶することで維持される不服従のために、本書は大いに利用できそうだ。
MOMENT JOON『日本移民日記』(岩波書店)
『日本移民日記』(岩波書店) 『Immigration EP』『Passport & Garcon』で一世を風靡、「日本」の欺瞞をテクニカルなラップで暴き出したラッパー・MOMENT JOONの初単著がついに発売される。日の丸であろう真っ赤な円のなか、著者がマイクを握って影を落とすイラストの表紙が鮮烈だ。この社会が何を隠蔽し、何を排除して成立しているのか。「読む」だけでは終われない読書体験が待っているはずだと、MOMENT JOONのいちファンとして確信する。
怪異階段研究会監修『〈怪異〉とナショナリズム』(青弓社)
『〈怪異〉とナショナリズム』(青弓社) タイトルで一本釣りされた。たとえばオカルトで有名な「ムー大陸」が戦時下の日本においては、かつて天皇が統治していた理想郷として語られていたように、オカルトとナショナリズムの接近についてはすでに言及があることを知っていたが(小澤実編『近代日本の偽史言説』勉誠出版)、では〈怪異〉言説ではどうなんだろうか? 目次を見る限り、井上円了やマルクス主義的陰謀論、「軍隊狸」など、実に幅広い話題を扱うようである。好奇心を非常にくすぐられる。
パトリシア・ヒル・コリンズ、スルマ・ビルゲ著/小原理乃訳/下地ローレンス吉孝監訳『インターセクショナリティ』(人文書院)
『インターセクショナリティ』(人文書院) インターセクショナリティ=交差性とは、ベル・フックスらブラック・フェミニズムの文脈を下敷きに、キンバリー・クレンショーが提唱した概念を指す。たとえば移民女性の受けるDV被害が女性差別・移民差別・階級差別に跨る問題であるように、抑圧は交差性の上で起きているのだ。
交差性はフェミニズムだけでなく、あらゆる政治的抑圧のなかに見出すことができる。概念整理のために手元に置いておきたい。
ジゼル・アリミ、アニック・コジャン著/井上たか子訳『ゆるぎなき自由 女性弁護士ジゼル・アリミの生涯』(勁草書房)
『ゆるぎなき自由 女性弁護士ジゼル・アリミの生涯』(勁草書房) 現代フランスのフェミニスト弁護士、ジゼル・アリミの自伝的インタビュー集。帯にあしらわれた「法律には馬鹿馬鹿しいものも存在する。わたしの役割はそうした法律を裁判にかけることだった」という文章が非常に魅力的だ。フラワーデモ、中絶の問題など、法律とフェミニズムの関係が多く問題として可視化されはじめた今、フランス法改正の生き証人の言葉を聞いておくのは重要であろう。
周司あきら『トランス男性によるトランスジェンダー男性学』(大月書店)
『トランス男性によるトランスジェンダー男性学』(大月書店) いま必要なテーマの本が適切な書き手から上梓されている、という印象がまず先立った。「男性」の輪から排除されるトランス男性の現実が、当事者の手で綴られる。目次を見ると、トランス男性の経験に関する章のほか、トランス男性とフェミニズム、そして男性性との距離について捉え直す章も用意されている。トランスイシューを追う上で必須の一冊になりそうだ。
竹村和子『愛について アイデンティティと欲望の政治学』(岩波書店)
『愛について アイデンティティと欲望の政治学』(岩波書店) ジュディス・バトラーの翻訳で知られるフェミニズム研究者、竹村和子の代表作が文庫になって待望の復刊を遂げる。愛という巨大な機構を主題に掲げたフェミニズム批評は、愛言説の権威解体のためにぜひとも読んでおきたい。
林博史『帝国主義国の軍隊と性 売春規制と軍用性的施設』(吉川弘文館)
性暴力は植民地主義を支える一つの柱であり、その責任を看過することは許されない。本書はイギリス、フランス、ドイツ、米国などの国家的性売買制度を比較・検討し、改めて日本軍の軍事性暴力を問い直す。比較文化史的な立ち位置から書かれている点が興味深い。植民地的性暴力の問題を無化しようとする言説に「どこの国もやっていた」というものがあるが、他国の現実を知ることはそのような物言いを批判するための重要な鍵になりそうだ。
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