こんにちは、保安員の澄江です。
先日、東京都八王子市中野町のスーパーマーケット「スーパーアルプス甲の原店」で、50代の保安員が、声をかけた万引き犯に果物ナイフのようなもので胸を刺されるという衝撃的な事件が発生しました。
刺された保安員は、凶器となったナイフを胸に刺したまま搬送されたそうで、一命をとりとめたものの重傷を負っています。犯人は、精神疾患歴のある50代の男性。居合わせた通行人に取り押さえられたあと、駆けつけた警察官たちに羽交い絞めにされる形で身柄を確保されました。
直接の逮捕容疑は殺人未遂ですが、調べに対して男は「刺したことに間違いないが、殺すつもりはなかった」と供述しており、殺意を否定しているとのこと。人の胸にナイフを突き刺しておきながら、殺意を否認する心理は不明ですが、刑事責任能力を調べられているということで今後の展開が気になります。
つい先日も、2017年7月に神戸市北区で発生した5人殺傷事件の被告が、2回の鑑定留置を経て起訴されたにもかかわらず、裁判員裁判で“犯行時は心神喪失状態であった”と認定され、求刑死刑のところ無罪判決となりました。被害者側からすれば、納得できるものではないと容易に想像でき、このような判断に疑問を抱いた次第です。
今回は、8年ほど前の年末に発生した私自身の受傷事故について、お話ししたいと思います。
当日の現場は、大型ショッピングセンターS。関東近県の駅前に位置する店舗で、8階建てのビル一棟、すべてが売場になっている大型店舗です。
ここ数年、月に10日ほど入っている現場で、相当数の捕捉をこなしてきました。土地柄なのか、高齢の常習者が目立ち、高価な酒や化粧品などを狙う換金目的の被疑者も散見されます。前回の勤務では、スポーツドリンクや機能性食品を盗んで捕まった被疑者の所持品から覚せい剤が発見されるという事案も発生しており、どうしても粗暴な雰囲気を感じてしまう現場といえるでしょう。
万引きだけでなく、内部不正(従業員や出入り業者などによる内引き行為)も頻発していることから、出勤のあいさつは店長に直電するよう指示されています。事務所まであいさつに伺えば、保安員導入を周知させることになりかねず、隠密な入店を求められることもあるのです。この日の勤務は、午前12時から午後8時まで。
店の正面口から店長に電話をかけて、どことなく木下富美子元都議に似ている30代の女性店長に出勤のあいさつをしてから勤務を始めました。
「おはようございます。これから入りますが、なにか注意することはございますか?」
「通常通りでお願いします。年末なので、充分に気をつけてくださいね」
急に忙しくなるから面倒なのだと、保安員の導入を毛嫌いする店長もおられるなか、優しく対応していただき気分よく現場に入ります。
食品売場は、年末年始の買い出しに来られたお客様であふれており、人ごみに紛れながら不審者探索に没頭するも、特に成果のないまま業務終盤を迎えることとなりました。外もすっかり暗くなってしまい、少し息を抜くべく入口脇のベンチに腰をかけて入店していく人たちを眺めていると、一瞬で目を奪われるほどの不審者を見つけます。
どことなくEXITのりんたろー。さんに似ている20代後半くらいに見える体格のいい男性が、左肩にかけたリュックの開口部を全開にしたままの状態で店の中に入っていったのです。
見逃せない気持ちになって追尾すれば、酒売場に直行した男性は、ワインやシャンパンが並ぶ棚の前で足を止めます。偏見的な見方ではございますが、発泡酒や缶チューハイといったお酒が似合う男性で、とても高級酒を嗜む人には見えません。売場にそぐわぬ男性の雰囲気に目を引き付けられていると、化粧箱に入ったシャンパンを次々と手に取り、抱えるようにして箱を重ねていきました。
最終的に、合計4本のシャンパンを抱えて売場を離れた男は、人気のない通路を探すように店内を歩いていきます。
(そこで、入れるのね)
ペット用品売場の通路にある太い柱の脇で足を止め、抱えるシャンパンを一本ずつ優しく床に置いた男は、リュックも降ろして、その場にしゃがんで商品を隠しました。来た時とは違って、しっかりと両肩を通してリュックを背負い、足早に立ち去っていきます。きっちりと詰めたために楕円形のリュックが真四角に変形してしまい、とても不自然な状態にみえますが、気に留める人は私以外に誰もいません。精算する素振りすら見せないまま、いわば堂々と店の外に出た男の背後から近づいた私は、腰元に垂れるショルダーハーネスのストラップを掴むと同時に声をかけました。
「あの、お客様……」
声をかけると同時に腰を捻って、背負うリュックを私にぶつけてきた男は、その場から逃走を図りました。リュックのハーネスから手を離さずにいたため、ふたり一緒に転倒してしまい、自然と男の下敷きにされて強く胸部を圧迫されます。自分の正体がバレることはもちろん、ヘタに巻き込んでケガをさせることもあるので、通行人に助けを求めることは避けたいところですが、あまりの恐怖に悲鳴を上げてしまいました。
「誰か!」
助けを求めると同時に、慌てて立ち上がった男が逃げようとするので、リュックを掴んで抵抗すると、その手を汚いスニーカーで踏みつけられます。こらえきれずに手を離したところ、リュックを奪って走り出しましたが、たまたま近くにいた学生3人組が取り押さえてくれました。
それから間もなく、駅前交番から警察官も駆けつけてくれ、ようやくに事態は収拾。開口一番、警察官に証拠保全を頼むと、リュックの中から4本のシャンパンが出てきました。被害品は、モエ・エ・シャンドンのロゼアンペリアルとネクターアンペリアルが2本ずつの計4点、合計で2万4,000円(税込)ほど。そのうち2本は、箱が凹んでしまい、もはや売り物にはならない状態に見えます。
息を吸うたびに胸が痛み、どうにも息苦しいので、警察官の言葉に甘えて救急車の手配をしてもらいました。その一方、否応なくパトカーに乗せられた犯人は、車内で現行犯逮捕となり、まもなく警察署に連行されていきます。
「大事に至らなくてよかった。本社に報告しないといけないので、診断書とあわせて事故報告書を提出してくださいね。年末なので、なるべく早めにお願いします」
警察官に呼ばれて現場に来た店長は、被害状況を把握すると、事務的な口調で言いました。このような受傷事故が発生した場合、クライアントに謝罪をしたうえで事故報告書を提出することになり、再発防止策の報告も求められます。店長からすれば、余計な仕事が増えたにすぎず、おそらく内心では面倒に思っているのでしょう。保安員の仕事は警備業に属しているため、無事故で1日を過ごすことが一番重要で、自分に落ち度がなくとも騒ぎを起こせば嫌がられるのです。
(頑張っているつもりなんだけど……)
野次馬の視線を浴びながら、少し嫌な気分で救急車に乗り込み、車内のストレッチャーに横たわると、胸に激痛が走りました。診断の結果は、肋骨骨折。2か所骨折しており、全治2か月の重傷です。
湿布を貼り、コルセットを装着して、痛み止めを処方してもらってから警察署に向かい、逮捕手続きを済ませます。犯人の男は、32歳。金がなく、換金目的で盗んだといい、執行猶予中の身であることから怖くなって暴れてしまったと話しているそうです。
「ご両親とは連絡ついたんだけど、“もう関わりたくないから好きにしてくれ”って拒絶されてね。あんた、これはやられ損になっちゃうかもなあ。治療費は、会社から出るの?」
幸いにも、この時は会社が気を使ってくださり、いくらかの治療費と休業補償が支給されました。はっきりいえば、通院費などを含めれば赤字で、いくらかの損失が生じていることは否定できません。
その後の裁判で、被疑者は前刑と合わせて3年6月の実刑判決となりましたが、商品代金や治療費の支払いはなされず、謝罪の言葉すらありませんでした。その事実は求刑に反映され、通常よりは重い判決が下されたと、検事に言われたことを覚えています。
保安員に対する暴行や報復行為は、罪を重くするばかりで、得られるものは何もありません。暴れてしまったがゆえに、罰金や賠償金は高額となり、素直に応じていれば執行猶予を得られたところ、実刑とされるケースもありました。もし万引きをしてしまい声をかけられるようなことがあったら、素直に従うことを進言しておきます。
もちろん、万引きしないのが一番であることは、言うまでもないでしょう。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)