腟ケアで彼氏もできました! セックスもしました!ーー2017年に発売され腟ケアブームの先駆けとなった『ちつのトリセツ 劣化はとまる』(径書房)を読んで、著者によるお説はこういうトーンだとは知っていましたが、動画で実際に語っているのを見ると、正直「うわあ……」となりました。NPO法人女性医療ネットワークの主催する「骨盤底祭り」配信を視聴したときの話です。
「骨盤底祭り」は、GSM(閉経後関連尿路⽣殖器症候群)および⾻盤底障害に悩むすべての⼥性に向けた啓蒙・⽀援イベントとして発足し、今年で第3回目。今回は「近年話題のフェムテックの中でも最も需要な課題の一つである骨盤ならびに尿漏れに関する最前線の知識を得ることができ、今の時代を生きる女性の身体にとって必要かつ貴重な情報に触れる非常に良い機会となります」と説明されていました。
イベントの核は、同NPO法人の理事長である対馬ルリ子医師と、骨盤底委員会委員長を努める関口由紀医師による、女性の身体に骨盤周りの健康がいかに大切であるかというごく基本的な解説。その合間に、スポンサーと思われる企業の宣伝トークが挟み込まれ、そんなアイテムがあるのか~とは感心しつつも失礼ながら少々退屈でした。
そして夜の部となった後半戦にゲストとして登場したのが、『ちつのトリセツ』の著者、原田純氏。そこで冒頭のセリフが飛び出したのです。
そもそも腟ケアとは何ぞや? という人に向け、簡単に解説を入れておきましょう。骨盤底筋を鍛える「腟トレ」とは異なり(こちらは2010年頃にちょっとしたブームになりました)、腟は使わないと「劣化」する。しかしオイルなどでケアすれば、女性の健康にとって最善最強! セックスをあきらめず、閉経後の人生も明るく元気に過ごしましょうねと謳われる、フェムケアのひとつです。布教者たちの言説にツッコミどころが多いものの、ここ最近のフェムテック需要にも乗っかり勢い衰えず、このまましばらく定着しそうな雰囲気です。
原田氏の同ヒット本では、助産師によって腟ケアの重要性を教え込まれ、恐る恐る試してみたところ……まあびっくり! 何もかもが好転! という流れで紹介されていきます。そしていかに人生が充実し、悩みから解放され、幸せになったかをテンション高く語る姿は、本の宣伝もあることを差し引いても、すっかり腟ケア信者といった風情。
配信ではアンケートで統計をとった一般女性のセックスやマスターベーションの平均回数を紹介し、これではぜんぜん足りていない! 腟は使わなければだめ! セルフプレジャー(マスターベーション)もっとやってください! 私は腟ケアで体の不調がすべて改善し、彼氏もできました! セックスもしました! って前のめりすぎないか。原田氏が、腟ケアをきっかけとして心身が好転したのは個人の体験としては嘘偽りないでしょう。しかしそれを、女性一般に通じるケアとしないで~。「更年期を経ても性行為を楽しめるのは健康である証拠」というならまだしも、性欲がないのは生き物として劣っている。更年期を過ぎても人生楽しく生きるには性生活を充実させるべし。腟を使わないから病気になる! と言わんばかりのトークは、なかなか納得しづらいものがありますね。
と、思うものの、昨今の腟ケアブームや同書の売れ行きを見ると、こうしたトークが一部の女性たちに響くものがあるのは確かなのでしょう。そしてその吸引力は、原田氏をはじめとする布教者たちの発信や実際の効果よりは、時代背景や社会構造にヒントがあるように思えます。こうした腟ケア万能説を受け入れるのはなぜか? 今回は、そのあたりに目を向けてみましょう。
まずは、腟ケアの布教者を見ていきます。フィトセラピー(植物療法)という切り口で腟ケアおよびアンダーヘア脱毛を推す森田敦子氏や、女性泌尿器科医として腟ケア啓蒙に乗り出した関口由紀医師。そして原田氏に腟ケアを伝授した、助産師のたつのゆりこ氏です。全員1960年代生まれで、青春時代は、女性の社会進出がようやく進み始めたバブル期でしょう(森田&関口のインタビュー記事をあさると「毎週葉山でクルーズ船」だの「ねるとんパーティ」だのバブリー用語が登場しておったまげ)。この世代の一般女性たちは、ボディシェイプやメイクアップなど、ビジュアルを磨き上げることに血道をあげていた印象です。性器や臓器を自力でどうこう……いわゆるインナーケアといった情報がメジャーになるのはまだまだ先。
ところが社会で活躍の場を得ていた彼女たちは、女性の社会進出がようやく進み始めたこの時代のありかたに違和感を覚えていたとか。個々の詳細は割愛しますが、ざっくりまとめると、そこに後の腟ケア布教につながるヒントを得たという話です。ちなみに、この世代には、「腟や骨盤庭訓をケアして女性本来のパワー(といってもご本人の作った幻ですが)と女の幸せを取り戻せ!」なる主張をいち早く発信した疫学者、三砂ちずる氏(経血コントロール布教の大御所)がいるのも、興味深いポイントです。
一方、歳を重ねてから腟ケアに出会い仰天した原田氏と同年代の女性たちは、どのような時代を過ごしてきたのでしょうか。原田氏は1954年生まれ。青春時代はだいたい60年代、高度成長期です。ヒッピー文化や学生闘争の時代、一部では性的にアクティブなことがよしとされていた空気もあったようですが、女性蔑視がまだまだ色濃く漂う時代。さらに当時はそれまでの支配的な家父長制から愛情を中心として成り立つ近代家族の形が作られていった時代でもあり、男が外で働き女は家事育児に専念という、性別役割分業に基づく家族モデルが理想とされていきます。
その構造を支えるため、今もなお母親たちを苦しめる、根拠なき「母性」のゴリ推しが襲来。20代で2~3人の子を持ち、3歳児神話やら家庭教育やらに振り回されながら、子どもは母親が責任をもって心血注いで質よく育てあげねばならぬという課題に取り組まなくてはならない。育児の悩みはもちろん、性の悩みを口にするのは相当憚られる空気が漂い、さぞかし抑圧感がハンパなかったことでしょう。都市部では同棲ブームもあったようなので、そちらもまた性生活が充実するぶん、相談する場所がないままにお悩みも増えたに違いありません。ちなみにその親たちは戦中から戦後復興の混乱期を生きた世代。自分の腟と向き合っている余裕は1ミリもなさそうです。
こんな背景から単純に、こんな構図が思い浮かびました。社会でバリバリ活躍していた精鋭の女性たちが、日本女性の身体はこんなにヤバい! それを自分たちが体験もしくは目撃してきた! と主張し、ポジティブにケアしましょうと癒す体で、より制圧されてきた女性たちのコンプレックスや不安を刺激する。更年期前後から急激に訪れる体の変化を、すべて「腟ケア不足」にすり替えてしまうイリュージョンーー。そもそも、布教者たちは若いころは腟ケアをしてこなかっただろうに、大病にも不幸にも見舞われていないでしょう。なのになぜ、今の20~30代までもを脅すのか。女性の社会進出から生まれる不安ビジネス、女性の味方であるフリしてとんだ茶番です。
もうひとつ、腟ケア賛美から感じるのは「歳をとっても性的に充実しているほうがイケている」「性的に充実してこそ、女は輝く」という謎の女性像です。バブル期周辺までは「25歳過ぎの女性は売れ残りのクリスマスケーキ」「恥かきっ子」なんて表現があったことからも、プレ更年期には性行為はとっくに卒業するものだという社会通念があったので、そうしたものへの反発・反動があるのかも(登場人物がやたらエネルギッシュなファンタジー漫画『島耕作』では高齢の女性も元気にセックスしてますけどね)。しかも女性の健康に重要! という大義名分や、もともとアーユルヴェーダなどの伝統療法では存在していたことから、取っつきやすさは抜群。性器のケアを通じて性を謳歌する格好のきっかけも授けられ、原田氏のように抑圧や満たされない思いから解放された人もいるのでしょうか。
そもそもの健康不安が少ないので腟ケアに反応しないということを差し引いても、こうした主張は90年代以降の世代にはあまり通じなそうです。90年代は若い世代が性的に弾けた傾向がある時代のひとつでもありますし、情報過多のこの時代、セックスにそれほどの関心は払われないので、「性的に充実しているのがイケている」という価値観は何をか言わんやでしょう。マッチングアプリで出会いを楽しむ若者はたくさん存在していますが、よしんばいたした数を自慢しても、今の時代ではただのイタい人では。
腟ケアのターゲットとなるのは、更年期周辺の女性たち。性的なコンプレックスはどの世代でも必ず存在しますが、「ケアをしてこなかった」「タブーとして触れてこなかった」「向き合ってこなかった」という呪いの言葉に反応しやすいのは、時代背景を鑑みるにこのあたりっぽくないですかね。性的なコンプレックスというと、若い世代のものと思われがちですが、腟ケアブームからは、決してそうではないことがわかります。更年期にまつわるアレコレが一大産業になっていくこれからの世の中、こうした手口はますます増えていくに違いありません。思い当たるとドキッとさせられるようなトークには、全方向ご注意を。
★Information
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山田ノジル×黒猫ドラネコ
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