世間を戦慄させた事件の犯人は女だった――。平凡に暮らす姿からは想像できない、ひとりの女による犯行。自己愛、欲望、嫉妬、劣等感――罪に飲み込まれた闇をあぶり出す。
1983年の仕事納めも近い年の瀬の群馬県。国鉄桐生駅にほど近い中心街に、織都の栄華を残す元遊郭の3階建てアパートがあった。この2階に住む逸見隆史さん(仮名・84=当時)は、市役所や新聞社、生命保険会社などを渡り歩いたのち、8年前に退職。年金と息子からの仕送りで、年末の慌ただしさとは無縁な一人暮らしをしていた。
ところが、12月20日に部屋の布団で発見された逸見さんは、絞殺されていた。年をまたぎ、84年1月8日に逮捕されたのは、静岡に住む主婦2人。野口ミツ(仮名・49=当時)と、共犯の柿山奈美(同・50=当時)だった。
▼前編▼
84歳の逸見さんと「男女関係がありました」
年金と息子からの送金で、六畳一間のアパートに質素に暮らしていた逸見さんは、貯金から友人や知人に金を貸していた。しかも利息をとるのだが、これが安くはなかった。
「2,000円借りて、4日後に返したら元金、利息含んで2,500円になっていた」(近所の老人の話)
この逸見さんからも、ミツは金を数回借りていたのだ。近所の主婦が言う。
「あのおじいさんがよく取り立てに来ていましたね。『いつ来てもいない』とこぼしてましたよ」
タクシー運転手の男と再婚したころには、新しい夫のきょうだいの手前もあり、隣近所への金の無心は控えるようにはなっていたが、サラ金からは以前にも増して借りまくり、パチンコ屋通いの日々も相変わらずだった。
これに気がおさまらないのが、金を貸しっぱなしだった逸見さんである。再婚先を突き止め、返済を迫ったのだ。
これにはミツも頭を抱え、逸見さんの住むアパートの管理人に相談を持ちかけた。そのうえで、管理人も交えて話し合いが持たれたのだが、この管理人が、なぜか2人を前に、男女関係の有無を問いただした。
それには理由があった。逸見さんは、高齢にもかかわらず、日頃からアパート内でこう公言していたからだ。
「女に不自由して困る」
「朝は、いまでも元気に立っちゃって」
ミツは管理人の出し抜けの問いに、「(男女関係は)ありました」とぽつり答えた。それも「数えられないくらい」だったという。近隣からは“見栄っ張り”で“演技をする”という評判だったミツの言葉をどこまで信じられるかという問題はあるが、この日は結局、逸見さんの借金返済要求は、断念せざるを得なくなったという。
ミツにとって残る問題は、サラ金からの取り立てのみとなった。しかし、転居先を探し当てた業者は、夫の勤めるタクシー会社に押しかけるようになり、夫は退社を余儀なくされる。その後、夫婦で静岡県三島市へと夜逃げしたのだ。
しばらくしてミツは三島市内の工場にパート勤めに出るが、わずか12日で辞めてしまった。このパート先で知り合ったのが、奈美である。
夫はトラック運転手で、帰宅は週に一度ほど。上の2人の子はすでに就職し、事実上は長女と次女との3人暮らしであった。アパートの家賃支払いに滞りはなかったが、生活は苦しく、町内の自動車部品工場へパートに出ていた。
そこを辞め、次のパート先で知り合ったのがミツだった。2人が共に働いたのはわずか12日間だったが、このときは奈美もサラ金の返済に追われており、同病相憐れむ仲となったのだ。
一方、ミツはこのパート先を辞めたあと、働いた形跡はなく、それどころか、桐生市に住んでいたころに足繁く通っていたパチンコ屋に再び通い始めた。さらには、それまでパチンコ屋に行くこともなかった奈美も、ミツに教えられ、2人でパチンコ屋に日参するようになる。
「奈美は地味でしたが、ミツは金縁のメガネをかけて、派手な色の服を着ていたから目立ちました。2人そろって毎朝11時ごろ来るんですが、腕のほうはねぇ……」
店主が振り返る。多い時、ミツは5万円もスっていたという。気づけば2人は、三島市内のサラ金からそれぞれ、200万円ほどの借金をしていた。
事件の2カ月ほど前から、奈美は、近所の主婦を訪ねては「子どもの高校の月謝が払えない」「給料日前で現金が手元にない」といった口実で、次々と借金を重ねるようになっていた。このままいけば破滅しかない……そんなとき、ミツが逸見さん殺害を持ちかけた。
コツコツと貯金しており、高齢で、一人暮らしの老人……逸見さんをターゲットに据えた理由は、それだけではなかった。ミツは、「サラ金以上の厳しさ」で借金を取り立て、返済不能な女性には交際を迫る、そんな逸見さんに対する“意趣返し”も含めて計画を立てたのだった。
アパートの管理人がかつて逸見さんとミツの間に立って話し合いを設けたとき、肉体関係の有無を尋ねていたが、そのころミツは週に1、2度、逸見さんのアパートを訪れ、セックスに応じ、下着やワイシャツなどの洗濯もしていた。
2人は新幹線などを乗り継ぎ、静岡から桐生へ。逸見さんの部屋を訪れ「泊めてほしい」と持ちかけ、3人で川の字になって床に就く。
やがて逸見さんが寝入るのを見計らい、持参した紐をまずは奈美が、逸見さんの首に巻きつけた。その片方を、ミツに手渡す。そして両方から、2人で互いに紐を引っ張り、逸見さんの首を絞めた。
気持ちがたかぶっていたのか、2人は桐生市から三島市まで戻る時、タクシーで桐生から栃木県まで移動。殺害後に逸見さんの預金通帳からミツが引き出した90万円は、折半し、2人とも三島市内のサラ金業者への返済にあてたという。
とはいえ、完済には程遠い。1人の老人を殺したのは金のためか、それとも、逸見さんから“金利”として何度も体を求められたことからか。
◎参考文献
「サンデー毎日」1984.1.29号
「週刊新潮」 1984.1.19号
「アサヒ芸能」 1984.1.26号
「週刊現代」 1984.1.28号