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松田聖子と神田沙也加さん、「原因探し」は必要か? 親子関係を掘り起こす意味のなさ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の有名人>
「聖子さんは非常に繊細な方ですので」 カメラマン・YAHIMONときはる氏
「女性自身」2022年1月18日・25日合併号(光文社)
 
 昨年12月、女優・神田沙也加さんが急逝した。火葬のあと、父親である俳優・神田正輝と母親である歌手・松田聖子は会見を行なったが、どんな気持ちでわが子の位牌を抱き、報道陣に挨拶をしたかと思うと、その心中は察するに余りある。

 こういう時、「原因探し」をするのはマスコミのお仕事なのだろう。1986年、聖子が当時所属していた事務所の後輩にあたるアイドル・岡田有希子さんが自ら命を絶った。「岡田さんは共演したある俳優にあこがれていたが、相手にされず失恋をはかなんだ」というのは、当時マスコミが見つけた「原因」だ。

 その後、週刊誌は岡田さんが妊娠している可能性について書き立てるなど、話はおかしな方向にどんどん膨らみ、根拠のない、臆測の域を出ない記事が出続けた。岡田さんのご家族は、さぞ精神的に追い詰められたことだろう。

 沙也加さんの場合、本人も多数のファンを抱える有名人であることに加え、母親は「あの松田聖子」である。一時、聖子と沙也加さんは関係がうまく行っていないという報道が出たこともあり、今も親子関係に触れながら「原因」を探す記事は多い。

 「女性セブン」2019年12月19日号(小学館)によると、聖子と沙也加さんはぶつかることも多かったようだ。沙也加さんは“松田聖子の娘”というプレッシャーに晒されただけでなく、聖子の度重なる結婚と離婚により転校を経験したり、いじめに遭ったりと「しなくてもいい経験」もたくさんしたという。 
 
 そんな沙也加さんは、14年に映画『アナと雪の女王』で日本語吹き替え版の声優を担当。主題歌を歌うなどして大ブレークを果たす。押しも押されぬスターとなった沙也加さんと、母でありスターである聖子の共演を見たいと思う人もいたことだろうが、その後も親子共演が実現することはなかった。

 いつも一緒にいて、なんでも話し合い、進んで共演をして「ママのすごさ」「娘のかわいらしさ」を語ることを「仲良し親子」と呼ぶのなら、聖子と沙也加さんは仲良しではなかっただろう。そして、その「原因」を頻繁に男性スキャンダルを起こした聖子のせいだと見る人もいるかもしれない。

 しかし、親子関係というものは「どこから見るか」で印象は大分変ってくる。断片的にしか情報を得られない他人には、到底理解できないものだと思うのだ。

 その昔、明石家さんまと女優・大竹しのぶの娘であるIMARUは『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系)に出演し、親のネームバリューで仕事を得ても、それに見合った活躍ができないと「親のことばかり聞かれる」ようになると言っていた。つまり、番組が求めているのはIMARU本人ではなく「親の話」なのだろう。

 ということは、沙也加さんが親子共演をしない、親の話を出さないというのは、親の名前がなくても番組に出てほしいと思われる芸能人に立派に育った証しといえるのではないか。見方を変えれば、これが親子共演をしない理由とも捉えられるわけで、実際に「仲良し」なのかどうかは、本人たちにしかわからないはずだ。

 親と子は別人格だから、大人になれば、親と子で意見が違うことは珍しくないだろう。それを不仲という言葉でひとくくりにするのは、ちょっと乱暴ではないだろうか。また、週刊誌が聖子と沙也加さんの親子関係に頻繁に触れることで、さまざまな臆測を呼んでしまい、それが聖子を追い詰めないとは言い切れない。仮に親子関係が悪かったとしても、そういう人は世の中にいくらでもいる。であれば、親子関係を掘り起こして「原因」を探すこと自体が無意味といえるのではないだろうか。

 「女性自身」2022年1月18日・25日合併号(光文社)の記事で、デビュー当時の聖子と仕事をしたカメラマン・YAHIMONときはる氏は「聖子さんは非常に繊細な方ですので、しばらくお休みすると思います」と話していたが、どうかゆっくり心身を休めてほしい。また、報じる側も、こういうケースの時は特に、純然たる事実だけにとどめるなど、配慮が必要ではないかと思わずにいられない。