子育てに欠かせないアイテムである「絵本」。虫が好きな親子であれば、おうちの本棚も虫のお話だらけになってるんじゃないでしょうか。今回は、そんな本棚の中に置かれても、ちょっと異質な魅力を放つであろう、ひねりのある作品をご紹介。虫絵本だけど虫じゃない!? 人の数だけいろいろな読み方ができそうです。
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絵本では、自然との触れ合いがたくさん描かれます。すると「虫」の登場頻度が高くなるのは当然のこと。緻密でユーモラスな絵が素晴らしかったり、生態や自然が分かりやすく楽しく描かれていたりと、さまざまな魅力が詰め込まれています。でもきっと、その手の本はさまざまなところで既に紹介されているでしょう。
そこで当連載では「虫の周りにある文化や価値観」に触れられる絵本をチョイスしてみました。子どもは楽しく読めて、一部の大人にはチクリと刺さる。虫の楽しさに加え、別機軸の味わいもある絵本3選です。
虫絵本その1・子供の学びから、日本の虫事情までを考えられるかも
『虫ガール ほんとうにあったおはなし』(著・マーガレット・マクナマラ ソフィア・スペンサー、絵・ケラスコエット、訳・福本 友美子/ 岩崎書店) 主人公のソフィアちゃんは、現代を生きる「虫めづる姫ぎみ」です。ただし、古典の虫めづる姫君やナウシカのような悟りを開いた虫ガールではなく、世間の偏見に悩み傷つく小学生。しかも、実在します。
ソフィアちゃんが虫沼に目覚めたのは、2歳半の時。お母さんと蝶を放し飼いする温室に出かけ(多摩動物公園にもありますね!)、それ以来すっかり虫のとりことなります。虫の本を読み、ビデオを繰り返し見て知識をモリモリ蓄え、立派な虫屋の卵へと成長していき、充実した虫活を楽しむソフィアちゃん。ところが小学校に上がると周りの友達には社会性というやっかいなものが備わり、虫はマイノリティな趣味と判断され、学校で「へんなものが好きな人」とラベリングされてしまう。そして、いじりの対象になるのです。
この物語は「虫」そのものがどうこうではなく、価値観の違いと多様性を大切にしましょうという人権の話、そして子供を伸ばす親の態度がメインテーマでしょう。しかし私は、日本における虫の扱いを思い浮かべてしまいました。
現代人は基本、大大大の虫嫌い。昆虫採集という楽しみや季語で虫が使われるなど、文化的に虫が根付いている日本でも、昨今はそれが顕著です。「虫ケラ」「ハエ」「ダニ」と言われれば、200%悪口ど真ん中。2012年には「虫が苦手な子もいる」という理由から、学習用品のロングセラー「ジャポニカ学習帳」から昆虫写真が消えていたという出来事もありました(現在は復活しています)。
私は昆虫食愛好家として何度かTV等のメディアに出演していますが、そうした時に発生する世間の声は「キモイ」が圧倒的多数(もちろん、嬉しいお言葉もたくさんいただきますが)。そもそも起用意図は著作に対する評価等ではなく、明らかに「女なのに虫食ってる」という点が大きいでしょう。その当時よく目にした「昆虫食女子」なるキャッチも、「女はキレイでかわいいスイーツが好きなのに、虫を食べるとは意外すぎ」というジェンダーバイアスがぶっこまれています。
ソフィアちゃんの物語では「女なのに虫好き!」なる点に言及するシーンはありませんでしたが、もしこれの舞台が日本だったら「虫を怖がるほうがかわいらしい」という風潮を敏感に感じ取り、そうふるまう虫嫌い女子たちがたくさん出てきそう。同書でわざわざ「ガール」とタイトルに入れているのも、「女が虫を好きなんて珍しい」というバイアスでしょう(歴女とかリケジョと同カテゴリー)。野生の虫を食べる文化圏では基本、虫の採取は女子供の仕事になる傾向があるのに、ところ変わればそれが一転。なぜ「虫は男の楽しみ!」となるのかいつも不思議に思います。虫柄の子供服を探しても、圧倒的に男児向けが多いですし。
ソフィアちゃんのケースは、理解ある大人の介入で事態が好転するので救いがあって何よりです。この本が「昔はこんなだったんだ!」と子供たちに驚かれるようになるよう、私たち大人がふるまいや情報発信などを気を付けていきたいものです。昨今は「人権」を学ばせるような絵本が増えていますが、まさかの虫を切り口にした絵本の中で出会えるとは思いませんでした。
虫絵本その2・本当にコワいのは何でしょう
『ごきぶり大王』(著・コルネイ・チュコフスキー、絵・S.A.オストローフ、訳・田中 潔/偕成社) 楽しく暮らす森の動物たちの前に現れた、恐ろしい怪物「ゴキブリ」。ウサギやネズミなどの小さな動物ばかりでなく、オオカミやワニや熊、ライオン、カバまでが言いなりになり、ゴキブリは暴虐の限りを尽くします。その挙句、それぞれの子供たちをエサとして差し出せと! さて、動物たちはどうする?
1925年にロシアで生まれたこの物語は、児童文学作家として名を馳せたコルネイ・チュコフスキーによって描かれたもの。後に人気画家が挿絵をつけ、日本では2008年に発売されました。作者の生きた時代を考えると、イメージだけで「ゴキブリ怖い!」とおびえる動物たちに、なにやら教訓めいたものを感じます。時代的には、スターリンの時代に対する風刺とも考えられそうですが、それに関する情報は特に得られなかったので真偽は不明。それを抜きにしても、おそロシアでもゴキブリ怖いんだという親近感も覚えます。
物語に時代が反映されるのはいつの世も変わりませんが、今これを読む子供たちは物語をそのまんまに受け止め、動物たちがゴキブリに震える姿に笑い転げるに違いありません。実際、うちの娘も初見時は怪訝な顔をしていましたが、繰り返し読むうちに、ずっこけのオチがまちきれんとばかりに、いつも含み笑いを隠しきれない様子で聞いています。
一方私の目には、ゴキブリを「恐怖の象徴」として大騒ぎする今の世の中にもそっくりだと写りました。確かにゴキブリは都市部でも家屋に出現することが多いので、予想外のタイミングで現れ、他の虫以上に私たちを驚かせます。そして水分や生ゴミを狙ってやってくるので、基本不衛生です。昭和の読売新聞朝刊に掲載されていた4コマ漫画「コボちゃん」でも、ゴキブリエピソードがあったなあ。コボちゃんのママがゴキブリに遭遇するたび「きゃーゴキブリ」と叫ぶので、コボちゃんがゴキブリの名称を「きゃあゴキブリ」だと勘違いするのです。「ゴキブリ怖い」という、共通認識あっての虫回でした。
ところが本来は都市部でも、ゴキブリは公園などの自然に生息する種類のほうが多く、家屋に住み着くのはごく一部なので、ゴキブリ=家の害虫とは限りません。それに家屋に出るのは、餌場を作るような家側の問題もあります。ゴキブリは雑菌を振りまくことでも嫌われますが、不衛生な場所を歩き回って体表に菌がついているだけで、ゴキブリそのものが汚いわけではありません。むしろ不衛生な環境でも生息できるよう、有害な細菌を死滅させられる物質を脳に備えているくらい、すごい抗菌力を備えていたりもします。
そこまでマニアックな話を持ち出さずとも、ごく普通の暮らしの中では、刺されるとヤバいことになるケースが多々ある蜂や、鋭い牙を持ち攻撃的なムカデと違い、ゴキブリをそこまで警戒する必要はないのでは。と、私は何を力説しているのか。
巷には、イメージ先行で実像が伝わっていないものが山ほどあります(添加物とか)。ネガティブな情報は光の速さで拡散され、それを打ち消す情報はさほど広まらないといった困った現象もあるでしょう。ごきぶり大王の物語は、今の世で「恐怖で人を操る悲劇」をさりげなく教えてくれるのではないでしょうか。そんなややこしいことは抜きにしても、絵の雰囲気や言葉の独特リズムがクセになり、十分楽しめますが。
虫絵本その3・虫の描写はご都合主義でも、不条理さは本物
『でんせつのきょだいあんまんをはこべ』(著・サトシン、絵・よしながこうたく/講談社) 虫の姿で描かれているものの、ぶっちゃけ虫どうでもいいよね! という、ご都合主義的な感じが逆に面白く感じられる作品です。作画は、パワーみなぎるタッチが魅力的なよしながこうたく。『給食番長』(好学社)あたりが、よく知られているでしょうか。お話は、アリ達が道に落ちたあんまんをどうやって丸ごと巣穴に持ち帰るかという、汗と涙のプロジェクトX。読み聞かせしている親の脳内には、中島みゆきのBGMが流れそう。
アリは、集団で力を合わせてエサを運搬します。それは社会的昆虫ならではで、獲物として登場するあんまんとの大きさ比も物語をドラマチックに盛り上げます。ところが、労働力として描かれるのは雄々しくマッチョな男たち。本にも注釈があり「本来は働くのはメスですが、勇ましさや迫力が出しにくいので、別の世界の虫ってことでオスの設定にした」そうです。これ、タツノコプロの昭和アニメ「昆虫物語 みなしごハッチ」でもありましたね~。ミツバチの巣を襲うオオスズメバチが男性的なビジュアルに見えるし、そもそもハッチは姿かたちが既に成虫。ママを探している場合ではなく、新女王と交尾しなくちゃなんですが。ちなみにここにジェンダー問題や表現の矛盾を持ち出すつもりはなく、単純に虫の生態をムシしたご都合主義め~と笑いたいだけですのでご了承ください。
この作品はオチも含め、数々のトホホと不条理がたくさん。子供にはこんな楽しい絵本から、世には仕方のないこともあると学んでほしいものです。育児そのものが理不尽に満ちているので、親はお腹いっぱいかもしれませんが。うん、やっぱり虫関係ないですね。
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虫がモチーフの絵本を手にする中で、こうした意外な作品と出会うのが楽しくてたまりません。同じベクトルの映画やアニメも紹介したいものですが、残念ながら当連載は5月までの予定。また別の機会をぜひ、頂戴できると嬉しいです。
『むしくいノート びっくり!たのしい!おいしい!昆虫食のせかい』(カンゼン)■連載「ムシモアゼルギリコの虫食う母×子どもの虫ばなし」一覧ページ