羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。
<今週の有名人>
「わかりやすく的確に科学を伝える」桝太一アナウンサー
『真相報道バンキシャ!』(1月23日放送、日本テレビ系)
新型コロナウイルス感染症の流行は、第6波が必ず来ると言われていたが、ここまでの感染者増加を予想していた人はいただろうか。共同通信社によると、2月2日、日本国内で新たに報告された新型コロナウイルス感染者は9万4,908人となり、過去最多を更新したそうだ。
芸能人が感染したというニュースを聞くことも多くなった。タレントのベッキーや及川奈央、お笑い芸人のオードリー・春日俊彰と若林正恭、歌舞伎俳優・中村芝翫、女優・ともさかりえら、多くの芸能人が新型コロナ感染を報告している。お笑い芸人のダウンタウン・松本人志は濃厚接触者に該当するという理由で、1月30日放送の『ワイドナショー』(フジテレビ系)を欠席した。
同番組では、タレントのヒロミ、眞鍋かをり、お笑い芸人のEXIT・兼近大樹ら出演者が新型コロナへの意見を述べていたが、私には歌手・西川貴教の発言が興味深かった。「こういった形で(テレビに)出ている人間が言うことじゃないのかもしれないですけど、テレビというかメディアの罪っていうか。専門家でもない芸人さんとかタレントさんとか我々みたいなものが出て行って。(中略)ああでもないこうでもないとコメントを求められるから、言わなくてはいけない。日々情報はアップデートされるし、その度に意見が変わったりして、いろんな不安を煽っているんじゃないかと思って」と述べていた。
番組MCでお笑い芸人の東野幸治が「専門家じゃない人のコメントは、できるだけ言わないほうじゃいいんじゃないか」と要約していたが、その通りではないだろうか。感染症の専門家でもわからないことを、芸能人に答えさせるのは無理がある。タレントたちもそれをわかっているからか、自分の対策や周辺の出来事を語る場合が多いように思う。一方で、厄介なのは「頭がいい枠」のコメンテーターではないか。
人は誰しもバイアスをかけて物を見ている。たとえば、「偉人の名言」はその代表例といえるだろう。“経営の神さま”こと、パナソニックの創業者・松下幸之助氏の名言に「世にいう失敗の多くは、成功するまでにあきらめてしまうところに原因があるように思われる」というものがある。「成功するまでやり続けろ」という意味だが、事業に失敗して会社をつぶしてばかりいる人が同じことを言ったら、世間サマは納得してくれるだろうか。おそらく「損切りが遅いから、事業に失敗するんだ」と批判されるのがオチだ。人は誰しも社会的地位で相手の発言を信頼するか決めているからこそ、この言葉を「名言」と捉えるのだろう。
人によってバイアスの強弱は異なるが、私たちはまず、その人の見かけや社会的地位などで相手を信頼するかどうかを、うっすら決めてしまっている。『報道ステーション』(テレビ朝日系)などでコメンテーターを務めたタレント・ショーンKは、「テンプル大学でBA(学士)、ハーバード・ビジネス・スクールでMBA(経営学修士)を取得。パリ第1大学パンテオン・ソルボンヌに留学」という華麗な学歴をウリにしていた。しかし、2016年3月発売の「週刊文春」(文藝春秋)により、これらが経歴詐称であったことが発覚し、タレント活動を自粛することになる。
経歴詐称はいけないことだが、ショーンが活動している最中、「学歴が高いわりに発言の内容が薄いな」というように詐称を疑う人は、ほとんどいなかっただろう。これは、私たちに強いバイアスがかかっていた証拠ともいえる。「何を言うか」ではなく「誰が言うか」で、その発言を支持するかしないかを決めてしまっていたのだ。
ワイドショーなどに出演する学者や専門家たちは、言うまでもなく高学歴を誇る「頭がいい枠」である。芸能人の不倫のように「夫婦で解決してください」という問題であれば、どんな意見を言ってもたいした問題にはならないだろう。しかし、新型コロナウイルスのように多くの人の生命や生活に関係することを「頭のいい枠」の人が口にすると、「あの人が言っているから正しいに違いない」と本気にする視聴者は多いように思う。
しかし、その情報が間違っている場合もある。「頭のいい枠」の人の発言はネットニュースになって拡散されていくので、番組を見ていない人にまで悪影響が及ぶかもしれない。
そんな難しいポジションにいる「頭がいい枠」だが、高学歴だけではテレビのコメンテーターは務まらない。キャラの濃さやアクがなければ視聴者から人気が出ないので、どんなに正しいことを言っても話を聞いてもらえないだろう。みんなが同じ意見では番組は面白くないから、あえてヒール役を演じるようなサービス精神も必要とされそうだ。とはいえ、「頭がいい枠」はタレントではないので、これらの条件を完璧に満たす人は極めて稀だろう。
それでは、テレビで新型コロナのことをうまく話題にしつつ、デマを拡散しないためにはどうすればいいのか。答えはごくシンプルで、番組の中に“調整役”がいればいいと思う。「頭のいい枠」のコメンテーターと同等か、それ以上の知性を持ち、かつコメンテーターの個性を殺さず、けれど、問題がありそうな発言は軌道修正を図る。
口で言うほど簡単なことではないが、それができそうな人物がただ一人いる。日本テレビの桝太一アナウンサーだ。
1月23日放送の『真相報道バンキシャ!』(日本テレビ系)で、今年3月末をもって日本テレビを退職し、同志社大学ハリス理化学研究所の専任研究員に転身することを発表した枡アナ。科学と社会をつなぐ「サイエンス・コミュニケーション」という学問分野を極めるための退社だそうで、「わかりやすく的確に科学を伝える方法を、番組を通して皆さんと一緒に考えて実践していくことを目指したいと思っています」とコメントしていた。
枡アナの日テレ退社を「人気アナウンサーからアカデミック分野への転身」と見る人もいるだろう。しかし、私は事実上の「フリー転身宣言」だと解釈した。
新型コロナウイルスだけではなく、近年、地震や台風など、命をおびやかすほどの自然災害が増えている中、科学にまつわる情報は今後さらに必要とされていくだろう。そんな中で、各種コメンテーターの“調整役”として、専門家の言うことを理解できる科学的知識を持ったアナウンサーは、今のところ桝アナ一人といっても過言ではないはずだ。
桝アナはもともと東大大学院農学生命科学研究科出身で、すでに科学に関する素養は十分すぎるほどある。今後、同志社大学ハリス理化学研究所で実績を積み上げていけば、視聴者には「桝アナが言っているなら、本当だ」と受け入れてもらえるだろう。
高年収の日本テレビを辞めてまで研究者になる桝アナを、「お金への欲がない人」とするいう書き込みをネット上で見たが、フリーのアナウンサーとして科学番組の司会を一手に引き受ければ一人勝ちなわけで、日テレ時代の年収など軽く超えるのではないか。
これまで、人気局アナがフリーとなる場合、主戦場をバラエティ番組やワイドショーに移すことが多かった。しかし今、この分野は苦戦続きのレッドオーシャンであり、参入するのは得策ではないだろう。テレビを見ない人が増えているともいわれるが、災害のときはテレビでニュースを確認する人は多いはず。これから、ますます世の中に求められるだろう分野が、自分の得意分野であるという奇跡。やっぱり、桝アナのように人気のある人は、ツキもあるのだと恐れ入るばかりだ。