• Thu. May 26th, 2022

母の愚痴、ボケが進んだ父――「いい加減にしてくれよ」と親を叱る一人息子の憂鬱

“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

 そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。

妻は銘柄で選んだ

 木村保和さん(仮名・56)はバツイチだ。勤務していた会社を早期退職して、今は投資で生計を立てている。木村さんの話を聞いていると、仕事柄なのか「銘柄」という単語が頻発する。

「前の妻とは30代のはじめに離婚しました。僕が妻という“銘柄”を見分ける目がなかったんだと思いますね。というか、もっと銘柄を成長させられると思っていたけれど、ダメだったということです」

 銘柄? 妻は株式投資のようなものだと言いたいのだろうか。

「マチュリティを過大評価していたんだと思います。自分に対しても、相手に対しても。お互い若かったですから」

 煙に巻かれるような会話に、こちらの頭が追い付かない。どういうことかと聞いてみると、社宅に住んでいたときに、木村さんの前妻は同僚の奥さんと大ゲンカして、夫たちを巻き込んだうえ、実家に帰ってしまったということらしかった。精神的に未熟で大人になり切れていなかったというのが離婚原因ということのようだ。

「とにかく、それで今の妻を選ぶときはプロコンで精査しましたよ。ちゃんと近所づきあいができるのかとか、子育てできそうかとか……」

 プロコンとは、メリットとデメリットという意味で、より良い選択をするために使う分析手法、とのことだ。つまり、今の妻の銘柄は優良だったというわけか。

「まあそうですね。妻にとっても僕という銘柄は悪くないと思いますよ。家計の予算管理、全部僕がやってあげるんだから、妻は何もしなくていい。使うだけです」

 夫婦の話が長くなった。ともかく今の家庭は木村さんの計画通りに進んでいるわけなのだが、親との関係になるとなかなか計画通りにはいかないようだ。木村さんは一人息子で首都圏に住み、両親は九州で暮らしている。

「以前から二人暮らしには不安があって、母もたびたび僕に電話をかけては不安を訴えていました。父は10年くらい前、あまりに足がふらつくというので医者に診てもらったら、神経系統の病気だと言われました。そうそう僕が様子を見に行くわけにもいかず、どうしたものかと思っていたんですが……」

 父親は症状を和らげる薬は飲んでいるが、言語や運動機能が次第に衰えていく。頭ははっきりしているだけに、父親ももどかしい思いをしているようだ。

「これで母まで病気をしたり、介護が必要になったりすると共倒れになってしまう。だから、母がまだしっかりしているうちに、二人で老人ホームに入ってほしいとずっと言っていたんですが、父がなかなかウンと言ってくれませんでした」

 父親の考えが変わったのは、6年前の熊本地震だった。

「実家は無事ではあったんですが、相当大きな揺れだったようで怖い思いをしたらしいです。それで、父が『やっぱりホームに入るから、よさそうなところを探してほしい』と言い出したんです」

 渡りに船とばかりに、木村さんはホーム探しのために帰省した。優先すべきは、安全性と快適性。ホームの「銘柄」はその点を重視して選んだ。

 決めたのは、温泉付きの有料老人ホームだ。決め手になったのは、鉄筋コンクリートの建物なので、災害に強いこと。さらに温泉がついているので、父親の身体が今後もっと不自由になって外出ができなくなっても、気持ちが少しでもまぎれるだろうと考えた。温泉付きというのは、その地方ではそう珍しいものではなかったらしい。何ともうらやましい話だ。

「熊本地震のあとも、何度か震度5程度の揺れは起きましたし、豪雨被害もありました。だからとにかく安全な建物にいるというのが、離れて暮らす僕にとっては一番のメリットですね。両親も安心しています」

 両親がホームに入る際には、自宅も売却した。これもプロコンだ。古家を残しておいても、木村さんに何もメリットがないどころか、負の資産になる危険性が大きいことから、迷わず売却を選んだのだという。

「親が満足しているかどうかはわかりません。けれど、葬式代くらいは取っておきたいと言うので、入居費用の半分は僕が出してあげているし、文句はないだろうと思っています」

 父親は、入居してしばらくは自宅に戻りたいと言っていたが、もう諦めたのか、何も言わなくなった。「ボケが進んだのもあるんじゃないですかね」と木村さんは言うが、プロコンでは割り切れないものもあるのではないか。人間だもの。

 母親は今も木村さんに電話してきては愚痴をこぼす。それが、木村さんの憂鬱のタネだ。

「愚痴を言ってもどうしようもないのに。いつもは黙って聞いていますが、僕も疲れているときには寛容になれなくて、『いい加減にしてくれよ』と叱ってしまいます。銘柄ですか? 妻と違って、親の銘柄は子どもには選べないし、こっちも諦めるしかない」

 自虐的に言いながらも、木村さんや子どもたちが交代で両親のもとに通っているというので、銘柄やプロコンがすべてではないことは木村さんも十分わかっているのだ。

「孫なら無条件に優しい言葉もかけてやれますしね。両親も僕が行くよりも喜んでいますよ」

 親は老いるばかりだ。もはやその銘柄が成長することはない。

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