近年、中国のアイドル界は目まぐるしく変化している。昨年、中国の動画配信サービス「WeTV」で放送されたオーディション番組『青春有你3』は、全10話の累計再生回数が50億回を突破し、中国国内では社会現象となった。しかし同時に、ファンのあらゆる応援活動を国が「規制」するという結果を招いた。
今、中国の芸能界、そしてファンコミュニティの間では何が起こっているのだろうか? 中国オタクカルチャーに詳しい中国出身ライター・はちこ氏が、日本からはなかなか見えてこない、“中国芸能界とファンの今”について寄稿。中国の「推し活規制」に至るまでの経緯を整理した前編に続き、後編では、中国進出を狙う日本のアイドルや芸能事務所に与える影響についても解説してもらった。
前編はこちら
中国で社会現象レベルのヒット、オーディション番組『超級女声』が打ち切られたワケ
中国は2011年以来、「インターネット環境の整理整頓キャンペーン」を定期的に開催している。毎年キャンペーンの内容は異なるが、社会全体、特に未成年に悪影響をもたらすようなウェブサービスを対象に、国が改善命令を出しているのだ。これまでも、大手の動画配信サイトや小説投稿サイトなどもこの規制を食らったことがあるが、年々「低俗なコンテンツ」に対しての検挙が厳しくなっている。
中国でインターネットがそこまで発達していなかった時代でも、こうした規制が入ることは当たり前。これらの規制が原因で、業界の構造が大きく変わったことも珍しくない。04年から始まった、あるテレビ番組を対象にした規制は代表的だった。
このとき規制の対象となったのは、地方局の大手・湖南テレビがアメリカのリアリティーショー『アメリカン・アイドル』をリメークした『超級女声』という番組。歌が好きな女の子なら誰でも参加でき、審査員よりも視聴者の投票が重要で、投票によって順位や勝ち負けが決まる。今聞くと“あるある”かもしれないが、当時の中国では斬新なシステムで、社会現象レベルのヒットを叩き出した。
当時、投票は携帯電話の有料ショートメールを使っていたことから、推しのアイドルを勝たせるために、大金を注ぎ込む若者が続出。これにより、07年に放送統制・検閲を監督する政府の行政部門「広電総局」は、オーディション番組全般に対して厳しいルールを設け、番組の放送を実質中止させた。途中で一時的に復活したものの、再度政府から指導が入ったため、結局、『超級女声』は打ち切りとなった。
ではなぜ、今回再びアイドル業界が規制の対象になったのだろうか。筆者は主に3つの原因があると考えている。
1つ目は、アイドル業界が拡大してビジネスモデルとして徐々に確立されたから。それに伴ってさまざまな問題点が顕在化し、誰にでも見えるようになってきた。政府側にとっても規制のメスを入れやすく、具体的な対策が取れるわけだ。
2つ目は、アイドル業界は未成年がアクセスしやすいコンテンツが多いから。中国はそもそも、未成年がアクセスしやすく、時間とお金を費やしてしまうようなコンテンツに厳しい傾向がある。ゲームやアニメもそうだし、アイドルコンテンツも例外ではない。また、本来なら個々の家庭でやるような“しつけ”に対する考え方も関係していると思う。
たとえば、ゲームは1日何時間、お金はどう使うかなど、親が子どもに教えるべきことについて、共働き世帯が多い中国の家庭では「多忙」との理由から、ろくに教育しないことがある。「教育は学校がやるものだ」と思い込んでいる親が一定数いるのだ。
何かトラブルが発生したとき、子どもを預かる学校や、学校を管理する政府の関連部門に親がクレームを入れることは珍しくない。こうなると、個別に対応するよりも、政府が一斉規制をする結果になりやすいわけだ。実際、アイドルファンの中にも「過熱した応援活動は未成年の成長によろしくない」と感じ、今回の規制に賛成する意見もあった。
最後は、単純にタイミングが悪いから。冒頭でも紹介した牛乳を捨てる事件は、食品の無駄を禁ずる「反食品浪費法」が成立した直後だった。本来であれば、ファン内部での“もみ消し”ができたことかもしれないが、タイミングの悪さで社会問題にまで発展してしまったのだ。
また、その事件の約1カ月後、韓国の人気アイドルグループ・EXOの元メンバーで、中国でも人気のウー・イーファンのスキャンダルが出た。かつて恋人だったという未成年女性が自身のSNS上で、ウーが複数の未成年女性に性的暴行をしたことを告発し、大きな騒動に発展。
さらに2カ月後、人気俳優・張哲瀚(チャン・ジャーハン)は、日本で結婚式に参加した際の写真を自身のSNSに公開したが、靖国神社を参拝したものだとネット上で指摘され、芸能活動が全面停止になった。
このように、短期間でアイドルファンのみならずアイドルや芸能人による違法行為や問題行動が相次いだことによって、「芸能界に対してもっと厳しい措置を取って、引き締めたほうがいいのではないか」というのが、もはや社会の総意となっていた。これに乗っかるような形で、今回の「推し活」規制が行われたというわけだ。
しかしこの規制は、あくまでも中国国内におけるファン活動を取り締まる目的であり、中国外からの「推し活」には関係ないといわれている。また、日本を含む海外のアイドルが中国で活動をする場合も、大きな影響は出ないと思われているが、中国の芸能人たちが起こした不祥事と、それに対する中国国民の反応を見ていると、これまで以上に道徳的な基準で自分を戒めないといけないだろう。
それに日本人の場合、歴史問題は避けられない。本当に中国進出を狙っているならば、歴史問題や領土問題などの敏感な政治問題については事前に認識し、理解しておかないと、後々大きなトラブルになりそうだ。
前述した『超級女声』の規制例から推測するに、今回の「推し活」規制はこれから少なくとも2〜3年ほど続き、その間、アイドルオーディション番組は再開されないだろう。これからアイドルを目指す人たちは、デビューまでの下積み期間が長くなるだろうし、人気番組の力は借りられないので、自ら営業しないとといけない場面が増えると思う。
こうした営業は、中国に住むアイドル志望の人だけでなく、中国の芸能界にパイプがない海外のアイドルにとってもハードルが高いだろう。なので、すでに中国である程度名前が知られている人でないとなかなか売れないと思う。換言すれば、すでに中国で一定の知名度を持つジャニーズアイドルなどにとっては、ある意味チャンスだとも捉えられる。
コロナ禍が続いてる中、違う国同士の交流が減っており、今まで以上の分離が見られる。外国人だからいろいろと理解してもらえるどころか、より厳しい目で見られる場面も増えた。それでも筆者は、芸能に限らず、国境を超えたさまざまな交流活動は国同士の理解を深め、経済活動以上の価値があると思う。
今回の「推し活」規制で少し不自由な形になってしまったのは大変残念だが、いつか何かしらの形で交流が再開し、自由に推しへ愛を叫べる日を、心より待ち望んでいる。
■はちこ
「現代中華オタク文化研究会」サークル主。小学生の頃、中国語吹き替え版の『キャプテン翼』(テレビ東京)で日本のアニメを知り、中学生の頃『ナルト』(同)で同人の沼にドハマり。以来、字幕なしでアニメを見ることを目標に、日本語学科へ進学。アニメをより深く理解するには日本の文化や社会の実体験が不可欠だと考え、2011年来日。名古屋大学大学院修士課程を修了後、都内勤務。現在も継続的に中華オタク関係の同人誌を執筆している。