“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。
3月10日に行われる東京大学の合格発表を前に佐和子さん(仮名)は浮かない表情を浮かべていた。
「3月10日が近付くと、なんだかモヤモヤしちゃうんです。息子の陸(仮名)の高校は、昨年、コロナ禍にもかかわらず、保護者も1名なら参加可ということで、卒業式をしてくださったんですね。それは、よかったんですが、やっぱり、お母さんたちは誰がどこの学校に入ったのか、今年、東大は何人かという話題で盛り上がっていて、その輪に入れない私は正直、寂しかったですね……」
陸くんの通った中高一貫校は難関と位置づけされている学校で、毎年コンスタントに2桁の東大合格実績を叩き出している進学校。当然、教育熱心な親が多い。
「中学受験でこの学校に入学できた時は本当にうれしかったです。陸もですが、私も主人も本当に頑張った結果だったので、その努力が報われた思いで感激していました。そうですね、これだけの進学実績を誇る学校ですから、これで、陸の将来は安泰だなって気持ちも少なからずあったことも事実です」と佐和子さん。
ところが、陸くんの成績は佐和子さん夫婦の期待通りとはいかず、いわゆる「深海層」に潜っているような状態だったという。
「ウチの学校は進学校には珍しく、先生方のめんどうみが良いので、陸は補習常連組でした。とにかく補習を受けて、課題を提出しない限りは進級すらも危ういって事態に、私はただただ驚くやら、情けないやらで……。周りの子は皆、中学から鉄緑会(注:東大指導を専門とした塾。塾生は主に超難関中高一貫校の生徒で占められている)に行っているのに、それどころではない現実に打ちのめされました」
ここ最近は、コロナ禍でのオンライン授業や1人1台端末の有名無実化といった、公立学校の立ち遅れが盛んに報道されたことが影響し、中学受験が一層、熱を帯びてきている。しかし、当然のことながら、中高一貫校に入学すれば、それで将来が確約されるわけではないし、高偏差値校に入れば、自動的に難関大学の扉が開くわけではないことは自明の理である。
言い切ってしまうならば、そこは単なる確率の問題。難関校は結果として難関大学合格への経験値が高い(しかしながら、これも先述した鉄緑会をはじめとした“塾の力”と呼ぶ人もいる)ということに過ぎないという事実は、意外と見過ごされがちだ。
「進学校にありがちかもしれませんが、親も子も“最低でも早慶、へたをしまくってMARCH”って価値観があるので、それ以下の大学となると、大学認定もされないっていうんですかね……。もちろん、公にこんなことを言う人はいませんけど、陸の学校も、そういう雰囲気が漂っているんですよ……。私自身も口には出しませんでしたが、この学校に入ったんだから、陸も早慶クラスには行けるって思い込んでいました」
中高一貫校の売りのひとつに、先取りカリキュラムがある。高2までにほとんどの履修を終えて、高3の1年間を大学受験対策に充てるというものだ。何やら素晴らしいしくみに思えるかもしれないが、意外と忘れられがちなことがある。それは“学習進度が速い”ということだ。難関校になればなるほど、一度、理解できなくなると、授業についていくのも大変になる。陸くんのように補習常連者になる場合も多いし、難関校専門の補習塾に通わざるを得ないケースもたくさんあるのだ。
「陸も、それなりに頑張ってはいたんですが、やってもやっても周囲との差は開く一方で、次第に劣等感に苛まれるようになったみたいです。それでも、プライドはあるので『学校は辞めたくないけど、勉強はもうしたくない』って言うようになってしまい、高3の時にはすでに受験レースから外れていました」
結局、陸くんは日東駒専のひとつに進学。現在、大学1年生だ。もちろん、陸くんの大学も私立大の入学定員管理の厳格化の影響で難化傾向は続いており、決して広き門ではない。それでも、佐和子さんは今も納得できないと言う。
「正直、今も、浪人してくれたらよかったのに……とも思うんですよ。でも、陸が『浪人はしたくない』って言うので、もう仕方ないですよね。あんなに頑張った中学受験だったのに、この結果かぁ……って思うと、同級生たちの実績がすごいだけに、やっぱり残念な気持ちはあります」
受験業界というものは、数字で学校をランキングすることが多いせいか、親御さんによっては、脳内がランキング表で埋め尽くされてしまうこともないことではない。
特に、中学受験を経て難関校に行くとなると、親のほうが偏差値という数字や大学名という看板に一喜一憂していく傾向が見られる。これが良いことなのか、悪いことなのかは一概には決めつけられないが、佐和子さんの親としての期待や不安、戸惑いも理解できるところだ。
「今は、せめて一刻も早くコロナが終息して、陸の大学生活が充実したものになることを祈るばかりです」と佐和子さん。
3月10日は中高一貫校と、その周辺がざわつく日であるが、我が子が卒業してもなお、気になってしまう人もいるという不思議な日でもあるのだ。