“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。
中学受験をする場合、習い事との兼ね合いは必ず出てくる問題だ。
大手塾4科コースの場合、小学4年生までは週に2~3日の塾通いで済むので、習い事と両立している人も多いだろう。問題は小学5年生からである。講義は週3日~5日に増え、授業の内容は濃く、演習量も増していくのが普通だ。
6年生になると、土日も模試や志望校特訓などの講座で埋まってしまい、受験一色という暮らしになりやすい。長期休みになると、朝から晩まで勉強漬けになることも稀ではない。その中で、中学受験の勉強と習い事を両立するのは大変なことだ。続けるべきか、止めるべきかでハムレット状態に陥るご家庭は多い。
由希さん(仮名)は息子の大樹くん(仮名)が中3になった今でも、その選択の是非を悩むことがあるという。大樹くんはいわゆるサッカー少年で、小さい頃の夢は“Jリーガー”。幼稚園の頃から地元のサッカーチームに所属し、小学校でもエースの名を欲しいままにしていたそうで、本人は「もっと強くなりたい!」ということで、5年生の冬のセレクションに向けて頑張っていたのだそうだ。
大樹くんの通っていた小学校は受験熱も高く、毎年、7割を超える子たちが中学受験塾に行き、残り3割が、スポーツや音楽などの習い事に一生懸命という学校。多くのご家庭では両立は無理と判断して、高学年になると、どちらかを選択するという流れになることは由希さんも承知していたという。
しかし、大樹くんは負けず嫌いな性格であるために、自ら「両立宣言」。中学受験でトップ校に入り、サッカーでもセレクションに合格して強豪チームに入るのだ! という夢を持っていたという。その言葉通り、サッカーもだが、勉強も頑張り、大手塾でも最上位クラスを常にキープしているほどの文武両道状態。
「なんですかね……。当時の私は、周りの皆さんに“大樹無双”とかもてはやされて、いい気になっていたんですよね」
ところが、大樹くんが5年生の秋のこと。突然、大樹くんは腹痛を訴え、そのまま救急車で運ばれるという“事件”が起こったという。病名は過労による「急性胃腸炎」。
「お医者さんに怒られました。『小学生にこんな無理な生活をさせて、それでも母親ですか?』と言われました。ものすごくショックでした……。『このままの生活をしていたら、また入院することになりかねない。小学生とは思えない程の過労』と診断されて、初めてそんなに疲れさせていたのかって気付いたほど、愚かな母親でした……」
当然、由希さんは大樹くんに「どっちかに絞ろう」と説得したのだが、大樹くんは納得しなかったという。
「私たち夫婦は大樹の気持ちを尊重する子育てをしてきたつもりです。やっぱり、子どもとはいえ、ひとりの人格を持った人間なので、子どもがやりたいということを優先してきたんですが、姑からも『由希さん、あなた、私の孫を殺す気?』とまで言われ、心底、落ち込みました」
大樹くんの入院は思いのほか長期間だったそうで、退院後、結局、大樹くんはサッカーを選んだという。
「確かに、思わぬ入院生活は大樹に『何を続けて、何を諦めるか』という人生の優先順位を考えさせる機会にはなったとは思います。大樹が自分で決めたことなので、それは良かったんですが、人生は思うようにはなりませんね……」
退院後の試合で今度は足のけがを負う。それが、影響したのか、大樹くんは結局、小学生時代、サッカー強豪チームのセレクションを通過することはできなかった。
「それで、急きょ、サッカー部が強いことで名が通っている中高一貫校に願書を出したら運良く合格したんです。でもね~、甘くはないですね。中学でもレギュラー争いは熾烈で、もうすぐ高校生ですが、高校ではスポーツ推薦組も入ってくるので、大樹は『レギュラーなんて、多分、無理!』って言っています。大樹がいいなら、いいんですけど……。私は何かモヤモヤしていて……」
由希さんのモヤモヤの理由はおそらく、これだ。
「こう言ってはなんですが、今の学校の偏差値はお世辞にも高いとは言えず、難関大学に入学する生徒は本当に少ないんです。もし、大樹が受験を優先してくれていたら、今頃は、大学実績も良くて、サッカーも強い学校でエースストライカーになっていたんじゃないかな……って思っちゃうんですよね。このことは、大樹には絶対に言えないですけど……」
実は、大樹くんの小学校時代の3期上の先輩が同じようにサッカーと勉強の両立で悩んだ時に、その先輩の母親はこう言って、先輩を受験一筋にさせたのだという。
「サッカーは中学になってもできるでしょ? 今、勉強しておけば、中学高校と6年間、サッカーやり放題よ?」
その先輩は結局、難関中高一貫校に入学。それなりにサッカー部も強い学校だそうで、先輩はエースとして活躍しながら、慶應義塾大学に合格。そのことを耳にしたのが由希さんのモヤモヤの原因のようだ。
「最終的には、本人の意思を尊重するしかないってことはわかっているんですが、私の誘導が間違っていたように感じてしまって、気持ちが晴れません。救いは大樹が今の学校を気に入っているってことだけですね……」
人生に「たられば」はないことは誰もが承知していることであるが、由希さんのように、過去のできごとまでをいろいろと思い悩んでしまうのも、親なればこそかもしれない。子育ては正解がないだけに、本当に難しい。