こんにちは、保安員の澄江です。
ようやくに暖かくなり、桜の花びらが舞う季節になりました。煮しめやおにぎりを持ち寄り、友だちとお花見を楽しみたいところですが、自粛ムードから抜けきれずに今年も断念。新型コロナウイルス蔓延以降、友人たちと顔を合わせることはなくなり、毎年恒例のイベントも消滅の危機を迎えているように感じます。またみんなと顔を合わせて、お酒を片手に笑いあえる日は、いつの日か。その日が来るまで生き延びようねと、みんなで励ましあいながら、ウクライナの状況を見守る毎日です。
現場で頂く指令にも季節感があって、これから夏が終わるまでは、商店内における盗撮行為やトイレへの連れ込みなど、性犯罪に対する警戒が強化されます。女性の肌の露出が増えるとともに増殖するカメ(警察用語で痴漢のこと。覗き見る時に首を伸ばす特徴から)は神出鬼没で、捕捉するときには万引き犯と同じく、その挙動で判断するほかありません。
このところ俳優や映画監督に性行為を強要された女優さんの告発が話題になっておりますが、商店においても性犯罪は頻発していて、多くの被害者が生まれているのです。今回は、それとは違う性的趣味の万引き犯について、お話したいと思います。
当日の現場は、都内から車で1時間ほどのところに位置する大型ディスカウントストアD。巨大駐車場を擁し、広大なフロアでさまざまな商品を扱う地元で人気の巨大激安店です。この日の勤務は、午前10時から午後6時まで。2人勤務のため、この日のパートナーである男性保安員のリョウくんと現場近くの駅前で待ち合わせて、バスを乗り継いで現場に入りました。
キャリア5年目のリョウくんは、34歳。この仕事は副業で、万引きの現場でしか味わえない興奮が癖になって、月に数日は現場に入っているそうです。一見、ガラの悪い感じに見える方ですが、柔術道場に通うスポーツマンで、その捕捉能力は高く、たとえ被疑者に殴られても離さないタイプの職員といえるでしょう。
「最近は、どう? 挙がってる?」
「そこそこですけど、最近は子連れが多いですね。前回は、幼稚園児の子どもを2人連れた30歳の女で、大量のチョコエッグをやりました。生活費が足りないからメルカリで売るんだって、そんなのばかりです」
「確かに。旦那が失業したからとか、お店がつぶれたからとか、そんな人が多いわよね」
「コロナで外国人が少なくなった分、主婦が増えている感じがしますよね。高齢者は相変わらずだけど」
そんな会話をしながら事務所に向かい、店長に出勤のあいさつを済ませて、何かあったら連絡を取り合うことを約束してから二手に分かれて現場に入ります。
午前中に、ビールや総菜など数点を盗んだ高齢男性の捕捉があって、店の事務所で微罪処分の処理を終えて現場に戻ると、まもなくして目を引く不審者が目に入りました。店内の端にある婦人服売場に、怪しく佇む中年男性を見つけたのです。
江頭2:50さんのようなヘアスタイルで、一見して50歳くらいに見えますが、その年齢は定かではありません。黒いロングコートにビジネスバッグという姿から判断すれば、どこかにお勤めの方なのでしょうが、時計を見れば14時を少し回ったところで、勤め人が買い物に来るには早すぎる気がします。一緒に見ようと、リョウくんに連絡を取るべくスマホを取り出すと同時に、後方から声をかけられました。
「あの男ですよね?」
「そうそう、どう見る?」
「連れもいないようだし、あれはいきますよ」
同じ不審者を同時に発見するのは、2人勤務の現場においてよくあること。裏を返せば相手の挙動が大きな証しともいえ、犯行に至る可能性は極めて高く、エガちゃん似の中年男性から目の離せない状況になりました。ましてや、男性がいるのは婦人服コーナーで、奥さんらしき人など連れの姿も見あたりません。いったい何をしに来たのかわかりませんが、初めに手にする商品を見れば、その目的も明らかとなるでしょう。
“棚取り”を確実に見るため、二手に分かれて男性の手に視線を注ぐと、女性モノのスカーフややハンカチを物色しながら周囲の様子を伺う気配が見てとれました。そのままフラフラと女性用の下着売場まで歩を進めた男性は、カラフルなショーツとブラジャーが吊るされている棚の前で足を止めて、少し離れた場所で品出しをする店員の動向を気にしています。
するとまもなく、ハンガーのクリップについた下着をむしり取った男は、それらを次々とビジネスバッグの中に詰め込みました。特に好みはないようで、手当たり次第に手際よく、いくつかのセットを隠すと、ビジネスバッグのチャックを閉めて出口に向かって歩いていきます。
予想を上回る早足についていけず、大きく引き離されてしまいましたが、リョウくんが射程圏内にいるので慌てる必要はありません。先に出た2人から少し遅れて外に出ると、制止を無視して立ち去ろうとする男を、必死に引き止めるリョウくんの姿がありました。
もみ合う2人のところに駆け寄り、強引に歩を進める男の腕にしがみついて制止するも、火事場の馬鹿力を発揮されているようで止まりません。
「おい、待てよ! これ以上暴れるなら取り押さえるぞ」
「違う、ちょっと待って! 離せ!」
何が違うのかはわかりませんが、制止を聞かずに私たちを引きずり歩いて抵抗したため、しびれを切らしたリョウくんが男の肩口を掴んで路上に転がしました。何をどうしたのか、あっという間に男を仰向けにすると、その上に跨って腕を抑えています。
投げられた拍子にビジネスバッグを離したので、それを拾い上げてから、リョウくんの下で身を捩る男に聞きました。
「この中に隠した女性モノの下着、ちゃんと精算してもらえますか?」
「ごめん、違うんだ。お金は払うから、許してくれ!」
違うというのが、この男の口癖のようですが、何が違うのかはまるでわかりません。ようやくにあきらめて、逃げる姿勢を失くした男を立たせると、はだけたロングコートの中にピンクのブラジャーがみえました。
「あなた、バッグだけじゃなく、コートの中にもブラジャー隠していたの?」
「これは、違う!」
どうにも話にならないので、同行をリョウくんに任せて事務所まで連れていき、ビジネスバッグに隠した被害品を出させて身分確認を進めます。この日の被害は、計6点、合計で9,000円ほど。差し出された国民健康保険証によれば、男は46歳で、いまは無職だと話しています。場慣れしているのか、まるで反省の見えない態度の男に、少しイラついた様子のリョウくんが言いました。
「買えるだけの、お金は持っているよね?」
「いや、全然ない」
「これは、どうするつもりで? こんなに必要なの?」
「…………」
その後、警察に引き渡された男は、いくつかの犯歴が認められたようで、送致されることになりました。担当の警察官によると、女性の下着をつける趣味があるらしく、買うのが恥ずかしくて盗んだと話していたそうです。もともとお金を持ってきていなかったことから、その言い訳を聞いて「違う」と言ってやりたくなりました。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)
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