“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。
一般的に中学受験は準備期間が長いので、小学生には負担が大きく、その年代でしか味わえない遊びや家族との語らいの時間が阻害されることがデメリットと主張されることもある。
麻衣さん(仮名)は中学受験経験者であるが、塾生活は勉強漬け。「とにかく負担しか感じなかった!」というほどに、良い思い出とは言えないそうだ。
「自分の子どもには、こんな小学校生活は送らせたくない!」と強く思っていたそうで、息子の大海くん(仮名)が生まれた時から小学校受験を考えていたという。
「中学受験は確かに大変でしたが、入学した一貫校の環境はあらゆる意味で素晴らしく、やはり頑張って入ったのは間違いではないとは思っています。“環境買い”をするのであれば、小学校から入れたほうが、子どもへの負担がより少ないと判断したのが、小学校受験の動機でした」
麻衣さんはいわゆる「お受験ママ」になり、大海くんを必死にサポートしながら、お受験塾で頑張ったそうだ。その甲斐あって大海くんは第一志望の大学附属の小学校に合格。麻衣さんも、これで中学受験をせずとも、大学まではエスカレーター式で進学していけると胸を撫で下ろしていたという。
ところが、小学校高学年に進むにしたがって、徐々に雲行きは怪しくなってくる。
「『普通にしていれば、エスカレーター式に併設中学に進める』ということだったので、正直、全員、上げてもらえると思い込んでいました。でも、当然と言えば当然なんですが、内部進学組も、過酷な競争に打ち勝って入ってくる中学受験組と同等の学力を有することは必須になるので、併設中学への推薦基準は厳しいものがあったんです。小学6年生になると、担任の先生からやんわりと『ほかの中学に行ったほうがいい』と言われる始末で。内部進学試験に通るように、家庭教師を付けて必死に頑張らせました」
その甲斐あって、「中学に入ったら、相当、努力しないとダメだよ」という先生のお言葉付きで、どうにか推薦チケットをゲット。大海くんは併設中学に進学したという。
「そこからが、また地獄でしたね。類は友を呼ぶというのか、大海と仲が良かった子たちも進学基準に引っかかり、結局、ほかの中学に進学しました。仲良しの子たちが去ってしまった状況での入学だったんです。ウチの中学は中学受験を経て入学してくる子もかなりいるんですが、大海から見ると、すごく賢く映ったようで、逆にコンプレックスを煽られるような心境に陥ったんじゃないかと想像しています」
内部進学組が幅を利かせているために、中学受験組が小さくなっているという話はよく耳にするが、大海くんのような逆のケースもあるのだろう。
「とにかく大海は要領が悪く、レポート課題もとりあえずでも、出すだけ出すということができないみたいで。しょぼいものなら出さないほうがマシと思うのか、未提出の嵐になって、平常点は限りなくゼロに近かったです」
一般的には、公立・私立問わず「提出物」をきちんと出すということが評価点の基準になる。中高一貫校も例外ではなく、定期テストの点数のほかに、小テストの結果、レポート課題の提出の有無なども進級進学の評価につながっているのだ。
大海くんの学校の場合、評価点が低いものがあると問答無用で「肩叩き」という、つまり「付いて来られないので、よその学校へ」とお声がかかる学校。
麻衣さんは焦って、有名中高一貫校の「深海魚(中高一貫校で成績が沈んだ生徒のこと)専門」と謳われるような個別塾やレポートを専門に引き受けてくれる教室にも申し込んだそうだが、肝心な大海くんが動かないのだそうだ。
「中学に入ると、大海も本格的な反抗期に入り、親の言うことなど一切無視でした。このままだと放校処分になるからと言っても、一切、レポートも出さず、勉強もせず。取柄と言えば、こんな状態でも学校にだけは休まず通ったことくらいですかね……」
最初は担任面談、そして学年主任面談、さらに上の役職の先生との面談となり、奮起を促されながら、お慈悲で中3まで上がったそうだが、中3晩秋にはついに校長先生より「高校への内部進学は認めない」と言い渡されたそうだ。
「『私立中学から公立高校を受験するのは難しく、特に内申点では不利になる』とは聞いていたんですが、ウチの学校もそうで、中3の秋に高校受験が必要だと言い渡されて、途方に暮れました。小学校から通っている学校ですから、やはり親子ともども、心のどこかに『そうは言っても上げてくれるだろう』という甘えがあったんですよね……」
結局、大海くんは通信制高校に進学。現在、高校2年生になったところであるが、この通信制高校は大海くんが自ら選んだ学校だと聞いている。
「受験要らずで、のびのびとさせたかっただけだったのに、正直、何がいけなかったのかはわかりません。エスカレーターで大学まで行けるって軽く考えていたのが悪かったんですかね……」
難関附属校あるあるだが、中学から来る子、高校から来る子はそれなりの準備をし、壮絶な戦いを経て入学をしてくるので、内部生の学力を下げるわけにはいかない学校側は当然のこととして、その実力を上げようとするカリキュラムを組んでいる。
つまり、エスカレーター式といえど、まったく勉強しなくて良いという楽な道はないということであろう。
大海くんの通っていた附属校が優秀な学校だったこともあり、麻衣さんの“残念感”は消えてないと言うが、救いとしては、最近、大海くんが反抗期を脱したのか、麻衣さんとも話をするようになってきたのだという。
「こないだ、大海に言われたんですよ。『なんかいろいろ、ごめん』って。大海は大海でいろいろ考えている最中なのかなぁと思えるようになってきたところです。思えば、今の通信校は大海が初めて『ここに行きたい』と自分で決めた進路なんだなぁって考えると、親がレールを敷き過ぎたのかもしれないです。親は子に良かれと思って動くのに、子育てって、本当に難しいですね……」
麻衣さんの話を聞くと、改めて「子育ては本当に難しいものだ」と感じるが、子育てを通じて、私たち親もまた成長しているということなのかもしれない。