時短、カンタン、ヘルシー、がっつり……世のレシピ本もいろいろ。今注目したい食の本を、フードライター・白央篤司が選んでご紹介!
今月の1冊:『ぼくのおいしいは3でつくる』樋口直哉
樋口直哉さんの本を読むと私はいつも、頭の中の血のめぐりが良くなったような、するするとした心地よさを覚える。脳の中のサビついていた古い料理知識や思い込みが流れて消えてスカッとするというか、自分がちょっとアップデートされたように思えて、気持ちいいのだ。
レシピを考える料理家は多いが、樋口さんはレシピの進化も同時に考える。時代と共に食べる人、作る人の価値観は変わり、ポピュラーな食材や使われる調理道具、食材自体の状態も変わってくる。
「昔ながらにやっていることは、今も必要なのだろうか?」
「そもそも決まりでやってきたことは、必要だったのか?」
味だけではない検証と研究を日々繰り返されていることが著書からは伝わってくる。そこに何かこう……料理的好奇心と探求心のすこやかな燃焼を感じるのも、私は読んでいて快い。
さて前置きが長くなったが、本書は単なるレシピ集ではなく、日々のごはんをよりおいしくさせるためのヒントとその実践例としてのレシピが詰まった本だ。「もっと料理がうまくなりたい!」と願う人、料理的向上心に富む人に、特におすすめしたい。
タイトルにある「3」は、いろいろな考えに掛けられる。
まず「1皿に盛り込む食材は3種類がベスト」という考え方から。例に豚のショウガ焼きを挙げて、豚、ショウガ風味のソース、キャベツの千切りと、構成要素が3つであることを説く。そして料理の配色は3色がまとまりやすいこと、盛り付けは3角形を意識すると整いやすい、と続いていく。
「盛り付けのセンスがなくて……という方が時々いますが、盛り付けはセンスではなく知識と理屈です」
なんてスパッと書かれるのが痛快だ。確固たる料理哲学でもって読むものを導いていく。指南される喜び、みたいなものも本書は与えてくれる。
さらには理想的な献立の組み立て方として、「3皿で構成」というのを掲げられる。前菜、メイン、デザートだ。「レストランじゃないんだから」と思われるだろうが、我々が日常的に食べているものも「3皿的な構成」であることが解説されていく。私はこの部分を読んで、自分が普段やっている鍋の食べ方も、単体のメニューでありながら3皿的構成で楽しんでいることに気づかされた。
まずは青菜やネギ、キノコなどを楽しんでから、肉や魚介、あるいはうどんや米を入れて食べ、最終的にはお茶を飲んだり、ちょっと強い酒を寝酒代わりにしたり。デザート的に最後にいただくものを料理の流れにおける「句読点」と表現しているのにも感じ入った。ちなみに樋口さんは料理家であると同時に作家であり、群像新人賞も受賞している本格派である。
デザート作りが億劫な人こそ、熱烈おすすめ
紹介されるレシピにはどれも実に丁寧な解説があり、料理のコツを読むごとに冒頭で書いたようなセルフ・アップデートを感じてなんだか、嬉しくなる。ホタテのカルパッチョの切り方、トマトに紅茶の茶葉を合わせる前菜、豚肉の火通しに関してのくだり、そして電子レンジの項などは料理好きならきっと料理心や好奇心をくすぐられるはず。
一番最初に登場するおひたしサラダも印象的だった。おひたしの概念が変わるというか、おひたしはかくも自由で美しくなれるものかと。レシピ的には手間を感じる人もいるだろうが、「よりおいしく、豊かに」を追いかけたい気分のときにぜひ試してみてほしい。
もうひとつ、樋口さんが提案するデザートはどれも作りやすくて、それでいて洒落た雰囲気に満ちて、まこと魅力的だ。「デザート作りって温度や時間を厳格にやらなきゃいけないから億劫で……」と思われている方に、熱烈おすすめ。「イチゴのムース」はぜひに、そして寒い時期になったら「柿柚子」も。
さて、今夜私はこの本から「カジキマグロのソテー トマトとケッパー」を作ってみるつもり。とあるものにカジキを漬け込むコツを早く試してみたくて仕方ないのだ。
白央篤司(はくおう・あつし)
フードライター。「暮らしと食」をテーマに執筆する。 ライフワークのひとつが日本各地の郷土食やローカルフードの研究 。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)『自炊力』(光文社新書)など。
Instagram:@hakuo416