KinKi Kidsがパーソナリティを務めるラジオ番組『KinKi Kids どんなもんヤ!』(文化放送)。4月18日深夜の放送に堂本光一が登場し、上京後にホームシックにならなかった理由について明かした。
中学1年生だった1991年5月5日にジャニーズ事務所に入り、中学3年生で上京し、合宿所生活を送りながら本格的に仕事を始めていた光一。今回、番組には「息子がもうすぐ一人暮らしを始めるため寂しい」というシングルマザーから、「光一さんも『ホームシックにならなかった』と明かしているのを聞いたことがあります。(中略)息子とはケロッとしているものなのでしょうか?」というメールが届いた。
これに光一は、「うちの母が、その辺強かったというか」とコメント。「僕が母を尊敬する部分でもあるんですけど……」と、光GENJIのコンサートを見るために母と上京してジャニーズ事務所創設者のジャニー喜多川氏に会ったときのことを回顧。光一いわく、その際、ジャニー氏が光一の母親に「(光一を)こちらでお預かりしていいですか?」と尋ねたという。
すると光一の母親は、「あーもう、どうぞ、どうぞ。すいません、本当にお願いします」とあっさり快諾したとか。しかし、光一は「自分もこの年齢になって、親にはなってませんけど、わかるのは、絶対心配なはずですよ」と、当時の母親の気持ちが今になってあらためてわかるようになったと明かした。
また、光一は「『あとはしっかりやりなさい』って送り出してくれた」と上京当時を振り返り、「そういった意味では、親までもが『いやあ、あんた大丈夫なんか……?』みたいなことになると、(本人も)ホームシックになったりとか、そういうことになったりもすると思う」と持論を展開。
なお、自身がホームシックにならなかった理由は、「自分には同年代の長瀬(智也/元TOKIO)とか……。長瀬の存在は大きかったかな」と、合宿所で共に過ごした長瀬のおかげだったと告白。「しょっちゅう俺の部屋に寝泊まりして……みたいな感じで過ごしてたんで。一緒にいるのが楽しかったしね」とも語り、「そういうのがもろもろあって、自分がホームシックみたいなものにならんかったんで、意外にケロッとしちゃったんですね」と分析した。
そして、「でも、母としては寂しいですよね」とリスナーの心情に寄り添いながら、「息子として母親の気持ちがわかるときがくると思うんで」「今は少し強い気持ちを持って、『あんたしっかりやりなさい』っていう思いで送り出すのも……。それがすべて正解とは言いませんけど、その手もあるのかなあとは思います」とアドバイスを送った。
この日の放送に視聴者からは、「光一くんのお母さん、本当に強いな~」「お母さんもすごいけど、そんなお母さんから絶大な信頼を10代半ばで得ていた光ちゃんがすごい」「いい親子関係だね」という声が集まっていた。